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隣国の王子は好敵手

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 チクチクチクチク―――

 丁寧に絹織物の端を縫い合わせながら、カレンはふと窓の外を見た。

 空は青くて、いい天気だが、今日は肌寒い。

「殿下、あったかくして行かれたかしら……?」

 秋も深まって、もうじき冬になる。つい先週までは朝晩は冷えても日中はすごしやすかったが、今週に入って急に寒くなった。遠くに見える山の葉も、半分以上色づいている。

(季節の変わり目って風邪を引きやすいし……)

 部屋の中にいる分はいい。暖炉に薪がくべられて、ぽかぽかと温かい空気に包まれているから。でも、リチャードは今日、外に視察に出かけている。

「カバーももうすぐ出来上がるし、ひざ掛けくらいだったら、この柄でも派手すぎないわよね?」

 上着にするには少々派手だが、ひざ掛けならばいいだろう。絹だから温かいし、手触りが柔らかくなめらかだから気持ちいいはずだ。

 カレンはクッションカバーのあとはリチャード用のひざ掛けを縫おうと決めて、せっせと針を動かしていく。

 カバーの中に入れるクッションは、ロスコーネ夫人に言えばすぐに取り寄せてくれた。クッションを作ると言えば面白がって、午前中、勉強を早めに切り上げて一緒に針仕事をしてくれたのだが、その時のロスコーネ夫人の不器用さを思い出してカレンは吹き出した。

 縫い目はがたがただし、針で指は刺すし――、なんでもそつなくこなしそうな夫人の欠点が裁縫だとは知らなかった。

 聞けば、夫にハンカチの刺繍を頼まれても、いつもいびつなものが出来上がるそうだ。なぜかそのあとは、ロスコーネ夫人に刺繍を教えることになり、無地のハンカチにロスコーネ男爵家の家紋をひたすら刺繍した。

 そして、数枚のハンカチが出来上がると、喜んだロスコーネ夫人が城下町の行きつけの店からマカロンを取り寄せてくれた。その華やかな包装紙に包まれた箱はテーブルの家においてあり、休憩のときにお茶と一緒にいただこうと思っている。

 暖炉の火で沸かしていた水が、ぐつぐつと小さな音を立てている。加湿にもなって、お茶が飲みたいときはすぐに飲めて一石二鳥。カレンは実家にいたときから暖炉を焚いているときはこうして水の入った鍋を暖炉の上に吊るすようにしていた。

(これが終わったら休憩しようかしら)

 カレンの部屋の棚には、たくさんの茶葉が並んでいる。リチャードにも煎れるから常に十数種類の茶葉がおかれているが、好きに飲んでいいと言われているので、カレンも好きな時に煎れることができる。

 つい二週間ほど前にロゼウスに渡された新しいお茶――金木犀のお茶がカレンの最近のお気に入りだ。

 茶葉はどれも高級品だろうが、茶葉をケチると入れたお茶が美味しくないので、そこは遠慮なく使わせてもらうことにしていた。

 カレンはクッションカバーを縫い終えると、立ち上がって茶葉が並ぶ棚に向かう。

 目当ての金木犀の茶葉を取り出しながら、ふと干したショウガがブレンドされたハーブティーが目に入った。

「殿下が帰ってきたら、このお茶を入れようかしら」

 ショウガは体を温めてくれる。きっと体を冷やして帰ってくるだろうから。

 ティーポットにお湯を注ぎながら、風がガタガタと叩いている窓を、もう一度見やった。
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