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猫になった王妃と冷淡だった夫
猫、暗躍す 1
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フィリエルは我が物顔で城の中を闊歩していた。
(ふふふ、ヴェリア、ナイスだわ!)
リオンの仕事中、フィリエルはヴェリアの部屋に預けられることが多い。
猫の面倒を見ろと言われている以上、ヴェリアは簡単にはフィリエルを部屋の外には出せないのだが、昨日、ヴェリアがリオンに「城の中を歩かせた方がいい」と言ってくれたのだ。
最初は怪訝そうだったリオンも、ヴェリアが「運動不足」というと、最近フィリエルが太って来たのもあって納得を見せた。
――リリ様も城を自分の家だと認識したみたいなので、外に出て戻って来なくなるということはないはずですよ。
という獣医の言葉に安心し、リオンはフィリエルに城の中を歩き回る許可を出してくれたのである。
ふさふさのしっぽを揺らして歩いていると、見かけたメイドや兵士が「お猫様」と声をかける。
リオンからフィリエルが城の中を散歩すると通達があったらしく、誰もフィリエルを見咎めない。
猫は自由気ままな生き物なので、好きなところへ向かうものだ。
どこへ行こうと、微笑ましそうな顔で――たまに、悪戯を警戒されているような視線も感じるが――見られた。
(宰相がまた陛下への夜這い計画を立てないようにしっかりと見張ってやるんだから!)
宰相の娘ブリエットは謹慎中なので、少なくとも謹慎期間中にリオンにちょっかいを出すことはできないだろう。
が、なんと言っても公爵家だ。ボルデ公爵家の縁者に他に適齢期の女性がいないはずがない。娘がダメなら次の手を打ってくる可能性がある。
ヴェリアの予想通り、ボルデ公爵が次期王の外祖父という立場を狙っているのであればなおのことここで引き下がるとは思えなかった。
リオンに親戚筋の女性を勧めて、彼が気に入った女性を養女に迎えるくらいはしそうである。
(問題は陛下が気に入らなくても強引に妻の座に押し込めるくらいしそうなことよ)
百歩譲って、リオンが気に入れば仕方がない。ものすごく……すっごくすっごく嫌だし、実際リオンが再婚すると聞いたらキレて大暴れくらいはするだろうけど……、こればかりはリオンの側から逃げて猫になったフィリエルが、嫌だとごねるわけにはいかない問題だ。
けれど、リオンが嫌がっているのに無理やり女性をあてがうのは絶対に許さない。
(さーてと! まずは敵情視察ってことで、宰相の執務室に……あれ? そういえば宰相の執務室ってどこだっけ?)
フィリエルはぴたりと立ち止まった。
人間だったころ、部屋に閉じこもっていたフィリエルは、誰がどこで仕事をしているのかを把握していない。
(しまったあ‼)
がっくりとフィリエルはその場に寝そべった。
突然廊下で長くなった国王の愛猫に、通りかかったメイドがギョッとした顔をする。
「お、お猫様……? ま、まさか、死んだ……?」
失礼なメイドである。
(死んでないわよ!)
勝手に殺すなと、寝そべったまま「にゃー!」と抗議の声を上げると、メイドがホッと息を吐き出した。
「よ、よかった。死んだら陛下が悲しむもの……」
ん? とフィリエルは顔を上げた。
見上げた先にいたのは、十六、七歳くらいのメイドだった。年齢的にまだ雇われて日が浅い気がする。
(ランドリーメイドかしら?)
洗濯物が入った大きな籠を抱えているので、ランドリーメイドか、雑用係のどちらかだろう。
くん、とフィリエルは鼻を動かした。
洗濯物からはどこかで嗅いだことがあるような香りがする。
入っているのはドレスのようだ。
(あ、そうそう! わたし……というか、王妃付きの侍女頭が使ってた香水の香りよ!)
