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謎は深まる… 1
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二週間後、ドレヴァンツ公爵夫妻がやってきた。
リヒャルト様のお兄様であるベルンハルト・ドレヴァンツ様は、リヒャルト様が年を重ねればこんな風になるんだろうなというくらいに似ていた。つまり、すっごいイケメンさん……イケオジさんである。
ベルンハルト様の奥方様のシャルティーナ様は、ふんわりと柔らかい雰囲気の美人さんである。こちらは三十四歳だというが、見た目だけでは二十台半ばほどに見える。聖女仲間が、世間一般ではこういう女性を美魔女と呼ぶのだと言っていたから、シャルティーナ様は美魔女に違いない。
リヒャルト様とともにお二人を玄関で出迎えたわたしは、サリー夫人に教えてもらっていた付け焼刃のカーテシーでご挨拶だ。
サリー夫人のお孫さんはやっぱり季節性の風邪で、町のお医者さんが処方した薬を飲んでも熱が下がらなかったため、リヒャルト様がこっそりわたしの作った薬を渡した。今ではすっかり全快して元気になったという。
聖女の作った薬は、神殿の許可なく販売してはならないことになっているけれど、無償提供だから一本くらいいいだろうと笑っていた。グレーゾーンだとか言っていたけれど、それが何かはよくわからなかった。
「久しぶりだなリヒャルト! お前が聖女と暮らしていると聞いたときは驚いたぞ」
「事情がありまして。義姉上も遠路はるばるお越しいただいてすみません」
「構いませんわ。パーティーもお茶会も肩が凝るから、逆に王都から離れられて嬉しいですもの」
王都は現在「社交シーズン」と呼ばれる時期らしい。
そのため、国中の貴族たちが王都に集まっているのだそうだ。
それなのに何故リヒャルト様が領地にいるのかと聞いたら、「社交シーズンだからだ」とよくわからない答えが返って来た。
みんなが王都に集まる時期だから領地に戻ったという解釈でいいのだと思うけれど、何故だろう。
「王都はどうですか?」
ダイニングに移動しながらリヒャルト様がベルンハルト様に訊ねる。
ベルンハルト様は肩をすくめた。
「相変わらずごたごたしているよ。イザークがもう少ししっかりすれば自然と落ち着くとは思うが、いまだに頼りないからな……」
「そのためにクラルティ公爵家の令嬢と婚約させたというのに」
「それも一つの理由だろうよ。どうも、イザークとエレンはあまりうまくいっていないらしい。あの年の子らに表面上だけでも取り繕えというのは酷な話だろうしな」
「……もうしばらく落ち着きそうにありませんね」
リヒャルト様がやれやれと肩をすくめる。
どうも小難しい話のようなので、わたしは聞こえてきた話を右から左に流しておくことにした。聞いたってわからないし、考えたって理解できない。
「スカーレットは神殿住まいの聖女だったのでしょう? どういう経緯でリヒャルト様と暮らすことになったのかしら?」
シャルティーナ様も、夫と義弟の話には興味がないらしい。
にこにこと訊ねられたので、わたしは正直に答えた。
「空腹で倒れていたところを拾ってもらいました」
「………………え?」
シャルティーナ様は大きな目をぱちくりとさせて、困ったように首をひねった。
「あー……」
リヒャルト様が気づいて額に手を当てる。
「スカーレット、説明は私がしよう。間違ってはいないのだが、君の説明では混乱を招く」
ダイニングに到着すると、お茶とケーキが運び込まれてくる。
わたしの目の前にだけケーキが五つも持ってこられたのを見て、ベルンハルト様とシャルティーナ様が「うん?」と不思議そうな顔になった。
リヒャルト様が、わたしがリヒャルト様に拾われた経緯などを順を追って説明するにつれて、二人は納得がいったように大きく頷く。
「そう言うことだったのか」
「ええ……、でも、そんな理由で自ら連れてきた聖女を追い出すなんて、どうかと思いますけど」
「そうだな。その神殿長は告発した方がいいのではないか?」
「すでに手を回していますが、近辺を探っていると他にいろいろ出てきそうなので、しばらくは放置ですね。……ついでと言っては何ですが、年々大きくなっている神殿の力を、多少削ぐことができればとは思っています」
「そんなことをすれば、お前は神殿を敵に回すことになるぞ」
