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甘いお菓子につられて
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果たして、シヴァの作戦は功を奏した。
シヴァからと言って届けられてクッキーをミリアムはお気に召したのだ。
「やだぁ、なにこれ、美味しい!」
天敵が作っているとは露とも知らないミリアムは、届けられたクッキーぺろりと平らげた。
そして、このクッキーを持ってきた使用人を捕まえると、シヴァにまた届けてくれるよう、伝言を言づける。
こうして、定期的にミリアムの部屋にチョコチップクッキーが届けられるようになったある日のことだ。
コンコンと部屋の扉がノックされて、ミリアムは手ずからその扉を開けに行った。
リザはミリアムが用事を頼んだので部屋にいないのだ。気に入ったもの以外近くにおかないミリアムの部屋には、普段、メイドはリザしかいないのである。
ミリアムは部屋の扉を開けて、そこに立っていた長身の厳つい顔をした男を見て、ものすごく嫌な顔をした。
それと同時に、ドクンと心臓が妙な音を立てる。
しかしミリアムは早くなった鼓動には気づかないふりをして、つっけんどんに言った。
「何の用よ」
アスヴィルはうっすらと頬を染めて、腕に抱えていた籠を黙って差し出した。
「なによこれ」
ミリアムは訝しがりながらもそれを受け取り、ふたを開けて目を丸くした。
そこには、ミリアムが大好きなチョコチップクッキーが山のように入っていたのだ。
ミリアムはぱあっと顔を輝かせて、しかし持ってきたのがアスヴィルだったので、つんと澄まして言った。
「なんなのよ、これ」
「ミリアムが好きだと、シヴァ様が言っていたから持ってきた」
(お兄様、余計なことを!)
このチョコチップクッキーの製作者がアスヴィルと知らないミリアムは、心の中でシヴァの腹を蹴飛ばした。
だが、この山のようにある好物をつき返すのはかなり惜しい。
でも、素直に受け取るのも悔しい。
ミリアムはツンツンしながらも大事そうに籠を抱えて言った。
「なんであんたがこれを持ってくるのよ。いっつもお兄様が差し入れてくれてたはずだけど?」
正確には、シヴァが言づけた使用人が差し入れで持ってきていたのだが、些末なことはどうでもいい。
アスヴィルは少しはにかんだように笑った。
アスヴィルの笑顔をはじめて目にしたミリアムは、愕然と目を丸くする。
(なによ……、こいつ、笑えるんじゃない)
いっつも難しい顔をしているのかと思っていた。ミリアムはまた心臓が変な音を立てたことに気づいたが、気づかなかったふりをした。
「それは、俺が作ってシヴァ様に渡していたんだ」
「へえ、そうなの、あんたが作ってお兄様に―――」
鸚鵡《おうむ》返しに言いかけて、ミリアムはギョッとした。
「ちょっと待ちなさいよ! あんたが作った!? これを!?」
「ああ」
「冗談でしょ!?」
「本当だが」
ミリアムは籠の中身を見下ろした。
甘い香りを漂わせている、すごく美味しいチョコチップクッキーだ。間違いなく、ミリアムが今まで口にしたお菓子の中で、一番おいしい。
(うそでしょ!?)
