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魔界で一番愛してる
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城の裏手にある山の中で、アスヴィルは立ち止まって腹の底から安堵の息を吐きだした。
山の中にポツンと立っている、丸太を積み重ねて作ったような小さな家の前に、ミリアムの白い愛馬がつないであった。
「……ここだったのか」
どうしてこんなところに家が建っているのかはアスヴィルにはわからないが、馬がつないであるから間違いないだろう。
アスヴィルは家の玄関先に回ると、中に向けて声をかけた。
「ミリアム!」
だが、中からの返事はなく、アスヴィルは玄関の扉を拳で叩いた。
「ミリアム、いるんだろう?」
ややして、家の中から微かな物音が聞こえた。ガチャリ、と恐る恐るというように小さく開いた扉の隙間から、ミリアムが顔をのぞかせる。
その顔が何だか怯えているように見えて、扉を閉ざされる前に、アスヴィルは隙間に手を入れると、軽く力を込めた。
ゆっくり扉が開いて、ミリアムが慌てたように扉からパッと手を離し、なぜか家の中に逃げていく。
家の中には逃げるところはないと知りつつも、アスヴィルは逃げるミリアムに手を伸ばした。
「ミリアム、待って」
手首をつかむと、ミリアムはびくっとして、肩越しにちらりとアスヴィルを振り返る。
怯えた子猫を見ているようで、アスヴィルはたまらなくなってミリアムを抱きしめた。
「ちょ……!」
ミリアムが焦ったような声を出して腕の中で身じろぎする。
いやいやと首を振られるが、アスヴィルは構わず腕に力を込めた。
「ミリアム、ガーネットが、ごめん」
そう言えば、ぴたり、とミリアムが動きを止めた。
抱きしめたまま顔を覗き込むと、怒ったような顔をして唇をかんでいた。
「ミリ―――ぐっ」
アスヴィルはミリアムにもう一度謝ろうと口を開きかけたが、突如としてみぞおちに激痛が走り、顔をしかめて体を折った。
ミリアムがアスヴィルのみぞおちに容赦なく拳を叩きこんだのだ。
アスヴィルの力が緩んだすきに腕から抜け出したミリアムは、ふんっとそっぽを向いた。
そうしてアスヴィルが腹を抱えてうずくまっている間に、部屋の中に転がっているクッションを拾い集め、自分の周りに堤防を作るように並べていく。
「ここから入ってきたら、ぶん殴るわよ!」
ミリアムはクッションで円を描いた中に座り込んだ。
「で? 何しに来たのよ」
「なにって……」
迎えに行けば、てっきり、ちょっとは甘い雰囲気になるのではないかと、心のどこかで思っていたアスヴィルは、猫が毛を逆立てているようなミリアムの様子に眉尻を下げた。
よくわからないが、ミリアムを怒らせてしまったらしい。
アスヴィルは仕方なく、ミリアムから少し距離をとったところに腰を下ろした。ソファがないので直接絨毯の上だ。
「なにが、ガーネットがごめん、よ。そんなくだらないことを言いに来たの!?」
「いや……」
「だいたい、ガーネットがごめんって何よ! ガーネットはあんたの何なのよ!? なんであんたが謝るのよ! 意味わかんない!」
なるほど。地雷は「ガーネット」だったようだ。
「ごめん……」
「だから、ごめんって何よ!」
ごめん、もダメなのか。何を言っていいのかわからなくなり、アスヴィルは黙り込んだ。
ミリアムもそれ以上何も言わなくなり、部屋には奇妙な沈黙が落ちる。
ミリアムはクッションの堤防の中から一つを取り上げると、ぎゅうっと抱きしめた。
