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エレン・クラルティの勘違い 5
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考えたって仕方がないのはわかっているけれど、あの日以来、わたしはふとした瞬間にリヒャルト様の言葉を思い出して考えるようになった。
リヒャルト様は神殿と喧嘩をするそうだ。
今のわたしが何を言っても、リヒャルト様の考えを変えることはできないだろう。
神殿から追い出されたわたしでは、リヒャルト様と神殿の間に立って、リヒャルト様をかばうこともできない。
うーんうーんと悩み続けて、でもちっとも名案らしいものが浮かばなくて、三週間余りが経ったある日のことだった。
お昼ご飯前。
わたしがフリッツさん特製のパンケーキに舌鼓を打っていたとき、家令のアルムさんが慌てた様子でダイニングにやって来た。
リヒャルト様はわたしがパンケーキを食べている前で、新聞を読んでいる。
「旦那様、大変です! 先ほど先触れが入ったのですが……」
アルムさんが焦った顔でリヒャルト様に何かを耳打ちしていた。
アルムさんの連絡を受けて、リヒャルト様がぐっと眉を寄せる。
「なんだって突然……」
「私もわかりませんが、もう近くまでいらしているそうで、あと二時間もすればここに到着するだろうと」
「……はあ。仕方あるまい、急いで出迎えの準備を」
リヒャルト様が命じるとアルムさんが急いでダイニングを飛び出していく。
もぐもぐもぐ、何かあったのかしら?
出迎えと言うことは、きっと誰かが来るのだろう。
口を動かしながらリヒャルト様を見ると、頭の痛そうな顔をしていた。
「スカーレット、今から人が来ることになった」
口にパンケーキが詰まっていたため、わたしは頷くことで返事をする。
「大丈夫だとは思うが、あの子は少々気性が荒い。何かあればすぐにベティーナか私に言いなさい」
「もぐもぐもぐ……お知合いですか?」
「ああ。と言ってもしばらくは会っていなかったが……、前に話したことがあるだろう? エレン・クラルティ、イザークの婚約者だ」
わたしは、こてんと首を傾げた。
「王太子殿下の婚約者が、リヒャルト様に会いに来たということでいいですか?」
「そうなんだろうが、私も何の用があって来たのか見当もつかない。とにかく、あと二時間ほどしたら来るらしい。……君が玄関にいないとあとあと難癖をつけられるかもしれないから、申し訳ないが、出迎えだけ一緒にしてくれ。君も、あとあと、馬鹿にされただなんだと文句を言われたくないだろう?」
それは嫌なので、わたしは大きく頷く。
……でも二時間後か。ちょうどお昼ご飯の時間なのに。しょんぼり。
お客様が来るから、お昼ご飯の時間は少し後になるだろう。お腹がすいて我慢できなくなったら大変だから、しっかりパンケーキを食べておかなくては。
「君をどうするかも、そろそろ真剣に考えなくてはならないな……」
リヒャルト様はわたしがパンケーキを食べるのを優しい目をして見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
どきりとして顔を上げると、リヒャルト様が、どことなく寂しそうな顔で微笑んでいる。
「年が明ければ君は十七歳だ。貴族に縁づかせるなら、そろそろ嫁ぎ先を探したほうがいい」
「うぐっ」
ごくん、とまだほとんど咀嚼していなかったパンケーキを無理やり飲み込んで、わたしはふるふると首を横に振る。
わたしはリヒャルト様のうちの子になりたいのだ。養女になればいずれ政略結婚に使われることもあるかもしれないが、もうしばらくはここにいたい。
「心配しなくとも、君が苦労するような家に嫁がせたりはしない」
「い、今のままでいいです」
「そうはいかないだろう。私が神殿と敵対する前に、君は私から離れておいた方がいい。もちろん君の好みは最大限考慮するつもりだが……、その、君の判断基準は食事なのだろう?」
その通りだが、わたしはここがいい。
想定以上に早くリヒャルト様がわたしを追い出そうとしはじめて、わたしはものすごく焦った。
「ご、ご飯もおやつも、今の半分の量に減らしますから、あの……」
「何故そうなる。好きなだけ食べなさい。別に私は、君の食事の量が嫌になったわけではないよ。単に、神殿と敵対すると君の立場が悪くなる可能性が出てくるから、その前にどうにかしておきたいだけだ」
わたしは聖女だが、このままリヒャルト様の側にいると、「神殿と敵対した聖女」と認識される恐れがあるそうだ。
そうなったあとで嫁ぎ先を探そうにも、神殿と敵対したくない貴族たちは、そんなわたしをもらってくれない可能性があるらしい。
できるだけいいお家と縁づかせようと考えると、今から動いていたほうがいいのだそうだ。
……別に結婚しなくてもいいからここにおいてほしいです‼
「心配しなくても、悪いようにはしない」
「で、でも!」
「ほら、早く食べないと、エレンが来てしまうよ?」
……うぅ。
このままではまずいと、わたしの頭の中がぐるぐるしはじめる。
……シャルティーナ様、わたし、どうしたらいいですか⁉
王都に帰ってしまったシャルティーナ様、どうか今すぐ戻ってきてください~!
