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義妹がわたくしを悪役令嬢というものにしたがるので
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月を見上げて思い出に浸っておりましたわたくしは、何やら背後が騒がしくなったことに気が付きました。
何か起こったのかしらと、バルコニーから広間を振り返ったわたくしは、そこに大勢の男女に囲まれたシェリーを見つけてギョッとしました。
「シェリー?」
「本当だ」
クリフォード様も目を見張りました。
今日のカーリー伯爵家のパーティーはわたくしの名前で招待状が届いておりまして、さらに言えばパートナー必須でしたので、シェリーは参加できないはずです。
シェリーには婚約者はいませんからね。
血のつながりがなくとも妹ですので、シェリーが望むなら、わたくしは縁を探すことに異論はございません。けれども、シェリーにそれとなく訊ねたところ、顔を真っ赤にして怒り出したのです。
わたくしがシェリーのお相手を探しましょうかと訊ねたのが、どうやら気に入らなかったようです。「わたしを家から追い出す気ね、この性悪女‼」と怒鳴られてしまいました。
お義母様が慌ててシェリーをたしなめていましたが、本人が望んでいないのに出しゃばるようなことはできません。
それ以来シェリーのお相手探しのお話は我が家ではタブーとなっておりました。
ですので、シェリーはまだどなたとも婚約していないのですよ。貴族の婚約には家長の許可が必要で、今であればそれはわたくしの許可が必要ということになります。婚約する場合はわたくしのサインを入れたしかるべき書類を国に提出しなければなりませんので、シェリーはこの場に伴えるパートナーがいないのです。
……ただお付き合いしているだけの殿方は、パートナーとしては認められませんからね。
もっとも例外もございます。
たとえばお父様と一緒であればパートナーと同伴でなくとも、パートナー必須のパーティーに参加できるのです。すでにお父様がいらっしゃらないので、シェリーにその手は使えませんが、もしかしたらわたくしの名前を出したのかもしれません。
……困った子。
そんなに今日のパーティーに参加したかったのであれば、事前に相談してくれればいいのに。何の相談もなくいきなり乗り込んでこられても困りますよ。
「……どうする?」
クリフォード様が気遣うようにわたくしを優しく見下ろします。
このまま放置はできませんね。来てしまったのです、帰宅しろとは言いませんが、一人でふらふらさせるわけには参りません。シェリーにはわたくしたちと一緒にいていただかなくては。
シェリーはオールポート伯爵家のものですので、彼女がどなたかにご迷惑をかけた場合、わたくしのみならず将来オールポート伯爵となることが確定しているクリフォード様の評判に傷がついてしまうのです。それは避けねばなりません。
「クリフォード様、申し訳ございませんが……」
「わかっているよ。さすがに義妹を放置できないからね」
お優しいクリフォード様は、「困った子だね」と微笑まれます。
シェリーはクリフォード様の前では特大の猫をかぶっておりますので、彼にしてみたらシェリーがちょっとした悪戯をしたように見えるのかもしれません。
……それにしても、今までわたくしに対して文句を言うことはあっても、このようにパーティーに乗り込んでくるようなことはしなかったのに、今日はどうしたというのでしょうね。
少し不思議に思いながらクリフォード様とシェリーに近づきますと、わたくしの姿を見つけたシェリーがにんまりと口端を持ち上げました。
……なんだか嫌な予感がいたしますよ。
シェリーがよからぬことを企んでいるような気がして焦燥に駆られたわたくしが口を開こうとしたとき、シェリーが突然両手で顔を覆って泣き出しました。
わたくしもクリフォード様も、そしてシェリーの周りにいた方々もがギョッとするなか、シェリーは甲高い声でこう叫びました。
「お姉様はわたくしを疎ましく思っていらっしゃるのです!」
……シェリーはいったい、何を言っているのでしょう?