王妃だったフィリエルには四人の侍女がついていたが、そのうちの侍女頭がいつも使っていた香水と同じ香りがする。
ものすごく甘ったるい香りでフィリエルは好きではなかったが、侍女たちはフィリエルに仕えるのが嫌そうだったので、香水を変えてほしいとは言えなかった。下手なことを言って反感は買いたくなかったし、侍女たちはフィリエルが呼ばない限り部屋に入ってこなかったので、ほとんど会うことはなかったしで、そのままにしておいたのだ。
(確か、エーヴって名前だったわよね)
侍女頭も侍女たちも表情を取り繕うと言うことを知らないのか、それともその必要すらないと思っていたのか、フィリエルに対して愛想笑い一つしなかった。
彼女たちが陰で「あの女」と呼んで蔑んでいたことを知っている。
「お飾りの王妃」「憐れな女」。侍女たちは常にフィリエルを下に見ていた。
けれども子もおらず、王に愛されない王妃なんて何を言われたって仕方がないのだと、フィリエルはただ耐えるしかなかった。
誰も味方のいないコルティア国で声を上げたところで、孤立している王妃がさらに孤立するだけである。
せめてロマリエ国から侍女を数人連れて来られたら違っただろうが、宰相がダメだと――
(ああ、そっか。これもなのね)
宰相の目的は最初から王妃を孤立させることだったのかもしれない。
ヴェリアの言う通り、次期王の外祖父として権威を振るうことが宰相の目的であったのなら、政略とはいえ他国から嫁いで来た王妃は邪魔でしかないのだ。
(そういえば、王妃が頼りないから側妃をとか、子ができないから側妃をとか、陛下に言ったらたしいものね)
メイドが噂話でだが、宰相がリオンに側妃を勧めていたと聞いたことがある。
声も上げず、黙って部屋の中で落ち込んで腐っていたフィリエルは、宰相の思惑通りだったというわけだ。
(ムカムカしてきた!)
今のフィリエルは猫だ。人目なんて気にしない。腹が立っても我慢する必要はないのだ。
「にゃあああっ」
(宰相探して引っかいてやる‼)
フィリエルが飛び起きると、目の前にいたメイドが「きゃあ!」と声を上げる。
「お、お猫様……?」
「にゃーにゃーにゃー!」
(宰相のところに連れて行って‼)
「どうしたんですか? あ、お腹がすいたんですか?」
訴えてみたが、猫語はやはりヴェリア以外の人間には伝わらなかった。
メイドは廊下に洗濯籠を置いて、がさごそとポケットを漁った。
「何か非常食持ってたかな……」
(いや、ポケットに非常食が入っているとか意味がわかんないから)
メイドは食事を摂る暇もないほど忙しいのだろうか。そうであればリオンに進言してもっと休憩時間を――って、今は猫だから無理だった。
見れば手も荒れているし、この城のメイドの職場環境はどうなっているのだろうかとフィリエルは不安になる。
リオンは人間に興味がない。というよりたぶん嫌っている。おそらくだが、メイドたちの仕事の管理も全部人に丸投げしている気がした。まあ、メイドの職場感情を細かく気にする国王もいないかもしれないが。
(手荒れ防止のために手袋とか、せめてクリームとか配給してあげればいいのに……)
第一、侍女のドレスの洗濯をメイドにさせるとか、意味がわからない。ほとんどの侍女は泊りではなく通いなのだから、家の使用人に洗濯させればいいではないか。
(ムカムカするなあ。なんか最近のわたし、ちょっと短気かも)
猫だからか、感情がすぐに振り切れる。感情を理性で抑えつけるというのが難しいのだ。
フィリエルはちらりと洗濯籠に目を向けた。
侍女のドレスをひっかいてボロボロにしてやれば、侍女も少しは懲りるだろうか。いや、そんなことをすればこのメイドが怒られるかもしれない。
でもどうにかして思い知らせてやりたいと、むーっと考え込んだ時、ドレスの籠に入っていたシュミーズに、妙なポケットがついていることに気が付いた。
(シュミーズにポケット?)
そんなシュミーズ見たことがないと、フィリエルは洗濯籠の中に飛び乗る。
甘ったるい香水の香りに鼻がひん曲がりそうだが我慢だ。
ポケット付きのシュミーズに顔を突っ込むと、ポケットの中に何か固いものが入っていることに気が付いた。
(んー?)
