上 下
1 / 46
舞踏会の招待状

1

しおりを挟む
 むかしむかしあるところに、灰かぶりシンデレラと呼ばれるそれはそれは美しい娘がいました。

 母を早くに亡くした灰かぶりはの父は、すぐに美しいけれども浪費家で二人の子持ちの女性と再婚しました。

 最初は楽しく暮らしていた灰かぶりでしたが、ある日父が亡くなると、浪費家の母や姉たちのせいであっという間に家は傾き――

「貧乏なんていやあああああ――――――!」

 そう叫んで、灰かぶりは働きに出たとかでなかったとか。


   ※   ※   ※


「カレン―――! かぁーれーんちゃーん!」

 つぎはぎだらけの布団にくるまって気持ちのいい眠りについていた灰かぶり――カレンは、悲鳴のような声に驚いて飛び上がった。

 この声は継母のケリーの声だ。

 カレンはハッとして窓のぼろいカーテンを開くと、いつもよりも外が明るい。

(しまった、寝過ごした!)

 カレンは慌てて服を着替えて、レースがちぎれて無残なエプロンを身に着けると、慌てて部屋を飛び出した。

 バタバタと階下に降りて行けば、階段の下には豪華なえんじ色のドレスを身に着けた、四十前後ほどの外見の美女が眉をハの字にして立っている。

 亡くなった父の再婚相手で、継母のケリーだ。

「ご、ごめんなさい、寝過ごして」

 カレンは階下に降りるとまずは寝坊したこと謝った。

 ケリーの口からどんな罵声が飛び出してくるか――、とは考えない。むしろ「早く起きなさい」とたたき起こしてくれた方がまだよかった。なぜならおそらく――

「ううん。いいのよ。カレンちゃんは疲れてるんだもの、朝くらいゆっくりしなくちゃ」

「あ、ありがとうございます」

「だからね、今日はママが朝ごはんを作ってあげようと思ったの。でもね」

 カレンの顔から徐々に表情が消えていく。おっとりと困った顔をして頬に手を添えるケリーに、嫌な予感がした。いや、いやな予感は起きた瞬間にしていたけれど。

「よくわからないんだけど、お鍋の底が抜けちゃったの」

 のほほーんと告げられた一言に、カレンの額に青筋が浮かぶ。

「お、お母様……、また鍋を火にかけたまま目を離しましたね……」

「あら、ちょっとだけよ? ニワトリさんたちがお腹を空かせていそうだったからご飯をあげに行っていたの。そうしたらもくもくとお鍋から黒い煙が出て、慌てて戻ったんだけど、底がなくなっちゃってたのよ。不思議ねえ」

 カレンはぷるぷると震えた。

 まるで魔法でもかけられたかのように驚いているようだか、なんてことはない。中に入っていたものの水分がすべてなくなり焦げ付いて、その後高熱で焚き続けたせいで壊れただけだ。使っている鍋は、もともと中古の古い鍋を買ってきていたのだから脆い。洗う時も気をつけて洗っているほど鍋底が薄くなっていたのだ。

「お母様……、これで何個目ですか……」

「え? あ、あら、何個目だったかしら?」

 ケリーは義娘の表情を見て怯えた顔をすると、そろそろと後ずさった。

 そーっと後ろに下がっていくケリーの腕を、カレンはむんずと掴む。

「忘れたなんて言わせませんよ! これで十二個目です! 一ダース! いったいいつになったら学習してくれるんですかお母様!」

「ひいいっ」

「それに! いくら中古のお鍋だからってタダじゃないんです! お金がかかっているんです! これでまた余分な出費が……! 手伝おうというお母様のお気持ちはとても嬉しいですが、お願いですからお鍋は焦がさないでください!」

「はいいいい」

 ケリーはぷるぷると子ウサギのように震えながら何度も頷く。

 そう――

 ケリーはとても愛らしく優しい母親だが、いかんせんお嬢様育ちの上お金にも苦労したことがなく、ましてや掃除や洗濯や料理なんて、「え? 魔法使いさんがやってくれるんでしょう?」と父が死ぬまでは本当に信じていた天然っぷり。

 そんなケリーがまともに家事なんてできるはずがない。

 カレンははーっと盛大なため息をついた。

 ケリーはよかれと思ってやってくれているのだから、これ以上は怒れない。

 けれども貧乏とは無縁で暮らしてきた困ったこの継母は、家にお金がないことが理解できないのか、あっちこっちで買い物をしてくる。父が死んで家が傾いたというのに、お金がないという自覚すらない。

「お母様、とりあえずスープを作ってきますから、お姉様たちを起こしていただいてもよろしいですか? たぶんまだ寝ていますから」

 さすがに人を起こすことくらいはできるはず。

 カレンはそう告げて自分はキッチンへと急いだ。のだが。

 二十分後――

 スープがすっかり出来上がったのにいまだに降りてこない母と二人の姉を不審ふしんに思ったカレンが二階に上がって、長女であるキャサリンの部屋を開けると、そこには姉のベットで姉と一緒に幸せそうにくーくーと眠っている母の姿。

 カレンはぷるぷると震えながら大きく息を吸い込むと――

「おかあさまああああああ―――!」

 渾身こんしんの大絶叫をお見舞いした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽
ファンタジー
※書籍化しました(2巻発売中です) アリア・エランダル辺境伯令嬢(十才)は家族に疎まれ、使用人以下の暮らしに追いやられていた。 高熱を出して粗末な部屋で寝込んでいた時、唐突に思い出す。 自分が異世界に転生した、元日本人OLであったことを。 魂の管理人から授かったスキルを使い、思い入れも全くない、むしろ憎しみしか覚えない実家を出奔することを固く心に誓った。 この最強の『無限収納EX』スキルを使って、元々は私のものだった財産を根こそぎ奪ってやる! 外見だけは可憐な少女は逞しく異世界をサバイバルする。