もしかして先ほどまでこちらで皆様としていた話の続きなのでしょうか。
前後がわかりませんので、わたくしはどう反応していいやら困ってしまって、頬に手を当てて目をしばたたくことしかできません。
「シェリー、いきなりどうしたんだい?」
困惑してすぐに反応できないわたくしに代わり、クリフォード様が首を傾げながらシェリーに問いかけました。
そうです。そう訊ねればよかったですね。
するとシェリーは顔から少しばかり両手を離して、すがるような目でクリフォード様を見上げました。
わたくしの胸が、ざわりといたします。
恋焦がれているのとも少し違う――なんと表現すればよいのでしょう。まるで自分の夫や婚約者を見るような、独占欲のこもったとでもいえばよいでしょうか。そんなシェリーの目が、クリフォード様に注がれて、わたくしは思わずクリフォード様の腕に絡めて手に力を込めてしまいました。
そんな目を、クリフォード様に向けないでほしいです。
わたくしの表情のこわばりに気づいたシェリーが一瞬だけにんまりと目を細めて、また泣きまねをはじめました。もはやこれは泣きまねで間違いないと思います。
「わたくしがクリフォード様をお慕いしていると知って、お姉様はわたくしにつらく当たるようになりました! お姉様は本当に冷たくて残酷な方で、このままではクリフォード様が不幸になると思って、わたくし……!」
……どうしましょう。今までで一番シェリーの言うことがわかりません。
これまでも「悪役令嬢」とかいう意味のわからないことを言われて困っておりましたが、今日はその比ではありませんよ。
それに、今までシェリーに困らされたことはたくさんありますけど、シェリーを疎んじてつらく当たったことはないはずです。
そりゃあ、わけのわからない主張をされてたしなめたことはございますけど、それはつらく当たるのとは違いますよね?
シェリーの周りにいらっしゃる方々は、困惑なさっておいでですけど、数名の方はわたくしに非難めいた視線を向けております。
ここで黙っているのは得策ではないようですが、けれど、何と反論したらいいでしょうか。
シェリーもオールポート伯爵家のものですので、ここで言い争いをしたら我が家の名前に傷がつきますし、だからといってシェリーの言い分をこのまま通すのもよろしくありません。
……シェリーの教育にもっと力を注げばよかったですね。いえ、いくら教師をつけても、シェリーの自己主張の強さや我儘さはちっとも治らなかったのですけど。
この場はシェリーを諫めて連れ帰るのが一番いいでしょうか。
そんな風に思っておりますと「シェリー」とクリフォード様が口を挟みました。
「シェリーが私を慕ってくれているのは知らなかったけど、私はエレノーラの婚約者で、彼女のことをとても愛しているんだ。残念だけど君の気持には答えられないし、私が見る限りエレノーラは君につらく当たったりしていないよ。姉上をあまり困らせるものじゃない」
口調こそ優しいですが、クリフォード様らしからぬ強い響きのある言葉でした。
お優しいクリフォード様であれば、この場でシェリーが傷つく言葉は避けると思っておりましたので少々……いえ、かなり意外です。
わたくしが瞠目するのと、シェリーが愕然と目を見開くのは同時でした。
「え……なんで……」
シェリーの力のない震えたつぶやきが聞こえます。
クリフォード様に拒絶されるとは、露ほどにも思っていなかったのかもしれません。
そういえば以前からクリフォード様は自分と結ばれる運命だと主張していたので、シェリーの頭の中ではわたくしを廃してクリフォード様と結ばれる未来が確定していたのかもしれませんね。
どうしてそんな妄想を抱いていたのかは謎ですが、そうとしか思えないような驚きようです。
しかしそれ以上にわたくしを驚かせたのは、クリフォード様の「愛」という言葉でした。
……聞き間違いでなければ、クリフォード様はわたくしを愛しているとおっしゃいませんでしたか?