「その方がいいんですよ。今のこの状況では私を敵と認識された方が都合がいいでしょう。神殿がイザークについてくれれば、今の騒ぎも沈静化するでしょうし」
「わざわざ嫌われ役を買って出る必要もあるまいに」
なんだかまた小難しい話になって来た。
わたしは聞いているふりをしながら、ケーキを口に運ぶ。誰もわたしの意見なんて求めていないだろうし、リヒャルト様はわたしが理解していないことを察していると思うから、黙っていても問題ない。
「それで、例の『癒しの水』の検証実験だったか。シャルティーナは協力しても構わないと言っているが、今のところ、シャルティーナが使った湯にそのような効果が表れたことはないと思うぞ。なあ?」
「ええ。誰かの傷が癒えたという話は聞きませんし……」
ちらっとシャルティーナ様がベルンハルト様を見る。
ベルンハルト様は袖をめくりあげて、腕に走った古い傷跡を見せた。
「あれでもと思って、シャルティーナと一緒に風呂に入ってみたが、傷跡も消えなかった」
「……一緒に、は余計でしてよ」
シャルティーナ様がうっすらと頬を染める。その仕草がとっても可愛らしい。
「聖女の癒しの力は癒えていない傷を癒すことはできますが、古い傷跡を消すことはできません。ですので、その『癒しの水』が古い傷跡に作用するのが不思議でならないんです」
「スカーレット、そうなのか?」
「むぐ?」
ケーキをもぐもぐしていたわたしは、顔を上げて首をひねった。
「……聞いていなかったな。スカーレット、聖女の癒しの力では、古い傷跡を消すことはできないのか?」
わたしはごっくんと口の中のケーキを飲み込んだ。
「わかりません。試したことがないので」
「そうか。……もしよかったら、試してもらえないだろうか。いや、無理強いはしないのだが」
「いいですよ」
リヒャルト様が言いにくそうに言うが、その程度のことを嫌がったりはしない。むしろ、ご飯の神様への積もりに積もった恩を返すチャンスである。
ベルンハルト様が実験台になってくださるそうなので、わたしはベルンハルト様の腕に走った、刃物で切ったような古い傷跡に手をかざす。これは若いころに剣術の稽古のときに作った傷だそうだ。結構深く切ってしまって、当時聖女として修業中だったシャルティーナ様に癒してもらったそうだが、怪我が大きすぎて完全には治し切れず、痕が残ってしまったらしい。
その後もそのあとを消そうとシャルティーナ様は何度も癒しの力を使って奮闘したそうだが、完全に消し去ることはできなかったのだそうだ。
……古い傷って怪我じゃないのよね。でもまあ、痕が残るってことは、皮膚か何かの何らかの損傷か欠損かがあるのだと思うのだけど。
先輩聖女からは、人間には多少の自己再生能力が備わっているのだと聞いた。
だから怪我をしても治るのだ。
けれども、自己再生能力には限界があって、さらに年齢とともに低下もしてくるらしい。
もし自己再生能力が無限で年齢による低下もなければ、人間は老化もせずに永久に生きられるかもしれないと言っていた。
わたしのポンコツ脳ではさっぱりわからなかったが、傷跡が残るのは、それは自己再生能力の限界だからだろう。
わたしたち聖女の癒しの力は、人の免疫機能や自己再生能力を瞬間的に何百倍、何千倍にも向上させる。
原理は定かではないが、それにより怪我や病の治癒が可能となるのだ。
……ってことは、この傷痕の部分の自己再生能力が上がれば、痕は消えるはずなのよ。
たぶんだけど。
でも、シャルティーナ様の癒しの力で治らなかったということは、かなり強い力で自己再生能力をそれこそ何万倍くらいに上げなければいけないような気がしてきた。
……ということは、最大出力で癒しの力を使えばいけるんじゃないかしら?
聖女が癒しの力を使う時、相手の傷や病によってその力の強弱を変えている。
小さな切り傷のために癒しの力を最大限に使用して自己免疫機能を何千倍にしてしまうと、相手の体に負担がかかるらしい。
だから傷や病気に対して、それを治すのに適切な倍率で癒しの力を使うのだ。
これがなかなか大変で、聖女の訓練はもっぱらこの癒しの力の強弱を変える練習ばかりだった。
特にわたしは、癒しの力を弱めて使うのが苦手で、教えてくれる先輩聖女や神官さんたちに頭を抱えさせたものだった。
でも、ベルンハルト様のこの傷痕を治すのには、癒しの力を抑える必要はない。
……最大で行かせていただきまっす!