なんだろう、とポケットに鼻を突っ込んで中からそれを取り出す。
それは、ガラスの小瓶だった。中に何か液体が入っている。
(気になる……)
本来ポケットなんてついていないシュミーズにポケットがついていて、その中に小瓶。怪しさ満点だ。
「あ、あったあった、クッキー! お猫様、クッキー……って、お猫様どこ行くんですか⁉」
フィリエルは小瓶を咥えて走り出した。
メイドが「クッキーありますよ!」と声を張り上げているが無視をして、廊下を駆け抜けヴェリアのいる獣医の部屋へ向かう。
扉をカリカリすると、ヴェリアが開けてくれた。
「どうしたんだい? 散歩は終わったのかい?」
部屋に入ると、フィリエルはぺっと小瓶を床に投げる。
「なーなーなー!」
(変なの見つけた! 王妃付きの侍女のシュミーズのポケットの中にあったの!)
「散歩に行ってなんで侍女のシュミーズのポケットを漁って帰って来るんだい?」
「にゃー!」
(成り行き!)
「どんな成り行きなんだか……。まあいいけど。で、あんたはこれが気になる、と。なんだろうねえ」
ヴェリアは小瓶を拾い上げると、蓋を開けて顔を近づけた。
「匂いはない、か。この場合、匂いがない方が気になるねえ」
「にゃ?」
「侍女が持ち歩いてたんだろう? 香水とかならまだわかるんだよ。でも匂いのない、こんな少量の液体……、怪しい匂いがプンプンするね」
「みゃ!」
(だよねえ?)
「あんたの侍女って言ったら、あんたをないがしろにしてた連中だろう? ふふ、ちょいと調べてみるかい?」
にやり、とヴェリアが笑ったので、フィリエルも目を細めてニヤッとした。
(だからヴェリア、大好き!)
フィリエルがロマリエ国から嫁いできて、初めてできた、コルティア国唯一の友達。
ヴェリアが小瓶をテーブルの上に置いて、部屋のカーテンを全部閉める。
フィリエルがソファの上に座って待っていると、こちらに戻って来たヴェリアが小瓶を手に取った。
ぽうっと小瓶を持ったヴェリアの手が光る。
しばらくヴェリアが小瓶を握っていると、瓶の中の液体が、突如として真っ黒く変色した。
ヴェリアは眉を顰め、丸眼鏡の奥の黒い瞳をぐっと険しくする。
ヴェリアは声を低くして、言った。
「……これ、毒だね。しかも猛毒だよ」
(ふふふ、ヴェリア、ナイスだわ!)
リオンの仕事中、フィリエルはヴェリアの部屋に預けられることが多い。
猫の面倒を見ろと言われている以上、ヴェリアは簡単にはフィリエルを部屋の外には出せないのだが、昨日、ヴェリアがリオンに「城の中を歩かせた方がいい」と言ってくれたのだ。
最初は怪訝そうだったリオンも、ヴェリアが「運動不足」というと、最近フィリエルが太って来たのもあって納得を見せた。
――リリ様も城を自分の家だと認識したみたいなので、外に出て戻って来なくなるということはないはずですよ。
という獣医の言葉に安心し、リオンはフィリエルに城の中を歩き回る許可を出してくれたのである。
ふさふさのしっぽを揺らして歩いていると、見かけたメイドや兵士が「お猫様」と声をかける。
リオンからフィリエルが城の中を散歩すると通達があったらしく、誰もフィリエルを見咎めない。
猫は自由気ままな生き物なので、好きなところへ向かうものだ。
どこへ行こうと、微笑ましそうな顔で――たまに、悪戯を警戒されているような視線も感じるが――見られた。
(宰相がまた陛下への夜這い計画を立てないようにしっかりと見張ってやるんだから!)
宰相の娘ブリエットは謹慎中なので、少なくとも謹慎期間中にリオンにちょっかいを出すことはできないだろう。
が、なんと言っても公爵家だ。ボルデ公爵家の縁者に他に適齢期の女性がいないはずがない。娘がダメなら次の手を打ってくる可能性がある。
ヴェリアの予想通り、ボルデ公爵が次期王の外祖父という立場を狙っているのであればなおのことここで引き下がるとは思えなかった。
リオンに親戚筋の女性を勧めて、彼が気に入った女性を養女に迎えるくらいはしそうである。
(問題は陛下が気に入らなくても強引に妻の座に押し込めるくらいしそうなことよ)
百歩譲って、リオンが気に入れば仕方がない。ものすごく……すっごくすっごく嫌だし、実際リオンが再婚すると聞いたらキレて大暴れくらいはするだろうけど……、こればかりはリオンの側から逃げて猫になったフィリエルが、嫌だとごねるわけにはいかない問題だ。
けれど、リオンが嫌がっているのに無理やり女性をあてがうのは絶対に許さない。
(さーてと! まずは敵情視察ってことで、宰相の執務室に……あれ? そういえば宰相の執務室ってどこだっけ?)