うつむいてしまったミリアムを見つめて、アスヴィルは考えた。
こんなはずじゃなかった。
ミリアムを探して、捕まえて、この腕の中に抱きしめて愛をささやく予定だった。
いつもその場で足踏みしかしていなかったこの恋を、今日こそは進展させるつもりだったのに。
(これじゃあ、いつもと同じだな……)
アスヴィルはいつもミリアムを怒らせる。
怒らせるつもりはないのに、いつもミリアムの機嫌を損ねてしまい、最後には大嫌いと言われてしまうのだ。
「ミリアム―――」
「どうして来たの?」
やはり謝るしかできなくて、もう一度謝罪しようと口を開いたとき、ミリアムが顔を上げた。
「どうしてここに来たの?」
「……君が、いなくなったと聞いて」
「それで?」
「ガー……、いや、俺のせいで、君を傷つけたのかと思って」
「うん」
「会って、謝ろうと思って……」
「それだけ?」
ミリアムは抱きしめていたクッションをアスヴィルに向かって投げつけた。
クッションは、ぽすん、とアスヴィルの肩に当たって絨毯の上に転がる。
「そんなことを言いに、来たの?」
ミリアムが大きな二つの瞳で見つめてくる。アスヴィルはその視線を受け止めて、ゆっくりと頭《かぶり》を振った。
「いや……」
アスヴィルは膝立ちになると、少しずつミリアムとの距離をつめた。
ミリアムがクッションで作った堤防ギリギリのところまで移動して、間近でミリアムの瞳を覗き込む。
「君が好きだよ」
「……」
きゅ、とミリアムが唇を引き結ぶ。
アスヴィルは少し考えて、もう一度言った。
「君だけが、好きだよ」
「……。……ほんと?」
「ああ。君だけだよ。君しか好きじゃない」
ミリアムが瞳を揺らせてアスヴィルを見上げる。
「ガーネットは?」
ここでガーネットの名前を出されて、アスヴィルは苦笑した。
「ガーネットは、昔見合いをしたことがある女だ。父に言われてね。でも、ただそれだけだ。彼女のことは何とも思っていない」
「……花嫁候補って言ってた」
「ガーネットが勝手に言っただけだ」
「好きじゃない?」
「好きじゃない」
ミリアムは堤防の中からクッションをつかむと、ぽす、ともう一度アスヴィルに向かって投げつけた。
「……わたし、だけ?」
「君だけ」
アスヴィルは手を伸ばすと、ここから先には入るなと言われていたクッションの堤防を壊して、ミリアムをそっと抱き寄せた。
「―――君だけだ」
ミリアムは、怒らなかった。
アスヴィルは抱き寄せたミリアムを、胡坐をかいた膝の上にのせて、ぎゅうっと抱きしめる。
「君だけを、愛してる」
ミリアムはアスヴィルの鎖骨のところに額を寄せ、「うん」と小さく頷いた。
アスヴィルはミリアムの艶やかな髪を梳くように撫でながら、頭のてっぺんに唇を寄せる。
「ミリアム、君は、俺のことが、少しでも好き……?」
ミリアムは少し顔を上げて、目元を赤く染めた。なぜか拗ねたように口をとがらせ、視線を彷徨わせたあとで、こくん、と首を縦に振る。
「……うん」
「―――っ」
はじめて得られた否定ではない返事に、アスヴィルは息を呑んで、ミリアムを抱きしめる手に力を込めた。
「ミリアム」
「うん」
「ミリアム……!」
「うん」
「愛してる!」
「うん。……、わたしも、アスヴィルが、好き」
「ミリアム!!」
アスヴィルがさらにミリアムをきつく抱きしめると、苦しかったのか、ミリアムは腕の中で身じろぎをした。
慌てて腕の力を緩めると、真っ赤な顔をしたミリアムが目を潤ませている。
アスヴィルは吸い寄せられるように、ミリアムの目じりに口づけた。
