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猫になった王妃と冷淡だった夫
SIDEリオン 気まぐれな猫 1
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思えば、あの日、妻フィリエルは少し変だった気がする。
もちそんそれは、「気がする」程度で本当に変だったのかはわからない。
何故ならいつもと同じか、それとも違うのかを判断するだけの基準を、リオンは持っていなかったからだ。
五年前にロマリエ国から嫁いで来た三つ年下の王妃は、妻であり、そして他人だった。
家族だと思ったことは一度もない。
フィリエル自身、リオンと家族になることを望んでいないのだから、彼女もこの名前だけの夫婦である関係に不満はないはずだ。
いや、不満はあるのか。
そもそも、リオンのもとになど嫁ぎたくなかったはずだから。
しかし、嫁ぎたくない相手のもとに嫁がされたのだ。
彼女の心にこれ以上の負担がかからないよう、極力距離を取り、関わるのは必要最低限にしていた。フィリエルのために。――そう心の中で言い訳をして、その実自分の心を守るためであったことも、リオンは自覚していた。
だからこそ、フィリエルから会って話がしたいと連絡を受けた時に驚愕したし、動揺した。
名前だけの妻は、いったい自分に何の話があるというのだろう。
「陛下……、そろそろ、世継ぎのことを、考えなくてはいけない気がします」
そう思いながら部屋に向かうと、フィリエルは青ざめた顔で、声を震わせながらそう言った。
(ああ、誰かに言われたんだろうな)
そんなに絶望的な顔をしなくてもいいのに。
世継ぎを作るということは子を作ると言うことで、つまりはリオンとフィリエルはそのための行為を行う必要がある。
好きでもない男に抱かれてその男の子を生むのは苦痛だろう。
今にも気絶しそうなその顔を見ていると、彼女を憐れに思うと同時に、どうしてだろうか、腹の底から、言いようのない怒りがこみあげてくるような気がした。
リオンを拒絶し、心を開かない妻。
別に彼女の心がほしいなんて思ったことはない。
愛情なんて期待しないし、それが与えられることを期待するだけ無駄であると知っている。
家族という言葉はとても薄っぺらいもので、そしてとても残酷なものだ。
誰も愛さないし誰も信じない。
リオンの生き方は、昔、そう心に決めた時から一つだ。
だから目の前の女に心を寄せることはないし、心を動かすことはないはずなのに――心がささくれ立つような気持になるのは何故だろう。
「あなたとの間の子はいりません。ですので、この先俺があなたを抱くことはないでしょう。生活は保障しますから、どうぞご自由におすごしください。ただ、愛人を抱えるのは認めますが、子は作らないようにお願いします。俺の子だと思われると困るので」
思い返してみれば、ひどく冷たい言い方をしたものだ。
イライラしていたからだろう。いつものように無感情に返せばよかったのに、ひどく冷淡な言い方になっていた。
「で……も……」
フィリエルはさらに顔を青ざめさせて、カタカタと小さく震えながら続けた。
「周囲からは、世継ぎを、と……」
その言葉にさらにイラっとした。
脳裏をよぎった母の顔に、頭の中が一瞬で沸騰して、そして急激に氷のように冷えていく。
「世継ぎは弟か、弟の子にするので問題ありません」
リオンには十五歳年の離れた弟が一人いる。
その弟は、リオンが即位するとともに母である王太后に連れられて離宮に引っ越した。
会えば人懐っこい子犬のように「兄さま!」とすり寄ってくる愛嬌のある弟だが、その弟の顔を思い出すたびに芽生える感情は、愛ではなく憎悪だった。
(これで満足か?)
