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ご飯の神様は公爵様でした 3
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馬車に十日ほど揺られて、わたしはリヒャルト様の領地ヴァイアーライヒ公爵領にやってきた。
わたしが暮らしていた神殿のあるあたりより、だいぶ温かいように感じる。ここでは冬もあまり雪が降らないらしい。いいことだ。
馬車は、お城のように大きい白亜の建物の前で停まった。
馬車から降りて、「ほえー」と大きな邸を見上げる。
ここが、リヒャルト様のお邸らしい。神殿の何倍あるんだろう。
わたしがぽけーっと邸を見上げたままでいると、玄関から使用人と思われる男女が大勢出迎えに出てきた。
「スカーレット、こっちに来なさい」
神様に命じられたので、わたしはもちろん従う。
邸を見上げるのをやめてリヒャルト様の隣に向かうと、リヒャルト様が使用人さんたちにわたしを紹介してくれた。
「わけあって面倒を見ることにしたスカーレットだ。……最初は驚くこともあるだろうが、丁重にな。彼女は聖女なんだ」
聖女は国によって保護される対象である。
聖女と聞いた使用人さんたちは、驚いたように目を見張ってから、にこにこと優しそうに微笑んだ。
ベティーナさんも優しかったけど、ここの使用人さんたちはみんな優しそうで嬉しい。
「なるほど、聖女様であれば周囲も反対しませんでしょうな」
「妙な勘繰りはよしてくれ、アルム。そう言うんじゃないんだ。その……まあ、成り行きだ。詳しいことはベティーナに訊いてくれ」
三十半ばほどの黒髪の男性を、リヒャルト様はアルムと呼んだ。彼はこの邸の家令だそうだ。
「スカーレット、君はこっちに。しばらくベティーナを君につける。何か困ったことがあれば彼女に訊くように」
リヒャルトが歩き出したので、わたしは彼のあとをついて行く。そのあとをベティーナさんもついてきた。
玄関を入ってすぐの、びっくりするほど大きな階段を上って、リヒャルト様は二階へ向かう。
二階に上がると左手に折れて、これまた長い廊下を進んでいくと、ある部屋の前で足を止めた。
「君の部屋はここにしよう。隣は私の部屋だ。何かあった時のために近い部屋の方がいいだろう。客室だったから内装は大丈夫だろうが、欲しいものがあればベティーナに言え。ベティーナ、スカーレットが暮らしやすいように気を配ってやってくれ」
「かしこまりました」
暮らしやすいようにとリヒャルト様は言ったけれど、正直なところ、満足なご飯があればわたしはそれ以上を望まない。何なら馬小屋でもいいくらいだ。……あ、やっぱり馬小屋はなし。冬は寒くて凍えるかもしれないから、せめて玄関ホールがいい。
リヒャルト様が扉を開けると、そこはお姫様の部屋のようだった。
とにかく広い!
そして、天蓋付きのベッドに、可愛らしい猫足のソファ。カーテンは若葉色で、床にはふかふかの絨毯が敷かれていた。
「すごいふかふか! ここで寝れそう」
「だめだ、床で寝るな」
何ならベッドなくてもいいんじゃないかなと呟いたわたしに、リヒャルト様が焦ったように注意をする。リヒャルト様の言うことは絶対なので、わたしは「はい!」と元気良く返事をした。
「あちらの扉の奥は浴室だ」
「お風呂が部屋に‼」
「宿でもそうだっただろう?」
「宿限定かと」
「……貴族の邸の部屋には、だいたい浴室がついている」
「そうなんですか! 貴族すごい!」
「それから、風呂でおやつを食べるのは禁止だ」
「…………はい」
神様の言うことは絶対だが、ちょっとだけ抵抗してしまったわたしは悪くない、はずだ。
……お風呂に入っているとお腹がすいてくるんだもん。
宿でこっそりお風呂の中でケーキを食べていたのが、いつの間にか知られていたらしい。ベティーナさんから報告があったのだろうか。うぅ……。
「風呂から上がれば食べていいから、風呂の中ではやめなさい」
「はい」
わたしがしっかりと頷くと、リヒャルト様は「いい子だ」と微笑んで、他の部屋も案内してくれた。
図書室、ダイニング、サロン……。
いろいろ案内してくれたけど、わたしが一番興味があるのは、やっぱりあそこだ。そう、キッチン‼