ぴくん、とミリアムのまつ毛が揺れる。
ミリアムが可愛すぎて、アスヴィルの理性は焼ききれそうだった。
この場に押し倒したくなる衝動を、根性だけで押しとどめ、アスヴィルは「少しだけ、少しだけ」と心の中で言い訳しながら、ミリアムの頬に唇を滑らせていく。
アスヴィルは頬に口づけを落とし、ミリアムの鼻先にもチュッとキスをすると、こつ、ミリアムの額に自分の額をつけた。
恥ずかしそうに真っ赤になっているミリアムの表情が、たまらない。
「ミリアム―――、結婚して」
「え……?」
ミリアムが赤い顔のまま瞠目した。
「もちろん、今すぐじゃなくていい。君が結婚してもいいと思ったときでいいんだ。でも、俺は君と結婚したい」
「アスヴィル……」
「いやじゃなければでいい。いやじゃないなら、約束だけくれないか……?」
ミリアムは至近距離のアスヴィルの青灰色の瞳を見返した。こんなに近くで、アスヴィルの顔を、瞳を見たのははじめただ。
ドクドクと、爆発しそうな心臓の上を両手で押さえて、ミリアムは消え入りそうなほどの小さな声で答えた。
「やじゃ……、ない」
途端、アスヴィルの顔がぱあっと輝く。
くっついていた額が離れて、もう一度、ちゅっと頬にキスされる。
頬にも額にも鼻先にもそうだが、キスなんてされたのははじめてで、ミリアムはどうしたらいいのかもわからずに、ただただ顔を染めて縮こまっていた。
アスヴィルはそんなミリアムの様子に幸せをかみしめながら、反対の頬にも口づける。
そして少し顔を離して、怒るかな、と思いながらゆっくりと、ミリアムの口のすぐ横に唇を寄せてみた。
ミリアムはビクッと肩を揺らしたが、怒り出すことはなく、ほっとしたアスヴィルは一拍ほどおいてから、今度こそミリアムの唇を塞いだ。
「―――!」
生まれてはじめて唇を奪われたミリアムは、アスヴィルの腕の中で硬直した。
アスヴィルは軽く触れ合わせただけで唇を離したが、ミリアムは固まったまま視線だけでアスヴィルを見上げる。
アスヴィルは少し不安になった。
「……もしかして、いや、だった……?」
ミリアムはぎこちなく、ふるふると首を横に振る。
アスヴィルは胸をなでおろすと、ミリアムに訊ねた。
「いやじゃないなら、もっとしても、いい……?」
ミリアムは顔から火が出そうなほど真っ赤になった。
ミリアムは答えなかったが、嫌なら嫌だとはっきり告げる彼女が何も言わないのを、都合よく肯定として受け止めたアスヴィルは、ミリアムの頬に手を添えて、すりすりと撫でる。
アスヴィルはもう片方の手をミリアムの後頭部に回すと、顔を寄せて、今度はしっかりとミリアムの唇を塞いだ。
角度を変えてついばみながら、キスに慣れてきたミリアムが少し体の力を抜いたとき、その唇を軽く舐めてみる。
びっくりしてミリアムが口を薄く開いた隙に、彼女の口の中に舌を潜り込ませたら、ミリアムがアスヴィルの服をきゅうっとつかんだ。
「ふぇ……」
鼻にかかったようなミリアムの声を聞いたアスヴィルは、吹っ飛びそうになる理性を何とかしてつなぎとめて、ゆっくりと唇を離す。
ものすごく名残惜しかったが、これ以上続けていたら、これ以上を求めそうで危なかった。
両想いになった初日に押し倒したりして、せっかく好きだと言ってくれたミリアムに「やっぱり嫌い」なんて言われたら大変だ。
アスヴィルは沸騰しそうな脳を鎮めるため、ふう、と細く息を吐きだした。
ミリアムの濡れた唇を撫でて、幸せをかみしめる。
「ミリアム。魔界で一番、君が好きだよ」
ささやくと、ミリアムは赤い顔でふにゃっと笑った。