リオンに抱かれる未来はないのだとわかって、フィリエルは安心しただろうか。
何も言わなくなったフィリエルの、まだ青白い顔を見ていたくなくて、リオンは彼女に背を向けた。
「重要な話があると言われたので来ましたが、さして重要でもありませんでしたね。忙しいので、本当に重要な話があるとき以外は呼びつけないでくれますか?」
リオンは、基本的に人に無関心だ。興味がない。
それなのに、どうしてフィリエルを見ると、苛立つことが多いのだろう。
足早に執務室に戻って、溜まっている仕事を片付けていく。
――お前の顔なんて見たくもない‼
ふと、幼い日に向けられた憎悪が、耳の奥に蘇った気がした。
もちそんそれは、「気がする」程度で本当に変だったのかはわからない。
何故ならいつもと同じか、それとも違うのかを判断するだけの基準を、リオンは持っていなかったからだ。
五年前にロマリエ国から嫁いで来た三つ年下の王妃は、妻であり、そして他人だった。
家族だと思ったことは一度もない。
フィリエル自身、リオンと家族になることを望んでいないのだから、彼女もこの名前だけの夫婦である関係に不満はないはずだ。
いや、不満はあるのか。
そもそも、リオンのもとになど嫁ぎたくなかったはずだから。
しかし、嫁ぎたくない相手のもとに嫁がされたのだ。
彼女の心にこれ以上の負担がかからないよう、極力距離を取り、関わるのは必要最低限にしていた。フィリエルのために。――そう心の中で言い訳をして、その実自分の心を守るためであったことも、リオンは自覚していた。
だからこそ、フィリエルから会って話がしたいと連絡を受けた時に驚愕したし、動揺した。
名前だけの妻は、いったい自分に何の話があるというのだろう。
「陛下……、そろそろ、世継ぎのことを、考えなくてはいけない気がします」
そう思いながら部屋に向かうと、フィリエルは青ざめた顔で、声を震わせながらそう言った。
(ああ、誰かに言われたんだろうな)
そんなに絶望的な顔をしなくてもいいのに。
世継ぎを作るということは子を作ると言うことで、つまりはリオンとフィリエルはそのための行為を行う必要がある。
好きでもない男に抱かれてその男の子を生むのは苦痛だろう。
今にも気絶しそうなその顔を見ていると、彼女を憐れに思うと同時に、どうしてだろうか、腹の底から、言いようのない怒りがこみあげてくるような気がした。
リオンを拒絶し、心を開かない妻。
別に彼女の心がほしいなんて思ったことはない。
愛情なんて期待しないし、それが与えられることを期待するだけ無駄であると知っている。
家族という言葉はとても薄っぺらいもので、そしてとても残酷なものだ。
誰も愛さないし誰も信じない。
リオンの生き方は、昔、そう心に決めた時から一つだ。
だから目の前の女に心を寄せることはないし、心を動かすことはないはずなのに――心がささくれ立つような気持になるのは何故だろう。
「あなたとの間の子はいりません。ですので、この先俺があなたを抱くことはないでしょう。生活は保障しますから、どうぞご自由におすごしください。ただ、愛人を抱えるのは認めますが、子は作らないようにお願いします。俺の子だと思われると困るので」
思い返してみれば、ひどく冷たい言い方をしたものだ。
イライラしていたからだろう。いつものように無感情に返せばよかったのに、ひどく冷淡な言い方になっていた。
「で……も……」
フィリエルはさらに顔を青ざめさせて、カタカタと小さく震えながら続けた。
「周囲からは、世継ぎを、と……」
その言葉にさらにイラっとした。
脳裏をよぎった母の顔に、頭の中が一瞬で沸騰して、そして急激に氷のように冷えていく。
「世継ぎは弟か、弟の子にするので問題ありません」
リオンには十五歳年の離れた弟が一人いる。
その弟は、リオンが即位するとともに母である王太后に連れられて離宮に引っ越した。
会えば人懐っこい子犬のように「兄さま!」とすり寄ってくる愛嬌のある弟だが、その弟の顔を思い出すたびに芽生える感情は、愛ではなく憎悪だった。
(これで満足か?)
リオンに抱かれる未来はないのだとわかって、フィリエルは安心しただろうか。
何も言わなくなったフィリエルの、まだ青白い顔を見ていたくなくて、リオンは彼女に背を向けた。
「重要な話があると言われたので来ましたが、さして重要でもありませんでしたね。忙しいので、本当に重要な話があるとき以外は呼びつけないでくれますか?」
リオンは、基本的に人に無関心だ。興味がない。
それなのに、どうしてフィリエルを見ると、苛立つことが多いのだろう。
足早に執務室に戻って、溜まっている仕事を片付けていく。
――お前の顔なんて見たくもない‼
ふと、幼い日に向けられた憎悪が、耳の奥に蘇った気がした。
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