癒しの力を最大で使うのは久しぶりだ。
全力で力を使う時、わたしは全身が例えようのない高揚感に包まれる。
「では、行きますね!」
宣言して、わたしは最初から全力で癒しの力を使った。
普段なら手のひらしか光らないのだが、出力を最大にしたからだろう、わたしの全身が金色に光って、リヒャルト様たちがひゅっと息を呑む。
「ま、待てスカーレット、君は一体何を……」
リヒャルト様がハッとしたように止めに入った時には、わたしは癒しの力を使い終えた後だった。
「ふぅ……おなかすいた~」
途端、ぐうと鳴ったお腹を押さえて、わたしはテーブルの上からケーキの皿を取る。行儀が悪くても極限までお腹がすいてしまったので早く胃の中にケーキを入れたい。
ベルンハルト様の側に立ったままもぐもぐとケーキを食べていると、リヒャルト様とシャルティーナ様がベルンハルト様の腕を検分していた。
……もぐもぐもぐ、そんなにじーっと見なくても消えてると思いますよ?
ベルンハルト様の腕にあった切り傷の痕はきれいさっぱり消えている。
癒しの力を最大出力で使えば、傷跡にも効果があることがわかった。大発見だ。
シャルティーナ様がベルンハルト様の腕をそっと撫でて、大きく目を見開いている。
「……信じられないわ。スカーレット、いったいどうやって傷跡を消したの……?」
「もぐもぐもぐ……ええっと、癒しの力を最大出力で使いました。それだけです」
「それだけですって……」
ケーキを一つ食べ終えたわたしは、席に戻って残りのケーキも口に入れる。うーん、ケーキが足りない。お代わりしたいって言ってもいいかしら?
リヒャルト様が無言でご自分の前にあったケーキをわたしに差し出してくれる。
……ケーキが増えた!
わたしが笑顔でお礼を言うと、ベルンハルト様も手を付けていなかったケーキをそっとわたしの方へ押し出してくれた。
シャルティーナ様も同じようにわたしにケーキをくれる。
……王族の皆様は全員ご飯の神様ですか⁉
わたしは全員にもう一度お礼を言って、にこにこと上機嫌でケーキを食べる。
だが、ダイニングの中で笑っているのは、何故かわたしただ一人だけで、他の全員は何とも難しい顔をして黙り込んでいた。
リヒャルト様のお兄様であるベルンハルト・ドレヴァンツ様は、リヒャルト様が年を重ねればこんな風になるんだろうなというくらいに似ていた。つまり、すっごいイケメンさん……イケオジさんである。
ベルンハルト様の奥方様のシャルティーナ様は、ふんわりと柔らかい雰囲気の美人さんである。こちらは三十四歳だというが、見た目だけでは二十台半ばほどに見える。聖女仲間が、世間一般ではこういう女性を美魔女と呼ぶのだと言っていたから、シャルティーナ様は美魔女に違いない。
リヒャルト様とともにお二人を玄関で出迎えたわたしは、サリー夫人に教えてもらっていた付け焼刃のカーテシーでご挨拶だ。
サリー夫人のお孫さんはやっぱり季節性の風邪で、町のお医者さんが処方した薬を飲んでも熱が下がらなかったため、リヒャルト様がこっそりわたしの作った薬を渡した。今ではすっかり全快して元気になったという。
聖女の作った薬は、神殿の許可なく販売してはならないことになっているけれど、無償提供だから一本くらいいいだろうと笑っていた。グレーゾーンだとか言っていたけれど、それが何かはよくわからなかった。
「久しぶりだなリヒャルト! お前が聖女と暮らしていると聞いたときは驚いたぞ」
「事情がありまして。義姉上も遠路はるばるお越しいただいてすみません」
「構いませんわ。パーティーもお茶会も肩が凝るから、逆に王都から離れられて嬉しいですもの」
王都は現在「社交シーズン」と呼ばれる時期らしい。
そのため、国中の貴族たちが王都に集まっているのだそうだ。
それなのに何故リヒャルト様が領地にいるのかと聞いたら、「社交シーズンだからだ」とよくわからない答えが返って来た。
みんなが王都に集まる時期だから領地に戻ったという解釈でいいのだと思うけれど、何故だろう。
「王都はどうですか?」
ダイニングに移動しながらリヒャルト様がベルンハルト様に訊ねる。
ベルンハルト様は肩をすくめた。
「相変わらずごたごたしているよ。イザークがもう少ししっかりすれば自然と落ち着くとは思うが、いまだに頼りないからな……」
「そのためにクラルティ公爵家の令嬢と婚約させたというのに」