ずっと見たかったミリアムの微笑みを目にして、アスヴィルは、衝動的にもう一度ミリアムの唇を塞いだのだった。
山の中にポツンと立っている、丸太を積み重ねて作ったような小さな家の前に、ミリアムの白い愛馬がつないであった。
「……ここだったのか」
どうしてこんなところに家が建っているのかはアスヴィルにはわからないが、馬がつないであるから間違いないだろう。
アスヴィルは家の玄関先に回ると、中に向けて声をかけた。
「ミリアム!」
だが、中からの返事はなく、アスヴィルは玄関の扉を拳で叩いた。
「ミリアム、いるんだろう?」
ややして、家の中から微かな物音が聞こえた。ガチャリ、と恐る恐るというように小さく開いた扉の隙間から、ミリアムが顔をのぞかせる。
その顔が何だか怯えているように見えて、扉を閉ざされる前に、アスヴィルは隙間に手を入れると、軽く力を込めた。
ゆっくり扉が開いて、ミリアムが慌てたように扉からパッと手を離し、なぜか家の中に逃げていく。
家の中には逃げるところはないと知りつつも、アスヴィルは逃げるミリアムに手を伸ばした。
「ミリアム、待って」
手首をつかむと、ミリアムはびくっとして、肩越しにちらりとアスヴィルを振り返る。
怯えた子猫を見ているようで、アスヴィルはたまらなくなってミリアムを抱きしめた。
「ちょ……!」
ミリアムが焦ったような声を出して腕の中で身じろぎする。
いやいやと首を振られるが、アスヴィルは構わず腕に力を込めた。
「ミリアム、ガーネットが、ごめん」
そう言えば、ぴたり、とミリアムが動きを止めた。
抱きしめたまま顔を覗き込むと、怒ったような顔をして唇をかんでいた。
「ミリ―――ぐっ」
アスヴィルはミリアムにもう一度謝ろうと口を開きかけたが、突如としてみぞおちに激痛が走り、顔をしかめて体を折った。
ミリアムがアスヴィルのみぞおちに容赦なく拳を叩きこんだのだ。
アスヴィルの力が緩んだすきに腕から抜け出したミリアムは、ふんっとそっぽを向いた。
そうしてアスヴィルが腹を抱えてうずくまっている間に、部屋の中に転がっているクッションを拾い集め、自分の周りに堤防を作るように並べていく。
「ここから入ってきたら、ぶん殴るわよ!」
ミリアムはクッションで円を描いた中に座り込んだ。
「で? 何しに来たのよ」
「なにって……」
迎えに行けば、てっきり、ちょっとは甘い雰囲気になるのではないかと、心のどこかで思っていたアスヴィルは、猫が毛を逆立てているようなミリアムの様子に眉尻を下げた。
よくわからないが、ミリアムを怒らせてしまったらしい。
アスヴィルは仕方なく、ミリアムから少し距離をとったところに腰を下ろした。ソファがないので直接絨毯の上だ。
「なにが、ガーネットがごめん、よ。そんなくだらないことを言いに来たの!?」
「いや……」
「だいたい、ガーネットがごめんって何よ! ガーネットはあんたの何なのよ!? なんであんたが謝るのよ! 意味わかんない!」
なるほど。地雷は「ガーネット」だったようだ。
「ごめん……」
「だから、ごめんって何よ!」
ごめん、もダメなのか。何を言っていいのかわからなくなり、アスヴィルは黙り込んだ。
ミリアムもそれ以上何も言わなくなり、部屋には奇妙な沈黙が落ちる。
ミリアムはクッションの堤防の中から一つを取り上げると、ぎゅうっと抱きしめた。
うつむいてしまったミリアムを見つめて、アスヴィルは考えた。
こんなはずじゃなかった。
ミリアムを探して、捕まえて、この腕の中に抱きしめて愛をささやく予定だった。
