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行商人は女好き

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 城に帰ると、お土産のショコラタルトを持ってカレンはリチャードのもとを訪れた。

 ショコラタルトは三つあったが、一つを毒見用として回収されて、カレンの手元には二つのショコラタルトが残った。

 内扉を叩くと、すぐにリチャードの返事がある。

「おかえり。城下はどうだった?」

 ソファで本を読んでいたらしいリチャードは顔をあげてカレンに微笑む。

「楽しかったです。これは、お土産です」

 カレンはテーブルの上にショコラタルトの乗った皿をおくと、リチャードのために紅茶を煎れはじめる。

「二個あるから一緒に食べよう」

「でも、わたしは街で食べましたし」

「そう言われても、俺に二個は多いよ。それに、ヨハネスははじめから君が一緒に食べることを想定して二個用意していたんじゃないかな?」

 カレンはちらりとショコラタルトを見て、小さく頷く。

「じゃあ、いただきます。紅茶に砂糖は入れますか?」

「いや、なしでいいよ」

「わかりました」

 カレンは手際よく紅茶を二つ入れると、それを持ってリチャードの隣に座る。

 いただきますとリチャードがフォークを手に取ると、馬車の中で聞いた「毒」という単語が胸裏をよぎって、思わずじっと彼の手元を見つめてしまった。

「どうかした?」

「いえ、その……」

 カレンは迷ったが、馬車の中でヨハネスに聞いたことをぽつぽつと語ると、リチャードはくすくすと笑いだした。

「ああ、だから俺の手元を見ていたの? このタルトに毒が入っていたらどうしようとか思った?」

「……はい」

「大丈夫だよ。ヨハネスのことだ、毒見用に余分にタルトを買っていただろう?」

「あ、はい」

「だから大丈夫。君にタルトが渡されたってことは、毒見で問題なかったってことだからね。それに、俺、毒にはある程度耐性があるから」

 そう言えば、ヨハネスも似たようなことを言っていた。毒に慣らしているとかなんとか。どういうことだろう。

「ん? 気になる?」

 カレンが首を縦に振ると、リチャードはショコラタルトを一口頬張ってから、

「小さいころから死なない程度の毒を少しずつ取らされていたからね。いろんな種類のものを。だから、普通の人よりは毒に強いよ」

 なんてこともないように告げるリチャードに、カレンは息を呑む。

「そんなことをして、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だからここにいるんだよ。まあ、高熱が出たり、吐いたりしたことは何度もあったけどね。体中に激痛が走ったときは死んだ方がマシだと思ったこともあったけど、王子に生まれたんだから仕方がない」

「仕方ないって……」

「仕方ないんだよ。第一王子の義務ってやつだ。毒に耐性をつけることも、結婚も、子供をつくることも、全部。そこに俺の意思はあまり必要ない。……あ、今、人形みたいだって思った?」

「いえ、そんなことは……」

「いいんだよ。俺自身も思うし。人形みたいだなってさ。蕁麻疹が出るおかげで強制結婚させられずにはすんでいるけどね。いつまで逃げられるかはわからない。……つまんない人生だよねぇ」

 リチャードは大口でショコラタルトを平らげていく。すべて食べ終えると、紅茶を一口飲んでから、凍りついたように固まってしまったカレンの頬を指先でつついた。

「ほら、食べないと。好きだろう? ショコラ」

 頬をつつかれて、カレンはハッとしたように手元のショコラタルトを見た。だが、フォークを近づけるものの、どうしてかタルトをカットする前に手が止まる。

「ごめん。嫌な気持ちにさせるつもりじゃなかったんだ。なぜか無性に愚痴を言いたくなっただけ。――確かに俺の人生はつまらないけど、君が来てからはそれなりに楽しいよ。だから、そんな顔をしていないで、早く食べるといい」

 カレンはこくんと頷いたが、やはり手が進まず、見かねたリチャードがカレンの手元から皿とフォークを取り上げた。

「仕方ないから俺が食べさせてあげるよ。ほら、口をあけて。あーん」

 ショコラタルトを一口大にカットして、リチャードはカレンの口にフォークを近づける。

 カレンはおずおずと口をあけてショコラタルトを口に入れてもらうと、もぐもぐと咀嚼しながら、リチャードの言葉をかみしめた。

 ――君が来てからはそれなりに楽しいよ。

 明日からは、もう少しリチャードに優しくしてあげようと、思った。
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