わたくしは以前よりクリフォード様をお慕いしておりました。
けれども、彼の気持ちはわからなかったのです。
クリフォード様はお優しいですけど、それが恋情によるものからだという確証はなく、また、貴族間の婚姻には必ずしも恋愛感情は必要ではございませんので、わたくしのことをどう思っていらっしゃるのかなんて怖くて訊けませんでした。
訊ねることで、困らせてしまうかもしれませんでしたし。
シェリーの意味不明な発言も頭の中から抜け落ちるほどに驚いていたわたくしを、クリフォード様がさりげなく背中にかばってくださいます。
どうしましょう、そのような状況ではないとわかっているのですが、感動して目が潤んできてしまいます。
クリフォード様の背中越しにちらりとシェリーの様子を伺いますと、わなわなと唇を震わせながら「小説と違う」とか「ここで悪役令嬢は断罪されるはずなのに」とか意味のわからないことをつぶやいていました。
また悪役令嬢です。
小説という言葉もありましたし、もしかしてシェリーは何かの小説と現実を混同しているのでしょうか?
……でも、悪役令嬢という単語の出てくる小説は、わたくし、読んだことがございませんけど、どこで読んだのでしょうね。
少なくともオールポート伯爵家の図書室にはございません。
お友達の家で読んだのかしらと思っていると、クリフォード様が首を横に振りました。
「シェリー、ここにいるエレノーラは『悪役令嬢』じゃないよ」
……あら? クリフォード様も「悪役令嬢」という単語をご存じなのでしょうか。
さらりと使われたその単語に目をしばたたいておりますと、シェリーがもっと驚いたような顔になりました。どうしたのでしょうね。
「シェリー、繰り返すが、私が愛しているのはエレノーラだ。君じゃない」
もう一度はっきりと宣言されて、シェリーは顔を真っ赤に染めると、ぱっと踵を返して駆け出して行ってしまいました。
……ええっと、帰宅するのはかまいませんけど、この落とし前をどうつければよいのでしょう?
これは方々に謝罪が必要ですね。
クリフォード様の「愛している」という言葉に酔いしれたい気分ですのに、この後のことを想像するとうっとりしている場合ではないでしょう。
ため息をつきたい気分になっていると、クリフォード様がその場にいた皆様に素早く謝罪をしたあとで、「義妹は妄想癖があるようです」ととんでもない爆弾発言を落としました。
……クリフォード様⁉ そんなことを言ったら、シェリーの今後が大変なことになりますよ⁉
訳あり令嬢のように言われてしまったシェリーは、今後社交界に碌な噂が立たないと思います。嫁ぎ先にも困るかもしれませんし、しばらく恥ずかしくて表に出られないかもしれません。
だというのに、クリフォード様はびっくりするくらい爽やかな微笑を浮かべていらっしゃいました。
あわあわするわたくしの肩を抱き、クリフォード様がさきほどまでいたバルコニーにわたくしを連れて行きます。
「あの、クロフォード様!」
「勝手なことを言ってごめんね。でも、あのように言うのが、一番君の名前に傷がつかないから」
エレノーラが性悪のように言われるのは嫌だと言って、クリフォード様は少しだけ眉尻を下げて微笑みます。
そして、遠慮がちに腕を伸ばすと、わたくしをぎゅっと抱きしめました。
急に抱きしめられて、わたくしの心臓が壊れそうなほどにドキドキしてしまいます。
「エレノーラ。あんな形の告白になってしまって申し訳なかったけど、さっき言ったことは嘘じゃない。私は君が大好きだよ。愛している」
わたくしはクリフォード様の腕の中でひゅっと小さく息を呑み、それから真っ赤になりました。お酒に酔ってしまったかのように、頭の中がふわふわしてきます。
けれども、ここで黙ってしまうのはだめな気がして、わたくしは勇気を振り絞って、クリフォード様の腕の中で顔を上げました。
「わ、わたくしもっ、クリフォード様を、お慕いしております。……ずっと前から」
