上 下
13 / 85
猫になった王妃と冷淡だった夫

SIDEリオン 気まぐれな猫 3

しおりを挟む
 リリと名付けた猫は、おとなしいように見えてなかなか手ごわい猫だった。

「にゃあああああ‼」

 まず、風呂に入れようとすると暴れる。
 そう思えばいきなり死んだように動かなくなって、リオンの心を凍り付かせた。
 しかし部屋の中で留守番をさせていれば、一人でいい子にしているので、リオンは安心していた――のだが。

 血相を変えて呼びに来たメイドに連れられて自室に戻ったリオンは茫然とした。
 思考停止、という言葉が正しいかもしれない。
 猫を飼うというのは一筋縄ではいかないものだと、荒れ果てた自室を見て痛感した。

 けれども、可愛がるだけではなくしつけも必要だろうと叱りつけたら、「なー」と力なく鳴いてふるふると震えはじめたので、怒ろうとした気分がしおしおと縮んでいく。
 こんなに小さいのだ。叱ったりしたら死んでしまうかもしれないと、むしろリリを一人で留守番させていたことに罪悪感を覚えた。

 部屋の片付けも必要だし、一人にしたらまた同じように淋しがって暴れるかもしれないと、リオンはそのままリリを執務室に連れて行った。
 一人がけのソファに座らせると、さっき部屋で大暴れしたのが嘘のようにおとなしくしている。

(本当に気まぐれな猫だな)

 暴れたいときに暴れて、気分じゃなければ大人しくしている。
 気まぐれで自由で――ものすごく可愛い。
 珍しい外見の猫だし、毛もふわふわで手入れがされているようだったので飼い猫だろうと思ったが、このまま飼い主が見つからなければいいのにと思う。
 そうしたら、リリはずっとリオンの側にいてくれるのに。

 ミルクでお腹が満たされたら眠たくなってきたのだろうか、リリはソファの上でくつろいだ姿勢になり、扉の当たりに視線を固定してぼーっとしていた。
 このまま仕事が終わるまで大人しくしていてくれるだろう。
 リオンのそんな期待は、数時間後、ものの見事に裏切られることになる。

「リリ、待ちなさい! 捕まえろ‼」

 メイドが休憩のためのお茶を運んできて、去ろうとしたとき、書類を持って来た文官とメイドの押すワゴンがぶつかって数枚の書類が床に散乱した。
 何をしているんだかとあきれて書類を拾おうとした直後、視界の端で、リリが走り出すのが見えた。
 ぶつかった音か、書類が落ちたことに驚いたのかもしれない。
 部屋を飛び出していったリリに、リオンが焦って大声を出すと、部屋の外にいた兵士やメイドたちがリリを追い出した。

 大勢に追いかけられることに怯えたのか、リリは大声で鳴いて走る速度を上げると、振り返ることなく突っ走っていく。

「リリ! 俺は少し休憩する‼」

 このままではリリがいなくなるかもしれない。
 焦ったリオンは補佐官にそう告げると、部屋を飛び出した。
 手の空いていそうなメイドや兵士に声をかけて、リリを怯えさせないように静かに探すように頼む。
 しかしリリはなかなか見つからず、城の中を駆け回りながら絶望したその時、廊下の角でうずくまる銀色の毛並みを見つけた。

「リリ‼」

 ホッとして、ぎゅうっと抱きしめる。

「まったくお前は、どうしてこうお転婆なんだ!」

 けれども、いつもは甘えてすり寄ってくる猫がピクリとも動かない。
 綺麗な紫色の瞳でリオンを見上げた後は目を閉じてしまって、呼びかけても反応しなかった。

「リリ、どうした? 何か怖いことでもあったのか?」

 背中を撫でても、喉をくすぐっても、「にゃあ」とも鳴かなかった。
 不安になって侍医のもとに連れて行ったが「猫は専門外なので」と申し訳なさそうに首を横に振られる。

「すぐに腕の立つ獣医師を探せ!」

 もしこのままリリが弱って死んでしまったらと想像するだけでゾッとした。

「リリ、追いかけたのが怖かったのか? 悪かった。な?」

 抱きしめて、撫でて、何度も話しかけてもリリは目を開けない。

 ――その日から、リリは一口も食事を摂らなくなった。





しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

マグノリア・ブルーム〜辺境伯に嫁ぎましたが、私はとても幸せです

花野未季
恋愛
公爵家令嬢のマリナは、父の命により辺境伯に嫁がされた。肝心の夫である辺境伯は、魔女との契約で見た目は『化物』に変えられているという。 お飾りの妻として過ごすことになった彼女は、辺境伯の弟リヒャルトに心惹かれるのだった……。 少し古風な恋愛ファンタジーですが、恋愛少な目(ラストは甘々)で、山なし落ちなし意味なし、しかも伏線や謎回収なし。もろもろ説明不足ですが、お許しを! 設定はふんわりです(^^;) シンデレラ+美女と野獣ですσ(^_^;) エブリスタ恋愛ファンタジートレンドランキング日間1位(2023.10.6〜7) Berry'z cafe編集部オススメ作品選出(2024.5.7)

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

処理中です...