「それも一つの理由だろうよ。どうも、イザークとエレンはあまりうまくいっていないらしい。あの年の子らに表面上だけでも取り繕えというのは酷な話だろうしな」
「……もうしばらく落ち着きそうにありませんね」
リヒャルト様がやれやれと肩をすくめる。
どうも小難しい話のようなので、わたしは聞こえてきた話を右から左に流しておくことにした。聞いたってわからないし、考えたって理解できない。
「スカーレットは神殿住まいの聖女だったのでしょう? どういう経緯でリヒャルト様と暮らすことになったのかしら?」
シャルティーナ様も、夫と義弟の話には興味がないらしい。
にこにこと訊ねられたので、わたしは正直に答えた。
「空腹で倒れていたところを拾ってもらいました」
「………………え?」
シャルティーナ様は大きな目をぱちくりとさせて、困ったように首をひねった。
「あー……」
リヒャルト様が気づいて額に手を当てる。
「スカーレット、説明は私がしよう。間違ってはいないのだが、君の説明では混乱を招く」
ダイニングに到着すると、お茶とケーキが運び込まれてくる。
わたしの目の前にだけケーキが五つも持ってこられたのを見て、ベルンハルト様とシャルティーナ様が「うん?」と不思議そうな顔になった。
リヒャルト様が、わたしがリヒャルト様に拾われた経緯などを順を追って説明するにつれて、二人は納得がいったように大きく頷く。
「そう言うことだったのか」
「ええ……、でも、そんな理由で自ら連れてきた聖女を追い出すなんて、どうかと思いますけど」
「そうだな。その神殿長は告発した方がいいのではないか?」
「すでに手を回していますが、近辺を探っていると他にいろいろ出てきそうなので、しばらくは放置ですね。……ついでと言っては何ですが、年々大きくなっている神殿の力を、多少削ぐことができればとは思っています」
「そんなことをすれば、お前は神殿を敵に回すことになるぞ」
「その方がいいんですよ。今のこの状況では私を敵と認識された方が都合がいいでしょう。神殿がイザークについてくれれば、今の騒ぎも沈静化するでしょうし」
「わざわざ嫌われ役を買って出る必要もあるまいに」
なんだかまた小難しい話になって来た。
わたしは聞いているふりをしながら、ケーキを口に運ぶ。誰もわたしの意見なんて求めていないだろうし、リヒャルト様はわたしが理解していないことを察していると思うから、黙っていても問題ない。
「それで、例の『癒しの水』の検証実験だったか。シャルティーナは協力しても構わないと言っているが、今のところ、シャルティーナが使った湯にそのような効果が表れたことはないと思うぞ。なあ?」
「ええ。誰かの傷が癒えたという話は聞きませんし……」
ちらっとシャルティーナ様がベルンハルト様を見る。
ベルンハルト様は袖をめくりあげて、腕に走った古い傷跡を見せた。
「あれでもと思って、シャルティーナと一緒に風呂に入ってみたが、傷跡も消えなかった」
「……一緒に、は余計でしてよ」
シャルティーナ様がうっすらと頬を染める。その仕草がとっても可愛らしい。
「聖女の癒しの力は癒えていない傷を癒すことはできますが、古い傷跡を消すことはできません。ですので、その『癒しの水』が古い傷跡に作用するのが不思議でならないんです」
「スカーレット、そうなのか?」
「むぐ?」
ケーキをもぐもぐしていたわたしは、顔を上げて首をひねった。
「……聞いていなかったな。スカーレット、聖女の癒しの力では、古い傷跡を消すことはできないのか?」
わたしはごっくんと口の中のケーキを飲み込んだ。
「わかりません。試したことがないので」
「そうか。……もしよかったら、試してもらえないだろうか。いや、無理強いはしないのだが」
「いいですよ」
リヒャルト様が言いにくそうに言うが、その程度のことを嫌がったりはしない。むしろ、ご飯の神様への積もりに積もった恩を返すチャンスである。
ベルンハルト様が実験台になってくださるそうなので、わたしはベルンハルト様の腕に走った、刃物で切ったような古い傷跡に手をかざす。これは若いころに剣術の稽古のときに作った傷だそうだ。結構深く切ってしまって、当時聖女として修業中だったシャルティーナ様に癒してもらったそうだが、怪我が大きすぎて完全には治し切れず、痕が残ってしまったらしい。
その後もそのあとを消そうとシャルティーナ様は何度も癒しの力を使って奮闘したそうだが、完全に消し去ることはできなかったのだそうだ。