「料理長のフリッツだ。フリッツ、そのうち理解すると思うが、スカーレットは大体いつも腹を空かせている。腹が減ったと言ってここを訪れることがあれば何か与えてやってくれ。あと、すまないが毎食のほかに、間食も頼む」
「間食というと、菓子ですか!」
フリッツがきらりと目を光らせた。
リヒャルトによると、フリッツは昔菓子職人をしていたらしい。料理の腕も一流だが、何より菓子作りを得意にしているため、できれば毎日でも菓子を作りたかったそうだが、リヒャルトがあまり食べないので機会が少なく残念に思っていたそうだ。
「奥様! いくらでも作りますよ!」
「奥様じゃない。勘違いするな」
「違ったんですか。じゃあ……」
「婚約者でもない。詳しくはベティーナに訊いてくれ」
ここでもベティーナさんに丸投げして、リヒャルト様は「次に行くぞ」と言って歩き出す。
……もう少しここにいたかったんだけど、残念。
わたしにお菓子を与えてくれる(予定の)フリッツさんとはぜひ仲良くなっておきたかったのだが、またの機会にしたほうがよさそうだ。
リヒャルト様が一通り邸の中を案内し終わると、わたしのお腹がくうと鳴った。
空腹を訴えたわたしの腹の音を聞いて、リヒャルト様が「くっ」と笑うと、ジャケットのポケットから飴を出してわたしの手に乗せてくれる。
「部屋に菓子を運ばせよう。長旅で疲れただろうから、ゆっくりするといい」
飴ちゃんを口の中でころころ転がしつつ、わたしは重要なことを思い出して、去って行こうとするリヒャルト様の袖を引っ張った。
「あのっ! リヒャルト様、わたしは何のお仕事をしたらいいですか?」
これだけたくさんのものを与えられて何の仕事もしないのはおかしい。
リヒャルト様は面食らったように目を丸くして、困ったように指先で顎を撫でた。
「あー……、ベティーナに訊いてくれ」
ベティーナさん、お仕事多いですね!
わたしが暮らしていた神殿のあるあたりより、だいぶ温かいように感じる。ここでは冬もあまり雪が降らないらしい。いいことだ。
馬車は、お城のように大きい白亜の建物の前で停まった。
馬車から降りて、「ほえー」と大きな邸を見上げる。
ここが、リヒャルト様のお邸らしい。神殿の何倍あるんだろう。
わたしがぽけーっと邸を見上げたままでいると、玄関から使用人と思われる男女が大勢出迎えに出てきた。
「スカーレット、こっちに来なさい」
神様に命じられたので、わたしはもちろん従う。
邸を見上げるのをやめてリヒャルト様の隣に向かうと、リヒャルト様が使用人さんたちにわたしを紹介してくれた。
「わけあって面倒を見ることにしたスカーレットだ。……最初は驚くこともあるだろうが、丁重にな。彼女は聖女なんだ」
聖女は国によって保護される対象である。
聖女と聞いた使用人さんたちは、驚いたように目を見張ってから、にこにこと優しそうに微笑んだ。
ベティーナさんも優しかったけど、ここの使用人さんたちはみんな優しそうで嬉しい。
「なるほど、聖女様であれば周囲も反対しませんでしょうな」
「妙な勘繰りはよしてくれ、アルム。そう言うんじゃないんだ。その……まあ、成り行きだ。詳しいことはベティーナに訊いてくれ」
三十半ばほどの黒髪の男性を、リヒャルト様はアルムと呼んだ。彼はこの邸の家令だそうだ。
「スカーレット、君はこっちに。しばらくベティーナを君につける。何か困ったことがあれば彼女に訊くように」
リヒャルトが歩き出したので、わたしは彼のあとをついて行く。そのあとをベティーナさんもついてきた。
玄関を入ってすぐの、びっくりするほど大きな階段を上って、リヒャルト様は二階へ向かう。
二階に上がると左手に折れて、これまた長い廊下を進んでいくと、ある部屋の前で足を止めた。
「君の部屋はここにしよう。隣は私の部屋だ。何かあった時のために近い部屋の方がいいだろう。客室だったから内装は大丈夫だろうが、欲しいものがあればベティーナに言え。ベティーナ、スカーレットが暮らしやすいように気を配ってやってくれ」
「かしこまりました」
暮らしやすいようにとリヒャルト様は言ったけれど、正直なところ、満足なご飯があればわたしはそれ以上を望まない。何なら馬小屋でもいいくらいだ。……あ、やっぱり馬小屋はなし。冬は寒くて凍えるかもしれないから、せめて玄関ホールがいい。
リヒャルト様が扉を開けると、そこはお姫様の部屋のようだった。
とにかく広い!
