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霧男の目的
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「落ち着いてください。幽霊じゃありません」
まるで焚火を盾にするかのように縮こまってぷるぷる震えていたメリーエルは、少女の口から「幽霊じゃない」という言葉が飛び出したので、恐る恐る顔をあげた。
「幽霊じゃない? ……ほんとに?」
こんな暗くて寒い洞窟の中に、自分以外の人間がいるとは思えない。
だが、少女は幽霊ではないと言って、ゆっくりと近づいてきた。
「あの、もしよかったら一緒に温まっても大丈夫ですか……? ここは寒くって」
少女の顔は真っ青だった。唇も青いし、この寒い洞窟の中で凍えそうだったのだろう。メリーエルが彼女を幽霊だと勘違いしたのもそのためだ。
「どうぞ」
メリーエルの許しを得ると、少女はほっとしたようにその場に腰を下ろした。
「あたしはケツィーと言います。魔女さんは?」
「メリーエルよ。それで、幽霊じゃないなら、なんであんたはこんなところにいるの?」
するとケツィーは表情を曇らせて、「あなたと一緒です」と答えた。
しかしメリーエルはよくわからなかったので首をひねる。
「わたしは突然濃い霧に覆われて、気がついたらここにいたのよ」
「あたしもです。そして、昨日までここにいた二人もそうでした。突然濃い霧に覆われて、気がついたらここにいたって」
「昨日までここにいた?」
「はい。あたしがここに来る前にも、何人も同じくらいの年の女の子がいたそうです。でも、日に日に一人二人と姿を消していく。突然いなくなるんです。そして、また次の女の子がやってくる。昨日まで一緒にいた子に、そう聞きました」
メリーエルはぐっと眉を寄せた。同じ経験をした人間が何人も――、こんなの、自然じゃない。
パチパチと薪が爆ぜて、炎が揺れる。
青い顔をしていたケツィーの顔はだいぶ血の気が戻って来ていたが、表情は暗いままだった。
「あたしは少し離れたところの村で生活していたんですけど、ちょっと前から妙な噂が流れはじめました。霧男が、若い娘をさらっているって。だから夜は出歩くな――って」
「霧男が若い娘を攫っている? ……あの濃い霧のことかしら」
「だと思います。実際に、村の子も数人いなくなったって聞きました。だから、夜は出歩かないようにしていたのに……。朝に井戸に水を汲みに行ったときに霧が立ち込めてきて、あたしはここにいたんです」
「なるほどね……」
ケツィーの話とメリーエルの経験から考えるに、あの濃い霧――仮に霧男とすると、それは何かの目的があって若い娘を集めていると考えてよさそうだ。
「ここにいた子たちは一人二人と消えていくって言ってたわね。誰かが連れにきたりとかそんな感じなの?」
ケツィーは首を横に振った。
「いいえ。あたしが朝起きたらいなくなっていたんです」
というと、寝ているうちに運ばれたということだろうか。
(まさか人身売買とか? でも、そうだったらあの霧の正体がわからないし……)
メリーエルはむーっと眉を寄せたが、途中で疲れてしまってぱたりとその場に横になった。
(むり……。魔力から欠で、考える気力が起きない……)
お腹もすいてきた。だが、残念ながら食べるものはどこにもない。
「とりあえずさ、多分もうすぐ夜だと思うし、また明日になって考えない? というか、こんな光も入らないような場所で、どうしてあんたは朝だってわかったの?」
先ほどケツィーは「朝起きたら」と言った。ということは、「朝」が来たとわかったということだ。
「ああ、それなら」
ケツィーは洞窟の上を指さした。
「多分日差しの角度だと思います。この上に小さな穴があるみたいで、朝の短い時間だけ、日差しが差し込むんです」
「じゃあ、朝になったら少しは明るくなるのね」
それならやはり、朝になって動いた方がいい。
「ケツィー、明日の朝、この中を探検してみない? わたしたちがここに連れてこられたってことは、どこかに出入り口があるはずよ。見つけられたら外に出られるわ」
そのためには、なけなしの魔力を使って底をつきた体力を回復させなくてはいけない。