……古い傷って怪我じゃないのよね。でもまあ、痕が残るってことは、皮膚か何かの何らかの損傷か欠損かがあるのだと思うのだけど。
先輩聖女からは、人間には多少の自己再生能力が備わっているのだと聞いた。
だから怪我をしても治るのだ。
けれども、自己再生能力には限界があって、さらに年齢とともに低下もしてくるらしい。
もし自己再生能力が無限で年齢による低下もなければ、人間は老化もせずに永久に生きられるかもしれないと言っていた。
わたしのポンコツ脳ではさっぱりわからなかったが、傷跡が残るのは、それは自己再生能力の限界だからだろう。
わたしたち聖女の癒しの力は、人の免疫機能や自己再生能力を瞬間的に何百倍、何千倍にも向上させる。
原理は定かではないが、それにより怪我や病の治癒が可能となるのだ。
……ってことは、この傷痕の部分の自己再生能力が上がれば、痕は消えるはずなのよ。
たぶんだけど。
でも、シャルティーナ様の癒しの力で治らなかったということは、かなり強い力で自己再生能力をそれこそ何万倍くらいに上げなければいけないような気がしてきた。
……ということは、最大出力で癒しの力を使えばいけるんじゃないかしら?
聖女が癒しの力を使う時、相手の傷や病によってその力の強弱を変えている。
小さな切り傷のために癒しの力を最大限に使用して自己免疫機能を何千倍にしてしまうと、相手の体に負担がかかるらしい。
だから傷や病気に対して、それを治すのに適切な倍率で癒しの力を使うのだ。
これがなかなか大変で、聖女の訓練はもっぱらこの癒しの力の強弱を変える練習ばかりだった。
特にわたしは、癒しの力を弱めて使うのが苦手で、教えてくれる先輩聖女や神官さんたちに頭を抱えさせたものだった。
でも、ベルンハルト様のこの傷痕を治すのには、癒しの力を抑える必要はない。
……最大で行かせていただきまっす!
癒しの力を最大で使うのは久しぶりだ。
全力で力を使う時、わたしは全身が例えようのない高揚感に包まれる。
「では、行きますね!」
宣言して、わたしは最初から全力で癒しの力を使った。
普段なら手のひらしか光らないのだが、出力を最大にしたからだろう、わたしの全身が金色に光って、リヒャルト様たちがひゅっと息を呑む。
「ま、待てスカーレット、君は一体何を……」
リヒャルト様がハッとしたように止めに入った時には、わたしは癒しの力を使い終えた後だった。
「ふぅ……おなかすいた~」
途端、ぐうと鳴ったお腹を押さえて、わたしはテーブルの上からケーキの皿を取る。行儀が悪くても極限までお腹がすいてしまったので早く胃の中にケーキを入れたい。
ベルンハルト様の側に立ったままもぐもぐとケーキを食べていると、リヒャルト様とシャルティーナ様がベルンハルト様の腕を検分していた。
……もぐもぐもぐ、そんなにじーっと見なくても消えてると思いますよ?
ベルンハルト様の腕にあった切り傷の痕はきれいさっぱり消えている。
癒しの力を最大出力で使えば、傷跡にも効果があることがわかった。大発見だ。
シャルティーナ様がベルンハルト様の腕をそっと撫でて、大きく目を見開いている。
「……信じられないわ。スカーレット、いったいどうやって傷跡を消したの……?」
「もぐもぐもぐ……ええっと、癒しの力を最大出力で使いました。それだけです」
「それだけですって……」
ケーキを一つ食べ終えたわたしは、席に戻って残りのケーキも口に入れる。うーん、ケーキが足りない。お代わりしたいって言ってもいいかしら?
リヒャルト様が無言でご自分の前にあったケーキをわたしに差し出してくれる。
……ケーキが増えた!
わたしが笑顔でお礼を言うと、ベルンハルト様も手を付けていなかったケーキをそっとわたしの方へ押し出してくれた。
シャルティーナ様も同じようにわたしにケーキをくれる。
……王族の皆様は全員ご飯の神様ですか⁉
わたしは全員にもう一度お礼を言って、にこにこと上機嫌でケーキを食べる。
だが、ダイニングの中で笑っているのは、何故かわたしただ一人だけで、他の全員は何とも難しい顔をして黙り込んでいた。
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※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
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