気持ちを告白するのは、とてもとても恥ずかしいですね。
クリフォード様のお顔を見つめていられなくなって、わたくしは顔を隠すようにして彼の胸に顔を押し付けました。
クリフォード様が髪が崩れないように優しく頭を撫でてくださいます。
シェリーの意味不明な行動に困らされてしまいましたが、おかげでこうしてクリフォード様のお気持ちが聞けたと思うと、そう悪いことではない気がしてくるので不思議ですね。
その後、騒動を知った義母はシェリーを連れてオールポート伯爵家を出て行くことを決めました。
わたくしはそこまでしなくてもと言ったのですけど、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと言った義母の決心は強く、今年の社交シーズンが終わる前に、義母はシェリーを連れて出て行ってしまいました。
シェリーは最後まで抵抗していましたが、優しくおっとりした気質の義母には珍しく、シェリーを厳しく叱りつけて連れて行きました。
王都から少し離れた町に行くとおっしゃっていたので、当面の生活費をお渡しすると泣いて喜ばれましたが、これ以上はシェリーが甘えるので支援は不要と言われてしまいました。
少々心配ですが、凛とした顔をしていた義母はおっとりしているようにみえて商家の出ですので、シェリーも成人した今、自分の力で生きていくだけの力はあるとのことです。
……おっとりしているように見えましたが、もしかしなくとも、わたくしより義母の方がずっとしっかりした方なのかもしれません。
そうそう、それからずっと気になっていた「悪役令嬢」という言葉について、どうやらその単語をご存じらしいクリフォード様に訊ねてみたところ、彼は困ったように笑って「ずっと遠い異国の本に出てくるんだ」と教えてくださいました。
そんな遠い異国の本をどこで読んだのかも気になったのですけど、それについては「秘密だよ」といって教えてくださいませんでした。
だた、その時のクリフォード様のいたずらっ子のような笑顔が可愛らしくて、しばらくしたころに、もう一度同じことをお訊ねしてみようかしらと思ったのは、内緒です。
何か起こったのかしらと、バルコニーから広間を振り返ったわたくしは、そこに大勢の男女に囲まれたシェリーを見つけてギョッとしました。
「シェリー?」
「本当だ」
クリフォード様も目を見張りました。
今日のカーリー伯爵家のパーティーはわたくしの名前で招待状が届いておりまして、さらに言えばパートナー必須でしたので、シェリーは参加できないはずです。
シェリーには婚約者はいませんからね。
血のつながりがなくとも妹ですので、シェリーが望むなら、わたくしは縁を探すことに異論はございません。けれども、シェリーにそれとなく訊ねたところ、顔を真っ赤にして怒り出したのです。
わたくしがシェリーのお相手を探しましょうかと訊ねたのが、どうやら気に入らなかったようです。「わたしを家から追い出す気ね、この性悪女‼」と怒鳴られてしまいました。
お義母様が慌ててシェリーをたしなめていましたが、本人が望んでいないのに出しゃばるようなことはできません。
それ以来シェリーのお相手探しのお話は我が家ではタブーとなっておりました。
ですので、シェリーはまだどなたとも婚約していないのですよ。貴族の婚約には家長の許可が必要で、今であればそれはわたくしの許可が必要ということになります。婚約する場合はわたくしのサインを入れたしかるべき書類を国に提出しなければなりませんので、シェリーはこの場に伴えるパートナーがいないのです。
……ただお付き合いしているだけの殿方は、パートナーとしては認められませんからね。
もっとも例外もございます。
たとえばお父様と一緒であればパートナーと同伴でなくとも、パートナー必須のパーティーに参加できるのです。すでにお父様がいらっしゃらないので、シェリーにその手は使えませんが、もしかしたらわたくしの名前を出したのかもしれません。
