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ダンスレッスンで恋の種は芽吹きません

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 幼いころにダンスを学んだことがあるという自信は、はじまって十分で脆く崩れ去った。

「視線が下に落ちてますわよ!」

 少し油断すると、すかさずロスコーネ夫人の叱責が飛ぶ。

 ロスコーネ夫人の手拍子にあわせて、スローテンポのワルツから練習をはじめたのだが、体が覚えているのはダンスの「雰囲気」だけで、思ったように足が動かないことにカレンは絶望した。

(わたし、あの舞踏会でリチャード殿下を見つけられなくてよかったかも……)

 こんな体たらくで、大広間で多くの視線を集めながらダンスをしていたらと、想像するだけで青くなる。

「重心がぶれてますわ!」

「はいぃ!」

 ゆっくりとリードに合わせてターンをする。

 ダンスの相手をしてくれているのは、カレンのもう一人の教師、ヨハネス・ボールドウィンだ。

 もう三十分以上踊り続けているというのに、さすが夜会慣れしている男爵、涼しい顔でカレンをリードしている。

「ターンのとき頭が動くから、上半身を誰かに固定されていると思って回ってみて。そう」

 ヨハネスの指示のどおり回ってみると、先ほどよりは上手に回れた気がしてホッとする。

 しばらくして、ロスコーネ夫人から休憩と言われて、カレンはぐったりとソファに腰を下ろした。

「お疲れ様」

 苦笑を浮かべたヨハネスが、水差しからコップに水を注いで差し出してくれる。

「途中から修行している聖職者のように能面みたいな顔をしていたけど、大丈夫?」

「あ、ははは……」

 慣れないことをしたせいか、ものすごく疲れて、途中から魂を飛ばしそうだったとはさすがに言えない。笑ってごまかすと、水の入ったグラスに口をつけた。

 自覚はなかったが、喉が渇いていたらしい。あっという間にグラスを空にすると、ヨハネスがお代わりを注いでくれる。

 ヨハネスはカレンの隣に腰を下ろすと、ぐるりと部屋の中を見渡した。

「前から思っていたけど、すごいね、この部屋。まるでお姫様の部屋だ」

 カレンはグラスをおいて、きょとんと首を傾げた。

「え? 侍女の部屋ってどこもこんなんじゃないんですか?」

 すると、呆れたように答えたのはロスコーネ夫人だ。

「そんなはずないでしょう。さすがに王家と言えど、侍女一人にこれほどの待遇はあり得ませんわ」

「え……」

 ロスコーネ夫人は優雅な所作でティーカップに口をつける。

「殿下はよほど嬉しかったんですわ」

「そうですね。諦めていらしたみたいですから」

 二人は、リチャードの「女性に触れたら蕁麻疹が出る」という特異体質を知る数少ない人間だ。だから、カレンが侍女として雇われた経緯も理由も知っている。

「だから、あなたにはダンスレッスンをがんばっていただく必要があるんですわ。王子がはじめて女性とダンスを踊るんですもの。たとえ倒れてでも踊りなさい」

 優雅に紅茶を飲みながらかなりスパルタなことを言うロスコーネ夫人に、カレンはゾッとする。

 しかし、ふとあることに気がついて顔をあげた。

「そうすると、殿下は今回、はじめてダンスを踊られるんですよね? 大丈夫なんでしょうか……」

 昔学んだことがあるから踊れると思っていたカレンもずたぼろだったのだ。同じように実践で踊ったことのない王子は問題ないのだろうか。

 カレンにしては素朴な疑問を口にしたつもりだったが、ロスコーネ夫人とヨハネスは顔を見合わすと、みるみるうちに青ざめていった。
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