一家の恥と言われた令嬢ですが、嫁ぎ先で本領を発揮させていただきます

風見ゆうみ
恋愛
ベイディ公爵家の次女である私、リルーリアは貴族の血を引いているのであれば使えて当たり前だと言われる魔法が使えず、両親だけでなく、姉や兄からも嫌われておりました。 婚約者であるバフュー・エッフエム公爵令息も私を馬鹿にしている一人でした。 お姉様の婚約披露パーティーで、お姉様は現在の婚約者との婚約破棄を発表しただけでなく、バフュー様と婚約すると言い出し、なんと二人の間に出来た子供がいると言うのです。 責任を取るからとバフュー様から婚約破棄された私は「初夜を迎えることができない」という条件で有名な、訳アリの第三王子殿下、ルーラス・アメル様の元に嫁ぐことになります。 実は数万人に一人、存在するかしないかと言われている魔法を使える私ですが、ルーラス様の訳ありには、その魔法がとても効果的で!? そして、その魔法が使える私を手放したことがわかった家族やバフュー様は、私とコンタクトを取りたがるようになり、ルーラス様に想いを寄せている義姉は……。 ※レジーナブックス様より書籍発売予定です! ※本編完結しました。番外編や補足話を連載していきます。のんびり更新です。 ※作者独自の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます

藤なごみ
ファンタジー
※コミカライズスタートしました!  2024年10月下旬にコミック第一巻刊行予定です 2023年9月21日に第一巻、2024年3月21日に第二巻が発売されました 2024年8月中旬第三巻刊行予定です ある少年は、母親よりネグレクトを受けていた上に住んでいたアパートを追い出されてしまった。 高校進学も出来ずにいたとあるバイト帰りに、酔っ払いに駅のホームから突き飛ばされてしまい、電車にひかれて死んでしまった。 しかしながら再び目を覚ました少年は、見た事もない異世界で赤子として新たに生をうけていた。 だが、赤子ながらに周囲の話を聞く内に、この世界の自分も幼い内に追い出されてしまう事に気づいてしまった。 そんな中、突然見知らぬ金髪の幼女が連れてこられ、一緒に部屋で育てられる事に。 幼女の事を妹として接しながら、この子も一緒に追い出されてしまうことが分かった。 幼い二人で来たる追い出される日に備えます。 基本はお兄ちゃんと妹ちゃんを中心としたストーリーです カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しています 2023/08/30 題名を以下に変更しました 「転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきたいと思います」→「転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます」 書籍化が決定しました 2023/09/01 アルファポリス社様より9月中旬に刊行予定となります 2023/09/06 アルファポリス様より、9月19日に出荷されます 呱々唄七つ先生の素晴らしいイラストとなっております 2024/3/21 アルファポリス様より第二巻が発売されました 2024/4/24 コミカライズスタートしました 2024/8/12 アルファポリス様から第三巻が八月中旬に刊行予定です

転生したら侯爵令嬢だった~メイベル・ラッシュはかたじけない~

おてんば松尾
恋愛
侯爵令嬢のメイベル・ラッシュは、跡継ぎとして幼少期から厳しい教育を受けて育てられた。 婚約者のレイン・ウィスパーは伯爵家の次男騎士科にいる同級生だ。見目麗しく、学業の成績も良いことから、メイベルの婚約者となる。 しかし、妹のサーシャとレインは互いに愛し合っているようだった。 二人が会っているところを何度もメイベルは見かけていた。 彼は婚約者として自分を大切にしてくれているが、それ以上に妹との仲が良い。 恋人同士のように振舞う彼らとの関係にメイベルは悩まされていた。 ある日、メイベルは窓から落ちる事故に遭い、自分の中の過去の記憶がよみがえった。 それは、この世界ではない別の世界に生きていた時の記憶だった。

婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?

江原里奈
恋愛
【婚約破棄? 慰謝料いただければ喜んで^^ 復縁についてはお断りでございます】 ベルクロン王国の田舎の伯爵令嬢カタリナは突然婚約者フィリップから手紙で婚約破棄されてしまう。ショックのあまり寝込んだのは母親だけで、カタリナはなぜか手紙を踏みつけながらもニヤニヤし始める。なぜなら、婚約破棄されたら相手から慰謝料が入る。それを元手に夢を実現させられるかもしれない……! 実はカタリナには前世の記憶がある。前世、彼女はカフェでバイトをしながら、夜間の製菓学校に通っている苦学生だった。夢のカフェ経営をこの世界で実現するために、カタリナの奮闘がいま始まる! ※カクヨム、ノベルバなど複数サイトに投稿中。  カクヨムコン9最終選考・第4回アイリス異世界ファンタジー大賞最終選考通過! ※ブクマしてくださるとモチベ上がります♪ ※厳格なヒストリカルではなく、縦コミ漫画をイメージしたゆるふわ飯テロ系ロマンスファンタジー。作品内の事象・人間関係はすべてフィクション。法制度等々細かな部分を気にせず、寛大なお気持ちでお楽しみください<(_ _)>

継母の心得 〜 番外編 〜

トール
恋愛
継母の心得の番外編のみを投稿しています。 【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 4巻発売中☆ コミカライズ4/16より連載開始】

見捨てられたのは私

梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。 ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。 ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。 何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。

どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい

海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。 その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。 赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。 だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。 私のHPは限界です!! なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。 しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ! でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!! そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような? ♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟ 皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います! この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m

処理中です...