フィリエルはぴたりと立ち止まった。
人間だったころ、部屋に閉じこもっていたフィリエルは、誰がどこで仕事をしているのかを把握していない。
(しまったあ‼)
がっくりとフィリエルはその場に寝そべった。
突然廊下で長くなった国王の愛猫に、通りかかったメイドがギョッとした顔をする。
「お、お猫様……? ま、まさか、死んだ……?」
失礼なメイドである。
(死んでないわよ!)
勝手に殺すなと、寝そべったまま「にゃー!」と抗議の声を上げると、メイドがホッと息を吐き出した。
「よ、よかった。死んだら陛下が悲しむもの……」
ん? とフィリエルは顔を上げた。
見上げた先にいたのは、十六、七歳くらいのメイドだった。年齢的にまだ雇われて日が浅い気がする。
(ランドリーメイドかしら?)
洗濯物が入った大きな籠を抱えているので、ランドリーメイドか、雑用係のどちらかだろう。
くん、とフィリエルは鼻を動かした。
洗濯物からはどこかで嗅いだことがあるような香りがする。
入っているのはドレスのようだ。
(あ、そうそう! わたし……というか、王妃付きの侍女頭が使ってた香水の香りよ!)
王妃だったフィリエルには四人の侍女がついていたが、そのうちの侍女頭がいつも使っていた香水と同じ香りがする。
ものすごく甘ったるい香りでフィリエルは好きではなかったが、侍女たちはフィリエルに仕えるのが嫌そうだったので、香水を変えてほしいとは言えなかった。下手なことを言って反感は買いたくなかったし、侍女たちはフィリエルが呼ばない限り部屋に入ってこなかったので、ほとんど会うことはなかったしで、そのままにしておいたのだ。
(確か、エーヴって名前だったわよね)
侍女頭も侍女たちも表情を取り繕うと言うことを知らないのか、それともその必要すらないと思っていたのか、フィリエルに対して愛想笑い一つしなかった。
彼女たちが陰で「あの女」と呼んで蔑んでいたことを知っている。
「お飾りの王妃」「憐れな女」。侍女たちは常にフィリエルを下に見ていた。
けれども子もおらず、王に愛されない王妃なんて何を言われたって仕方がないのだと、フィリエルはただ耐えるしかなかった。
誰も味方のいないコルティア国で声を上げたところで、孤立している王妃がさらに孤立するだけである。
せめてロマリエ国から侍女を数人連れて来られたら違っただろうが、宰相がダメだと――
(ああ、そっか。これもなのね)
宰相の目的は最初から王妃を孤立させることだったのかもしれない。
ヴェリアの言う通り、次期王の外祖父として権威を振るうことが宰相の目的であったのなら、政略とはいえ他国から嫁いで来た王妃は邪魔でしかないのだ。
(そういえば、王妃が頼りないから側妃をとか、子ができないから側妃をとか、陛下に言ったらたしいものね)
メイドが噂話でだが、宰相がリオンに側妃を勧めていたと聞いたことがある。
声も上げず、黙って部屋の中で落ち込んで腐っていたフィリエルは、宰相の思惑通りだったというわけだ。
(ムカムカしてきた!)