……困った子。
そんなに今日のパーティーに参加したかったのであれば、事前に相談してくれればいいのに。何の相談もなくいきなり乗り込んでこられても困りますよ。
「……どうする?」
クリフォード様が気遣うようにわたくしを優しく見下ろします。
このまま放置はできませんね。来てしまったのです、帰宅しろとは言いませんが、一人でふらふらさせるわけには参りません。シェリーにはわたくしたちと一緒にいていただかなくては。
シェリーはオールポート伯爵家のものですので、彼女がどなたかにご迷惑をかけた場合、わたくしのみならず将来オールポート伯爵となることが確定しているクリフォード様の評判に傷がついてしまうのです。それは避けねばなりません。
「クリフォード様、申し訳ございませんが……」
「わかっているよ。さすがに義妹を放置できないからね」
お優しいクリフォード様は、「困った子だね」と微笑まれます。
シェリーはクリフォード様の前では特大の猫をかぶっておりますので、彼にしてみたらシェリーがちょっとした悪戯をしたように見えるのかもしれません。
……それにしても、今までわたくしに対して文句を言うことはあっても、このようにパーティーに乗り込んでくるようなことはしなかったのに、今日はどうしたというのでしょうね。
少し不思議に思いながらクリフォード様とシェリーに近づきますと、わたくしの姿を見つけたシェリーがにんまりと口端を持ち上げました。
……なんだか嫌な予感がいたしますよ。
シェリーがよからぬことを企んでいるような気がして焦燥に駆られたわたくしが口を開こうとしたとき、シェリーが突然両手で顔を覆って泣き出しました。
わたくしもクリフォード様も、そしてシェリーの周りにいた方々もがギョッとするなか、シェリーは甲高い声でこう叫びました。
「お姉様はわたくしを疎ましく思っていらっしゃるのです!」
……シェリーはいったい、何を言っているのでしょう?
もしかして先ほどまでこちらで皆様としていた話の続きなのでしょうか。
前後がわかりませんので、わたくしはどう反応していいやら困ってしまって、頬に手を当てて目をしばたたくことしかできません。
「シェリー、いきなりどうしたんだい?」
困惑してすぐに反応できないわたくしに代わり、クリフォード様が首を傾げながらシェリーに問いかけました。
そうです。そう訊ねればよかったですね。
するとシェリーは顔から少しばかり両手を離して、すがるような目でクリフォード様を見上げました。
わたくしの胸が、ざわりといたします。
恋焦がれているのとも少し違う――なんと表現すればよいのでしょう。まるで自分の夫や婚約者を見るような、独占欲のこもったとでもいえばよいでしょうか。そんなシェリーの目が、クリフォード様に注がれて、わたくしは思わずクリフォード様の腕に絡めて手に力を込めてしまいました。
そんな目を、クリフォード様に向けないでほしいです。
わたくしの表情のこわばりに気づいたシェリーが一瞬だけにんまりと目を細めて、また泣きまねをはじめました。もはやこれは泣きまねで間違いないと思います。
「わたくしがクリフォード様をお慕いしていると知って、お姉様はわたくしにつらく当たるようになりました! お姉様は本当に冷たくて残酷な方で、このままではクリフォード様が不幸になると思って、わたくし……!」
……どうしましょう。今までで一番シェリーの言うことがわかりません。
これまでも「悪役令嬢」とかいう意味のわからないことを言われて困っておりましたが、今日はその比ではありませんよ。
それに、今までシェリーに困らされたことはたくさんありますけど、シェリーを疎んじてつらく当たったことはないはずです。
そりゃあ、わけのわからない主張をされてたしなめたことはございますけど、それはつらく当たるのとは違いますよね?