いつもその場で足踏みしかしていなかったこの恋を、今日こそは進展させるつもりだったのに。
(これじゃあ、いつもと同じだな……)
アスヴィルはいつもミリアムを怒らせる。
怒らせるつもりはないのに、いつもミリアムの機嫌を損ねてしまい、最後には大嫌いと言われてしまうのだ。
「ミリアム―――」
「どうして来たの?」
やはり謝るしかできなくて、もう一度謝罪しようと口を開いたとき、ミリアムが顔を上げた。
「どうしてここに来たの?」
「……君が、いなくなったと聞いて」
「それで?」
「ガー……、いや、俺のせいで、君を傷つけたのかと思って」
「うん」
「会って、謝ろうと思って……」
「それだけ?」
ミリアムは抱きしめていたクッションをアスヴィルに向かって投げつけた。
クッションは、ぽすん、とアスヴィルの肩に当たって絨毯の上に転がる。
「そんなことを言いに、来たの?」
ミリアムが大きな二つの瞳で見つめてくる。アスヴィルはその視線を受け止めて、ゆっくりと頭《かぶり》を振った。
「いや……」
アスヴィルは膝立ちになると、少しずつミリアムとの距離をつめた。
ミリアムがクッションで作った堤防ギリギリのところまで移動して、間近でミリアムの瞳を覗き込む。
「君が好きだよ」
「……」
きゅ、とミリアムが唇を引き結ぶ。
アスヴィルは少し考えて、もう一度言った。
「君だけが、好きだよ」
「……。……ほんと?」
「ああ。君だけだよ。君しか好きじゃない」
ミリアムが瞳を揺らせてアスヴィルを見上げる。
「ガーネットは?」
ここでガーネットの名前を出されて、アスヴィルは苦笑した。
「ガーネットは、昔見合いをしたことがある女だ。父に言われてね。でも、ただそれだけだ。彼女のことは何とも思っていない」
「……花嫁候補って言ってた」
「ガーネットが勝手に言っただけだ」
「好きじゃない?」
「好きじゃない」
ミリアムは堤防の中からクッションをつかむと、ぽす、ともう一度アスヴィルに向かって投げつけた。
「……わたし、だけ?」
「君だけ」
アスヴィルは手を伸ばすと、ここから先には入るなと言われていたクッションの堤防を壊して、ミリアムをそっと抱き寄せた。
「―――君だけだ」
ミリアムは、怒らなかった。
アスヴィルは抱き寄せたミリアムを、胡坐をかいた膝の上にのせて、ぎゅうっと抱きしめる。
「君だけを、愛してる」
ミリアムはアスヴィルの鎖骨のところに額を寄せ、「うん」と小さく頷いた。
アスヴィルはミリアムの艶やかな髪を梳くように撫でながら、頭のてっぺんに唇を寄せる。
「ミリアム、君は、俺のことが、少しでも好き……?」
ミリアムは少し顔を上げて、目元を赤く染めた。なぜか拗ねたように口をとがらせ、視線を彷徨わせたあとで、こくん、と首を縦に振る。
「……うん」
「―――っ」
はじめて得られた否定ではない返事に、アスヴィルは息を呑んで、ミリアムを抱きしめる手に力を込めた。
「ミリアム」
「うん」
「ミリアム……!」
「うん」
「愛してる!」
「うん。……、わたしも、アスヴィルが、好き」
「ミリアム!!」
アスヴィルがさらにミリアムをきつく抱きしめると、苦しかったのか、ミリアムは腕の中で身じろぎをした。
慌てて腕の力を緩めると、真っ赤な顔をしたミリアムが目を潤ませている。
アスヴィルは吸い寄せられるように、ミリアムの目じりに口づけた。
ぴくん、とミリアムのまつ毛が揺れる。
ミリアムが可愛すぎて、アスヴィルの理性は焼ききれそうだった。
この場に押し倒したくなる衝動を、根性だけで押しとどめ、アスヴィルは「少しだけ、少しだけ」と心の中で言い訳しながら、ミリアムの頬に唇を滑らせていく。