リヒャルト様は神殿と喧嘩をするそうだ。
今のわたしが何を言っても、リヒャルト様の考えを変えることはできないだろう。
神殿から追い出されたわたしでは、リヒャルト様と神殿の間に立って、リヒャルト様をかばうこともできない。
うーんうーんと悩み続けて、でもちっとも名案らしいものが浮かばなくて、三週間余りが経ったある日のことだった。
お昼ご飯前。
わたしがフリッツさん特製のパンケーキに舌鼓を打っていたとき、家令のアルムさんが慌てた様子でダイニングにやって来た。
リヒャルト様はわたしがパンケーキを食べている前で、新聞を読んでいる。
「旦那様、大変です! 先ほど先触れが入ったのですが……」
アルムさんが焦った顔でリヒャルト様に何かを耳打ちしていた。
アルムさんの連絡を受けて、リヒャルト様がぐっと眉を寄せる。
「なんだって突然……」
「私もわかりませんが、もう近くまでいらしているそうで、あと二時間もすればここに到着するだろうと」
「……はあ。仕方あるまい、急いで出迎えの準備を」
リヒャルト様が命じるとアルムさんが急いでダイニングを飛び出していく。
もぐもぐもぐ、何かあったのかしら?
出迎えと言うことは、きっと誰かが来るのだろう。
口を動かしながらリヒャルト様を見ると、頭の痛そうな顔をしていた。
「スカーレット、今から人が来ることになった」
口にパンケーキが詰まっていたため、わたしは頷くことで返事をする。
「大丈夫だとは思うが、あの子は少々気性が荒い。何かあればすぐにベティーナか私に言いなさい」
「もぐもぐもぐ……お知合いですか?」
「ああ。と言ってもしばらくは会っていなかったが……、前に話したことがあるだろう? エレン・クラルティ、イザークの婚約者だ」
わたしは、こてんと首を傾げた。
「王太子殿下の婚約者が、リヒャルト様に会いに来たということでいいですか?」
「そうなんだろうが、私も何の用があって来たのか見当もつかない。とにかく、あと二時間ほどしたら来るらしい。……君が玄関にいないとあとあと難癖をつけられるかもしれないから、申し訳ないが、出迎えだけ一緒にしてくれ。君も、あとあと、馬鹿にされただなんだと文句を言われたくないだろう?」
それは嫌なので、わたしは大きく頷く。
……でも二時間後か。ちょうどお昼ご飯の時間なのに。しょんぼり。
お客様が来るから、お昼ご飯の時間は少し後になるだろう。お腹がすいて我慢できなくなったら大変だから、しっかりパンケーキを食べておかなくては。
「君をどうするかも、そろそろ真剣に考えなくてはならないな……」
リヒャルト様はわたしがパンケーキを食べるのを優しい目をして見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
どきりとして顔を上げると、リヒャルト様が、どことなく寂しそうな顔で微笑んでいる。
「年が明ければ君は十七歳だ。貴族に縁づかせるなら、そろそろ嫁ぎ先を探したほうがいい」
「うぐっ」
ごくん、とまだほとんど咀嚼していなかったパンケーキを無理やり飲み込んで、わたしはふるふると首を横に振る。
わたしはリヒャルト様のうちの子になりたいのだ。養女になればいずれ政略結婚に使われることもあるかもしれないが、もうしばらくはここにいたい。
「心配しなくとも、君が苦労するような家に嫁がせたりはしない」
「い、今のままでいいです」
「そうはいかないだろう。私が神殿と敵対する前に、君は私から離れておいた方がいい。もちろん君の好みは最大限考慮するつもりだが……、その、君の判断基準は食事なのだろう?」
その通りだが、わたしはここがいい。
想定以上に早くリヒャルト様がわたしを追い出そうとしはじめて、わたしはものすごく焦った。
「ご、ご飯もおやつも、今の半分の量に減らしますから、あの……」
「何故そうなる。好きなだけ食べなさい。別に私は、君の食事の量が嫌になったわけではないよ。単に、神殿と敵対すると君の立場が悪くなる可能性が出てくるから、その前にどうにかしておきたいだけだ」
わたしは聖女だが、このままリヒャルト様の側にいると、「神殿と敵対した聖女」と認識される恐れがあるそうだ。
そうなったあとで嫁ぎ先を探そうにも、神殿と敵対したくない貴族たちは、そんなわたしをもらってくれない可能性があるらしい。
できるだけいいお家と縁づかせようと考えると、今から動いていたほうがいいのだそうだ。
……別に結婚しなくてもいいからここにおいてほしいです‼
「心配しなくても、悪いようにはしない」
「で、でも!」
「ほら、早く食べないと、エレンが来てしまうよ?」
……うぅ。
このままではまずいと、わたしの頭の中がぐるぐるしはじめる。
……シャルティーナ様、わたし、どうしたらいいですか⁉
王都に帰ってしまったシャルティーナ様、どうか今すぐ戻ってきてください~!
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