シェリーの周りにいらっしゃる方々は、困惑なさっておいでですけど、数名の方はわたくしに非難めいた視線を向けております。
ここで黙っているのは得策ではないようですが、けれど、何と反論したらいいでしょうか。
シェリーもオールポート伯爵家のものですので、ここで言い争いをしたら我が家の名前に傷がつきますし、だからといってシェリーの言い分をこのまま通すのもよろしくありません。
……シェリーの教育にもっと力を注げばよかったですね。いえ、いくら教師をつけても、シェリーの自己主張の強さや我儘さはちっとも治らなかったのですけど。
この場はシェリーを諫めて連れ帰るのが一番いいでしょうか。
そんな風に思っておりますと「シェリー」とクリフォード様が口を挟みました。
「シェリーが私を慕ってくれているのは知らなかったけど、私はエレノーラの婚約者で、彼女のことをとても愛しているんだ。残念だけど君の気持には答えられないし、私が見る限りエレノーラは君につらく当たったりしていないよ。姉上をあまり困らせるものじゃない」
口調こそ優しいですが、クリフォード様らしからぬ強い響きのある言葉でした。
お優しいクリフォード様であれば、この場でシェリーが傷つく言葉は避けると思っておりましたので少々……いえ、かなり意外です。
わたくしが瞠目するのと、シェリーが愕然と目を見開くのは同時でした。
「え……なんで……」
シェリーの力のない震えたつぶやきが聞こえます。
クリフォード様に拒絶されるとは、露ほどにも思っていなかったのかもしれません。
そういえば以前からクリフォード様は自分と結ばれる運命だと主張していたので、シェリーの頭の中ではわたくしを廃してクリフォード様と結ばれる未来が確定していたのかもしれませんね。
どうしてそんな妄想を抱いていたのかは謎ですが、そうとしか思えないような驚きようです。
しかしそれ以上にわたくしを驚かせたのは、クリフォード様の「愛」という言葉でした。
……聞き間違いでなければ、クリフォード様はわたくしを愛しているとおっしゃいませんでしたか?
わたくしは以前よりクリフォード様をお慕いしておりました。
けれども、彼の気持ちはわからなかったのです。
クリフォード様はお優しいですけど、それが恋情によるものからだという確証はなく、また、貴族間の婚姻には必ずしも恋愛感情は必要ではございませんので、わたくしのことをどう思っていらっしゃるのかなんて怖くて訊けませんでした。
訊ねることで、困らせてしまうかもしれませんでしたし。
シェリーの意味不明な発言も頭の中から抜け落ちるほどに驚いていたわたくしを、クリフォード様がさりげなく背中にかばってくださいます。
どうしましょう、そのような状況ではないとわかっているのですが、感動して目が潤んできてしまいます。
クリフォード様の背中越しにちらりとシェリーの様子を伺いますと、わなわなと唇を震わせながら「小説と違う」とか「ここで悪役令嬢は断罪されるはずなのに」とか意味のわからないことをつぶやいていました。
また悪役令嬢です。
小説という言葉もありましたし、もしかしてシェリーは何かの小説と現実を混同しているのでしょうか?
……でも、悪役令嬢という単語の出てくる小説は、わたくし、読んだことがございませんけど、どこで読んだのでしょうね。
少なくともオールポート伯爵家の図書室にはございません。
お友達の家で読んだのかしらと思っていると、クリフォード様が首を横に振りました。
「シェリー、ここにいるエレノーラは『悪役令嬢』じゃないよ」
……あら? クリフォード様も「悪役令嬢」という単語をご存じなのでしょうか。
さらりと使われたその単語に目をしばたたいておりますと、シェリーがもっと驚いたような顔になりました。どうしたのでしょうね。
「シェリー、繰り返すが、私が愛しているのはエレノーラだ。君じゃない」
もう一度はっきりと宣言されて、シェリーは顔を真っ赤に染めると、ぱっと踵を返して駆け出して行ってしまいました。
……ええっと、帰宅するのはかまいませんけど、この落とし前をどうつければよいのでしょう?