メリーエルは戸惑っている様子のケツィーに「寝ましょう」と告げると、そのままあっという間に眠りに落ちた。
まるで焚火を盾にするかのように縮こまってぷるぷる震えていたメリーエルは、少女の口から「幽霊じゃない」という言葉が飛び出したので、恐る恐る顔をあげた。
「幽霊じゃない? ……ほんとに?」
こんな暗くて寒い洞窟の中に、自分以外の人間がいるとは思えない。
だが、少女は幽霊ではないと言って、ゆっくりと近づいてきた。
「あの、もしよかったら一緒に温まっても大丈夫ですか……? ここは寒くって」
少女の顔は真っ青だった。唇も青いし、この寒い洞窟の中で凍えそうだったのだろう。メリーエルが彼女を幽霊だと勘違いしたのもそのためだ。
「どうぞ」
メリーエルの許しを得ると、少女はほっとしたようにその場に腰を下ろした。
「あたしはケツィーと言います。魔女さんは?」
「メリーエルよ。それで、幽霊じゃないなら、なんであんたはこんなところにいるの?」
するとケツィーは表情を曇らせて、「あなたと一緒です」と答えた。
しかしメリーエルはよくわからなかったので首をひねる。
「わたしは突然濃い霧に覆われて、気がついたらここにいたのよ」
「あたしもです。そして、昨日までここにいた二人もそうでした。突然濃い霧に覆われて、気がついたらここにいたって」
「昨日までここにいた?」
「はい。あたしがここに来る前にも、何人も同じくらいの年の女の子がいたそうです。でも、日に日に一人二人と姿を消していく。突然いなくなるんです。そして、また次の女の子がやってくる。昨日まで一緒にいた子に、そう聞きました」
メリーエルはぐっと眉を寄せた。同じ経験をした人間が何人も――、こんなの、自然じゃない。
パチパチと薪が爆ぜて、炎が揺れる。
青い顔をしていたケツィーの顔はだいぶ血の気が戻って来ていたが、表情は暗いままだった。
「あたしは少し離れたところの村で生活していたんですけど、ちょっと前から妙な噂が流れはじめました。霧男が、若い娘をさらっているって。だから夜は出歩くな――って」
「霧男が若い娘を攫っている? ……あの濃い霧のことかしら」
「だと思います。実際に、村の子も数人いなくなったって聞きました。だから、夜は出歩かないようにしていたのに……。朝に井戸に水を汲みに行ったときに霧が立ち込めてきて、あたしはここにいたんです」
「なるほどね……」
ケツィーの話とメリーエルの経験から考えるに、あの濃い霧――仮に霧男とすると、それは何かの目的があって若い娘を集めていると考えてよさそうだ。
「ここにいた子たちは一人二人と消えていくって言ってたわね。誰かが連れにきたりとかそんな感じなの?」
ケツィーは首を横に振った。
「いいえ。あたしが朝起きたらいなくなっていたんです」
というと、寝ているうちに運ばれたということだろうか。
(まさか人身売買とか? でも、そうだったらあの霧の正体がわからないし……)
メリーエルはむーっと眉を寄せたが、途中で疲れてしまってぱたりとその場に横になった。
(むり……。魔力から欠で、考える気力が起きない……)
お腹もすいてきた。だが、残念ながら食べるものはどこにもない。
「とりあえずさ、多分もうすぐ夜だと思うし、また明日になって考えない? というか、こんな光も入らないような場所で、どうしてあんたは朝だってわかったの?」
先ほどケツィーは「朝起きたら」と言った。ということは、「朝」が来たとわかったということだ。
「ああ、それなら」
ケツィーは洞窟の上を指さした。
「多分日差しの角度だと思います。この上に小さな穴があるみたいで、朝の短い時間だけ、日差しが差し込むんです」
「じゃあ、朝になったら少しは明るくなるのね」
それならやはり、朝になって動いた方がいい。
「ケツィー、明日の朝、この中を探検してみない? わたしたちがここに連れてこられたってことは、どこかに出入り口があるはずよ。見つけられたら外に出られるわ」
そのためには、なけなしの魔力を使って底をつきた体力を回復させなくてはいけない。
メリーエルは戸惑っている様子のケツィーに「寝ましょう」と告げると、そのままあっという間に眠りに落ちた。
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