この厳つい顔をした大男が、どうやったらこんなに繊細で美味しいお菓子を作れるというのだ。想像できない。
ミリアムは製作者が判明したこのクッキーを、つき返してやりたい衝動にかられた。しかしそれをしなかったのは、このクッキーが二度と食べられなくなることを恐れたからだった。製作者はいけ好かないが、これは食べたい。
ミリアムは数秒の葛藤ののち、籠を大事そうに抱えなおすと、アスヴィルに背を向けた。
「そう。じゃあ、これはもらっておくわ」
「ミリアム」
「なに?」
ミリアムはそのまま扉を閉めようとしたが、アスヴィルに呼び止められて肩越しに振り返った。いつものように強気に出ないのは、目の前の好物があるからである。アスヴィルは嫌いだが、怒らせてこのクッキーを没収されるのは困るのだ。
アスヴィルはじっとミリアムを見つめたのち、眦を赤く染めてこう言った。
「愛している」
ばさ、とミリアムは手に持っていた籠を取り落とした。
シヴァからと言って届けられてクッキーをミリアムはお気に召したのだ。
「やだぁ、なにこれ、美味しい!」
天敵が作っているとは露とも知らないミリアムは、届けられたクッキーぺろりと平らげた。
そして、このクッキーを持ってきた使用人を捕まえると、シヴァにまた届けてくれるよう、伝言を言づける。
こうして、定期的にミリアムの部屋にチョコチップクッキーが届けられるようになったある日のことだ。
コンコンと部屋の扉がノックされて、ミリアムは手ずからその扉を開けに行った。
リザはミリアムが用事を頼んだので部屋にいないのだ。気に入ったもの以外近くにおかないミリアムの部屋には、普段、メイドはリザしかいないのである。
ミリアムは部屋の扉を開けて、そこに立っていた長身の厳つい顔をした男を見て、ものすごく嫌な顔をした。
それと同時に、ドクンと心臓が妙な音を立てる。
しかしミリアムは早くなった鼓動には気づかないふりをして、つっけんどんに言った。
「何の用よ」
アスヴィルはうっすらと頬を染めて、腕に抱えていた籠を黙って差し出した。
「なによこれ」
ミリアムは訝しがりながらもそれを受け取り、ふたを開けて目を丸くした。
そこには、ミリアムが大好きなチョコチップクッキーが山のように入っていたのだ。
ミリアムはぱあっと顔を輝かせて、しかし持ってきたのがアスヴィルだったので、つんと澄まして言った。
「なんなのよ、これ」
「ミリアムが好きだと、シヴァ様が言っていたから持ってきた」
(お兄様、余計なことを!)
このチョコチップクッキーの製作者がアスヴィルと知らないミリアムは、心の中でシヴァの腹を蹴飛ばした。
だが、この山のようにある好物をつき返すのはかなり惜しい。
でも、素直に受け取るのも悔しい。
ミリアムはツンツンしながらも大事そうに籠を抱えて言った。
「なんであんたがこれを持ってくるのよ。いっつもお兄様が差し入れてくれてたはずだけど?」
正確には、シヴァが言づけた使用人が差し入れで持ってきていたのだが、些末なことはどうでもいい。
アスヴィルは少しはにかんだように笑った。
アスヴィルの笑顔をはじめて目にしたミリアムは、愕然と目を丸くする。
(なによ……、こいつ、笑えるんじゃない)
いっつも難しい顔をしているのかと思っていた。ミリアムはまた心臓が変な音を立てたことに気づいたが、気づかなかったふりをした。
「それは、俺が作ってシヴァ様に渡していたんだ」
「へえ、そうなの、あんたが作ってお兄様に―――」
鸚鵡《おうむ》返しに言いかけて、ミリアムはギョッとした。
「ちょっと待ちなさいよ! あんたが作った!? これを!?」
「ああ」
「冗談でしょ!?」
「本当だが」
ミリアムは籠の中身を見下ろした。
甘い香りを漂わせている、すごく美味しいチョコチップクッキーだ。間違いなく、ミリアムが今まで口にしたお菓子の中で、一番おいしい。
(うそでしょ!?)
この厳つい顔をした大男が、どうやったらこんなに繊細で美味しいお菓子を作れるというのだ。想像できない。
ミリアムは製作者が判明したこのクッキーを、つき返してやりたい衝動にかられた。しかしそれをしなかったのは、このクッキーが二度と食べられなくなることを恐れたからだった。製作者はいけ好かないが、これは食べたい。
ミリアムは数秒の葛藤ののち、籠を大事そうに抱えなおすと、アスヴィルに背を向けた。
「そう。じゃあ、これはもらっておくわ」
「ミリアム」
「なに?」
ミリアムはそのまま扉を閉めようとしたが、アスヴィルに呼び止められて肩越しに振り返った。いつものように強気に出ないのは、目の前の好物があるからである。アスヴィルは嫌いだが、怒らせてこのクッキーを没収されるのは困るのだ。
アスヴィルはじっとミリアムを見つめたのち、眦を赤く染めてこう言った。
「愛している」
ばさ、とミリアムは手に持っていた籠を取り落とした。
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