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ブラックダイヤモンドの呪い 2
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「ジャガイモなんてうんざりだ」
ウィリアムが、ジャガイモが大好きなマザコンの霊が憑りついているというブラックダイヤモンドの指輪をはめてから、三日が経ったらしい。
エイジェリンは一日目の朝に彼に抱きつかれたので、エイジェリンが知る限りでは二日だ。
ジャガイモを食べさせろと訴える霊のために、好きでもないジャガイモばかりを毎日三食食べ続けているウィリアムは、そろそろ限界のようだった。
ソファにうつぶせに倒れこんで、うめくように言った彼に、エイジェリンは苦笑するしかない。
ウィリアムによると、憑りついた霊魂は満足するまで成仏せず、離れてくれないそうだ。いつ満足してくれるのかは霊によってまちまちで、一日で離れる霊もあれば、数か月も粘る霊もいる。
前回の酒と女と賭博が大好きだった霊は、四日で離れてくれたらしい。娼館にまで足を運ばなくてはならないのかと絶望していた矢先、浴びるように酒を飲んで眠った翌朝、けろりと成仏してくれたそうだ。高い酒ばかり何本も開けさせられたが、好きでもない女を抱く羽目にならなくてよかったとウィリアムは言った。
「どうしてこれだけジャガイモばかり食べているのに成仏しないんだ! お前は俺に樽でジャガイモを食べさせるつもりなのか⁉ 勘弁してくれ‼」
ブラックダイヤモンドの指輪に向かって怒鳴るウィリアムを見ていると、彼の不名誉な噂の数々は間違いなくその体質のせいだろうと納得を覚える。
毎回霊に憑りつかれている彼は、二日前の朝のように、一時的に完全に体を乗っ取られることもあるそうで、そのたびに妙な行動を起こしていたのだろう。可哀そうに。エイジェリンは心底彼に同情した。
「お茶を飲んで少しリラックスされたらどうですか?」
ウィリアムはストレスが溜まっている。エイジェリンは執事のルーベンスにもらった新しい紅茶をいれて、そっと彼の前に置いた。
ウィリアムはのそりと起き上がり、ティーカップに手をつけようとして、ふと、そばの置かれていたパイに目を止める。
「それは?」
「…………ジャガイモのパイです」
ウィリアムは再びソファの上に倒れこんだ。
「本当にうんざりだ! ベイクドポテト、マッシュポテト、茹でたジャガイモのサラダに、コロッケにポタージュに、極めつけはパイときた! ティータイムのお菓子にまで浸食してくるのか⁉ もういやだ!」
「すみません、すぐに違うものを用意してもらいます」
「あ、いや、待て。君のせいじゃない。怒鳴って悪かった」
座りなおしたウィリアムは、ジャガイモのパイを遠ざけてティーカップを手に取った。一口飲んだ後で「うるさい黙れ! ジャガイモのパイなんて甘いのかしょっぱいのかわからない、べちゃべちゃした妙な食べ物だ! 絶対に食べるものか!」と叫んで、ああっと両手で頭を抱える。どうやらブラックダイヤモンドに憑りついている霊が何か言ったようだ。
これは早々に彼の目の前からジャガイモのパイを消し去った方がいいと判断したエイジェリンは、パイの乗った皿を片づけにキッチンに降りる。
再びウィリアムの部屋に戻ったとき、彼はローテーブルに突っ伏すようにぐったりしていた。
「伯爵様⁉」
ほんの少しの時間離れただけなのに何があったのだろうか。
驚いたエイジェリンが駆け寄った瞬間、がばりと起き上がったウィリアムが、長い腕を伸ばしてエイジェリンに抱きついた。
「ママー!」
「………………」
頼むから早く成仏してくれないだろうか。
エイジェリンは、胸の谷間に顔をうずめたウィリアムを白い目で見降ろして、心の底からそう思った。
ウィリアムが、ジャガイモが大好きなマザコンの霊が憑りついているというブラックダイヤモンドの指輪をはめてから、三日が経ったらしい。
エイジェリンは一日目の朝に彼に抱きつかれたので、エイジェリンが知る限りでは二日だ。
ジャガイモを食べさせろと訴える霊のために、好きでもないジャガイモばかりを毎日三食食べ続けているウィリアムは、そろそろ限界のようだった。
ソファにうつぶせに倒れこんで、うめくように言った彼に、エイジェリンは苦笑するしかない。
ウィリアムによると、憑りついた霊魂は満足するまで成仏せず、離れてくれないそうだ。いつ満足してくれるのかは霊によってまちまちで、一日で離れる霊もあれば、数か月も粘る霊もいる。
前回の酒と女と賭博が大好きだった霊は、四日で離れてくれたらしい。娼館にまで足を運ばなくてはならないのかと絶望していた矢先、浴びるように酒を飲んで眠った翌朝、けろりと成仏してくれたそうだ。高い酒ばかり何本も開けさせられたが、好きでもない女を抱く羽目にならなくてよかったとウィリアムは言った。
「どうしてこれだけジャガイモばかり食べているのに成仏しないんだ! お前は俺に樽でジャガイモを食べさせるつもりなのか⁉ 勘弁してくれ‼」
ブラックダイヤモンドの指輪に向かって怒鳴るウィリアムを見ていると、彼の不名誉な噂の数々は間違いなくその体質のせいだろうと納得を覚える。
毎回霊に憑りつかれている彼は、二日前の朝のように、一時的に完全に体を乗っ取られることもあるそうで、そのたびに妙な行動を起こしていたのだろう。可哀そうに。エイジェリンは心底彼に同情した。
「お茶を飲んで少しリラックスされたらどうですか?」
ウィリアムはストレスが溜まっている。エイジェリンは執事のルーベンスにもらった新しい紅茶をいれて、そっと彼の前に置いた。
ウィリアムはのそりと起き上がり、ティーカップに手をつけようとして、ふと、そばの置かれていたパイに目を止める。
「それは?」
「…………ジャガイモのパイです」
ウィリアムは再びソファの上に倒れこんだ。
「本当にうんざりだ! ベイクドポテト、マッシュポテト、茹でたジャガイモのサラダに、コロッケにポタージュに、極めつけはパイときた! ティータイムのお菓子にまで浸食してくるのか⁉ もういやだ!」
「すみません、すぐに違うものを用意してもらいます」
「あ、いや、待て。君のせいじゃない。怒鳴って悪かった」
座りなおしたウィリアムは、ジャガイモのパイを遠ざけてティーカップを手に取った。一口飲んだ後で「うるさい黙れ! ジャガイモのパイなんて甘いのかしょっぱいのかわからない、べちゃべちゃした妙な食べ物だ! 絶対に食べるものか!」と叫んで、ああっと両手で頭を抱える。どうやらブラックダイヤモンドに憑りついている霊が何か言ったようだ。
これは早々に彼の目の前からジャガイモのパイを消し去った方がいいと判断したエイジェリンは、パイの乗った皿を片づけにキッチンに降りる。
再びウィリアムの部屋に戻ったとき、彼はローテーブルに突っ伏すようにぐったりしていた。
「伯爵様⁉」
ほんの少しの時間離れただけなのに何があったのだろうか。
驚いたエイジェリンが駆け寄った瞬間、がばりと起き上がったウィリアムが、長い腕を伸ばしてエイジェリンに抱きついた。
「ママー!」
「………………」
頼むから早く成仏してくれないだろうか。
エイジェリンは、胸の谷間に顔をうずめたウィリアムを白い目で見降ろして、心の底からそう思った。
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