アスヴィルは頬に口づけを落とし、ミリアムの鼻先にもチュッとキスをすると、こつ、ミリアムの額に自分の額をつけた。
恥ずかしそうに真っ赤になっているミリアムの表情が、たまらない。
「ミリアム―――、結婚して」
「え……?」
ミリアムが赤い顔のまま瞠目した。
「もちろん、今すぐじゃなくていい。君が結婚してもいいと思ったときでいいんだ。でも、俺は君と結婚したい」
「アスヴィル……」
「いやじゃなければでいい。いやじゃないなら、約束だけくれないか……?」
ミリアムは至近距離のアスヴィルの青灰色の瞳を見返した。こんなに近くで、アスヴィルの顔を、瞳を見たのははじめただ。
ドクドクと、爆発しそうな心臓の上を両手で押さえて、ミリアムは消え入りそうなほどの小さな声で答えた。
「やじゃ……、ない」
途端、アスヴィルの顔がぱあっと輝く。
くっついていた額が離れて、もう一度、ちゅっと頬にキスされる。
頬にも額にも鼻先にもそうだが、キスなんてされたのははじめてで、ミリアムはどうしたらいいのかもわからずに、ただただ顔を染めて縮こまっていた。
アスヴィルはそんなミリアムの様子に幸せをかみしめながら、反対の頬にも口づける。
そして少し顔を離して、怒るかな、と思いながらゆっくりと、ミリアムの口のすぐ横に唇を寄せてみた。
ミリアムはビクッと肩を揺らしたが、怒り出すことはなく、ほっとしたアスヴィルは一拍ほどおいてから、今度こそミリアムの唇を塞いだ。
「―――!」
生まれてはじめて唇を奪われたミリアムは、アスヴィルの腕の中で硬直した。
アスヴィルは軽く触れ合わせただけで唇を離したが、ミリアムは固まったまま視線だけでアスヴィルを見上げる。
アスヴィルは少し不安になった。
「……もしかして、いや、だった……?」
ミリアムはぎこちなく、ふるふると首を横に振る。
アスヴィルは胸をなでおろすと、ミリアムに訊ねた。
「いやじゃないなら、もっとしても、いい……?」
ミリアムは顔から火が出そうなほど真っ赤になった。
ミリアムは答えなかったが、嫌なら嫌だとはっきり告げる彼女が何も言わないのを、都合よく肯定として受け止めたアスヴィルは、ミリアムの頬に手を添えて、すりすりと撫でる。
アスヴィルはもう片方の手をミリアムの後頭部に回すと、顔を寄せて、今度はしっかりとミリアムの唇を塞いだ。
角度を変えてついばみながら、キスに慣れてきたミリアムが少し体の力を抜いたとき、その唇を軽く舐めてみる。
びっくりしてミリアムが口を薄く開いた隙に、彼女の口の中に舌を潜り込ませたら、ミリアムがアスヴィルの服をきゅうっとつかんだ。
「ふぇ……」
鼻にかかったようなミリアムの声を聞いたアスヴィルは、吹っ飛びそうになる理性を何とかしてつなぎとめて、ゆっくりと唇を離す。
ものすごく名残惜しかったが、これ以上続けていたら、これ以上を求めそうで危なかった。
両想いになった初日に押し倒したりして、せっかく好きだと言ってくれたミリアムに「やっぱり嫌い」なんて言われたら大変だ。
アスヴィルは沸騰しそうな脳を鎮めるため、ふう、と細く息を吐きだした。
ミリアムの濡れた唇を撫でて、幸せをかみしめる。
「ミリアム。魔界で一番、君が好きだよ」
ささやくと、ミリアムは赤い顔でふにゃっと笑った。
ずっと見たかったミリアムの微笑みを目にして、アスヴィルは、衝動的にもう一度ミリアムの唇を塞いだのだった。
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