そして、天蓋付きのベッドに、可愛らしい猫足のソファ。カーテンは若葉色で、床にはふかふかの絨毯が敷かれていた。
「すごいふかふか! ここで寝れそう」
「だめだ、床で寝るな」
何ならベッドなくてもいいんじゃないかなと呟いたわたしに、リヒャルト様が焦ったように注意をする。リヒャルト様の言うことは絶対なので、わたしは「はい!」と元気良く返事をした。
「あちらの扉の奥は浴室だ」
「お風呂が部屋に‼」
「宿でもそうだっただろう?」
「宿限定かと」
「……貴族の邸の部屋には、だいたい浴室がついている」
「そうなんですか! 貴族すごい!」
「それから、風呂でおやつを食べるのは禁止だ」
「…………はい」
神様の言うことは絶対だが、ちょっとだけ抵抗してしまったわたしは悪くない、はずだ。
……お風呂に入っているとお腹がすいてくるんだもん。
宿でこっそりお風呂の中でケーキを食べていたのが、いつの間にか知られていたらしい。ベティーナさんから報告があったのだろうか。うぅ……。
「風呂から上がれば食べていいから、風呂の中ではやめなさい」
「はい」
わたしがしっかりと頷くと、リヒャルト様は「いい子だ」と微笑んで、他の部屋も案内してくれた。
図書室、ダイニング、サロン……。
いろいろ案内してくれたけど、わたしが一番興味があるのは、やっぱりあそこだ。そう、キッチン‼
「料理長のフリッツだ。フリッツ、そのうち理解すると思うが、スカーレットは大体いつも腹を空かせている。腹が減ったと言ってここを訪れることがあれば何か与えてやってくれ。あと、すまないが毎食のほかに、間食も頼む」
「間食というと、菓子ですか!」
フリッツがきらりと目を光らせた。
リヒャルトによると、フリッツは昔菓子職人をしていたらしい。料理の腕も一流だが、何より菓子作りを得意にしているため、できれば毎日でも菓子を作りたかったそうだが、リヒャルトがあまり食べないので機会が少なく残念に思っていたそうだ。
「奥様! いくらでも作りますよ!」
「奥様じゃない。勘違いするな」
「違ったんですか。じゃあ……」
「婚約者でもない。詳しくはベティーナに訊いてくれ」
ここでもベティーナさんに丸投げして、リヒャルト様は「次に行くぞ」と言って歩き出す。
……もう少しここにいたかったんだけど、残念。
わたしにお菓子を与えてくれる(予定の)フリッツさんとはぜひ仲良くなっておきたかったのだが、またの機会にしたほうがよさそうだ。
リヒャルト様が一通り邸の中を案内し終わると、わたしのお腹がくうと鳴った。
空腹を訴えたわたしの腹の音を聞いて、リヒャルト様が「くっ」と笑うと、ジャケットのポケットから飴を出してわたしの手に乗せてくれる。
「部屋に菓子を運ばせよう。長旅で疲れただろうから、ゆっくりするといい」
飴ちゃんを口の中でころころ転がしつつ、わたしは重要なことを思い出して、去って行こうとするリヒャルト様の袖を引っ張った。
「あのっ! リヒャルト様、わたしは何のお仕事をしたらいいですか?」
これだけたくさんのものを与えられて何の仕事もしないのはおかしい。
リヒャルト様は面食らったように目を丸くして、困ったように指先で顎を撫でた。
「あー……、ベティーナに訊いてくれ」
ベティーナさん、お仕事多いですね!
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