これは方々に謝罪が必要ですね。
クリフォード様の「愛している」という言葉に酔いしれたい気分ですのに、この後のことを想像するとうっとりしている場合ではないでしょう。
ため息をつきたい気分になっていると、クリフォード様がその場にいた皆様に素早く謝罪をしたあとで、「義妹は妄想癖があるようです」ととんでもない爆弾発言を落としました。
……クリフォード様⁉ そんなことを言ったら、シェリーの今後が大変なことになりますよ⁉
訳あり令嬢のように言われてしまったシェリーは、今後社交界に碌な噂が立たないと思います。嫁ぎ先にも困るかもしれませんし、しばらく恥ずかしくて表に出られないかもしれません。
だというのに、クリフォード様はびっくりするくらい爽やかな微笑を浮かべていらっしゃいました。
あわあわするわたくしの肩を抱き、クリフォード様がさきほどまでいたバルコニーにわたくしを連れて行きます。
「あの、クロフォード様!」
「勝手なことを言ってごめんね。でも、あのように言うのが、一番君の名前に傷がつかないから」
エレノーラが性悪のように言われるのは嫌だと言って、クリフォード様は少しだけ眉尻を下げて微笑みます。
そして、遠慮がちに腕を伸ばすと、わたくしをぎゅっと抱きしめました。
急に抱きしめられて、わたくしの心臓が壊れそうなほどにドキドキしてしまいます。
「エレノーラ。あんな形の告白になってしまって申し訳なかったけど、さっき言ったことは嘘じゃない。私は君が大好きだよ。愛している」
わたくしはクリフォード様の腕の中でひゅっと小さく息を呑み、それから真っ赤になりました。お酒に酔ってしまったかのように、頭の中がふわふわしてきます。
けれども、ここで黙ってしまうのはだめな気がして、わたくしは勇気を振り絞って、クリフォード様の腕の中で顔を上げました。
「わ、わたくしもっ、クリフォード様を、お慕いしております。……ずっと前から」
気持ちを告白するのは、とてもとても恥ずかしいですね。
クリフォード様のお顔を見つめていられなくなって、わたくしは顔を隠すようにして彼の胸に顔を押し付けました。
クリフォード様が髪が崩れないように優しく頭を撫でてくださいます。
シェリーの意味不明な行動に困らされてしまいましたが、おかげでこうしてクリフォード様のお気持ちが聞けたと思うと、そう悪いことではない気がしてくるので不思議ですね。
その後、騒動を知った義母はシェリーを連れてオールポート伯爵家を出て行くことを決めました。
わたくしはそこまでしなくてもと言ったのですけど、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと言った義母の決心は強く、今年の社交シーズンが終わる前に、義母はシェリーを連れて出て行ってしまいました。
シェリーは最後まで抵抗していましたが、優しくおっとりした気質の義母には珍しく、シェリーを厳しく叱りつけて連れて行きました。
王都から少し離れた町に行くとおっしゃっていたので、当面の生活費をお渡しすると泣いて喜ばれましたが、これ以上はシェリーが甘えるので支援は不要と言われてしまいました。
少々心配ですが、凛とした顔をしていた義母はおっとりしているようにみえて商家の出ですので、シェリーも成人した今、自分の力で生きていくだけの力はあるとのことです。
……おっとりしているように見えましたが、もしかしなくとも、わたくしより義母の方がずっとしっかりした方なのかもしれません。
そうそう、それからずっと気になっていた「悪役令嬢」という言葉について、どうやらその単語をご存じらしいクリフォード様に訊ねてみたところ、彼は困ったように笑って「ずっと遠い異国の本に出てくるんだ」と教えてくださいました。
そんな遠い異国の本をどこで読んだのかも気になったのですけど、それについては「秘密だよ」といって教えてくださいませんでした。
だた、その時のクリフォード様のいたずらっ子のような笑顔が可愛らしくて、しばらくしたころに、もう一度同じことをお訊ねしてみようかしらと思ったのは、内緒です。
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拾ったワンコの続編、もしくはスピンオフを
お待ちしつつエールを贈らせていただきます🙇
わ、懐かしいものを読んでくださりありがとうございます(*^^*)
ワンコ続編は…まだわかりませんが、そのときはどうぞよろしくお願いいたします!
振り返らば奴がいる....
LDBox持っております(笑)
(笑)
ありがとうございます(*^^*)
時計屋の兎とっても面白かったです。できれば連載にして欲しいー(>_<)。(希望)
わ!ありがとうございます!
連載にするかどうかはまだわかりませんが、そう言っていただけて嬉しいです(*^^*)
実は下記でラジオ朗読していただいたこともあるので、もしご興味あれば!
https://www.mbs1179.com/narou/work/20231001.shtml