今のフィリエルは猫だ。人目なんて気にしない。腹が立っても我慢する必要はないのだ。
「にゃあああっ」
(宰相探して引っかいてやる‼)
フィリエルが飛び起きると、目の前にいたメイドが「きゃあ!」と声を上げる。
「お、お猫様……?」
「にゃーにゃーにゃー!」
(宰相のところに連れて行って‼)
「どうしたんですか? あ、お腹がすいたんですか?」
訴えてみたが、猫語はやはりヴェリア以外の人間には伝わらなかった。
メイドは廊下に洗濯籠を置いて、がさごそとポケットを漁った。
「何か非常食持ってたかな……」
(いや、ポケットに非常食が入っているとか意味がわかんないから)
メイドは食事を摂る暇もないほど忙しいのだろうか。そうであればリオンに進言してもっと休憩時間を――って、今は猫だから無理だった。
見れば手も荒れているし、この城のメイドの職場環境はどうなっているのだろうかとフィリエルは不安になる。
リオンは人間に興味がない。というよりたぶん嫌っている。おそらくだが、メイドたちの仕事の管理も全部人に丸投げしている気がした。まあ、メイドの職場感情を細かく気にする国王もいないかもしれないが。
(手荒れ防止のために手袋とか、せめてクリームとか配給してあげればいいのに……)
第一、侍女のドレスの洗濯をメイドにさせるとか、意味がわからない。ほとんどの侍女は泊りではなく通いなのだから、家の使用人に洗濯させればいいではないか。
(ムカムカするなあ。なんか最近のわたし、ちょっと短気かも)
猫だからか、感情がすぐに振り切れる。感情を理性で抑えつけるというのが難しいのだ。
フィリエルはちらりと洗濯籠に目を向けた。
侍女のドレスをひっかいてボロボロにしてやれば、侍女も少しは懲りるだろうか。いや、そんなことをすればこのメイドが怒られるかもしれない。
でもどうにかして思い知らせてやりたいと、むーっと考え込んだ時、ドレスの籠に入っていたシュミーズに、妙なポケットがついていることに気が付いた。
(シュミーズにポケット?)
そんなシュミーズ見たことがないと、フィリエルは洗濯籠の中に飛び乗る。
甘ったるい香水の香りに鼻がひん曲がりそうだが我慢だ。
ポケット付きのシュミーズに顔を突っ込むと、ポケットの中に何か固いものが入っていることに気が付いた。
(んー?)
なんだろう、とポケットに鼻を突っ込んで中からそれを取り出す。
それは、ガラスの小瓶だった。中に何か液体が入っている。
(気になる……)
本来ポケットなんてついていないシュミーズにポケットがついていて、その中に小瓶。怪しさ満点だ。
「あ、あったあった、クッキー! お猫様、クッキー……って、お猫様どこ行くんですか⁉」
フィリエルは小瓶を咥えて走り出した。
メイドが「クッキーありますよ!」と声を張り上げているが無視をして、廊下を駆け抜けヴェリアのいる獣医の部屋へ向かう。
扉をカリカリすると、ヴェリアが開けてくれた。
「どうしたんだい? 散歩は終わったのかい?」
部屋に入ると、フィリエルはぺっと小瓶を床に投げる。
「なーなーなー!」
(変なの見つけた! 王妃付きの侍女のシュミーズのポケットの中にあったの!)
「散歩に行ってなんで侍女のシュミーズのポケットを漁って帰って来るんだい?」
「にゃー!」
(成り行き!)
「どんな成り行きなんだか……。まあいいけど。で、あんたはこれが気になる、と。なんだろうねえ」
ヴェリアは小瓶を拾い上げると、蓋を開けて顔を近づけた。
「匂いはない、か。この場合、匂いがない方が気になるねえ」
「にゃ?」
「侍女が持ち歩いてたんだろう? 香水とかならまだわかるんだよ。でも匂いのない、こんな少量の液体……、怪しい匂いがプンプンするね」
「みゃ!」
(だよねえ?)
「あんたの侍女って言ったら、あんたをないがしろにしてた連中だろう? ふふ、ちょいと調べてみるかい?」
にやり、とヴェリアが笑ったので、フィリエルも目を細めてニヤッとした。
(だからヴェリア、大好き!)
フィリエルがロマリエ国から嫁いできて、初めてできた、コルティア国唯一の友達。
ヴェリアが小瓶をテーブルの上に置いて、部屋のカーテンを全部閉める。
フィリエルがソファの上に座って待っていると、こちらに戻って来たヴェリアが小瓶を手に取った。
ぽうっと小瓶を持ったヴェリアの手が光る。
しばらくヴェリアが小瓶を握っていると、瓶の中の液体が、突如として真っ黒く変色した。
ヴェリアは眉を顰め、丸眼鏡の奥の黒い瞳をぐっと険しくする。
ヴェリアは声を低くして、言った。
「……これ、毒だね。しかも猛毒だよ」
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