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魔女はお節介な生き物です
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はあ、という何度目かのため息を聞いて、メリーエルは紅茶を煎れる手を止めて、ちらりとシュバリエを振り返った。
アロウンに張り付かれているユリウスにかわって、シュバリエのために慣れない手つきで紅茶を煎れていたのである。
その間、シュバリエはリビングのテーブルに突っ伏して、憂鬱そうなため息を何度もこぼしていた。
(そりゃあ……、気持ちはわからなくもないけど)
シュバリエにとって「惚れ薬」は最後の綱だったのだろう。アロウンの状況を目にして、惚れ薬が使えないと判断してくれたのはメリーエルにとっては計画通りだったが、シュバリエにとっては絶望の淵に叩き落されたようなもの。
(なんか……、悪いことをしちゃった気がするのはどうしてかしら?)
メリーエルにシュバリエを助ける義理はないし――、むしろシュバリエのせいで、アロウンの薬が切れたあと、ユリウスから何時間にも及ぶ説教を受けるのは目に見えており、どちらかと言えば被害者なはずだ。
まあ、アロウンに薬を盛った自分も悪いが、実際に目で見てもらわない限りシュバリエはあきらめなかっただろうし、背に腹は代えられないというやつだ、たぶん。
メリーエルは白い磁器のティーカップに紅茶を注ぎ、おずおずとシュバリエに差し出した。
「ねえ……、わたしが言うのもなんだけど、そんなに『見た目』って大事なの? 太ってないから愛せないって言うけど、実際に会ったこともないんでしょう?」
するとシュバリエは顔をあげて、難しそうに眉を寄せる。
「……確かに、マリアベル姫に会ったことはないよ。君の言う通り、外見に関係なく彼女を愛せるかもしれない。でも、それはあくまでうまく転んだ時の可能性の話で――、もし愛せなかったら? 死ぬまでお互い歩み寄れない関係だったら?」
「それは……」
「うまくいけばラッキーだと、楽観的に考えることは俺にはどうしてもできない」
失敗したくない――、シュバリエの気持ちも、まったくわからないわけではない。
(こういうのってあれかしら……、マリッジブルー的な?)
それよりももっと深刻なようだが、こうなってしまっては、口で何を言ったところで気持ちが晴れることもないだろう。
メリーエルはアロウンに張り付かれているユリウスに視線を向けたが、彼は超がつくほどの不機嫌で、助言を求められる状況ではない。
メリーエルは自分用の紅茶に蜂蜜を落として口をつけながら、どうしたものかと考えた。
別に――、わたしには関係ないわよと突っぱねたっていい。さすがにこれは不敬罪に当たらない、はずだ。でも、どうしてか放っておけなくて、メリーエルもため息をついた。
「マリアベル姫に会うのは、いつなの?」
「結婚式の一週間前だ」
「一週間……」
婚約者の姫を愛せるかどうか考えるには、あまりに短い。結婚までもあと一か月しかないが――、それまで顔も合わせたことがないなんて。偉い人の考えることなんてメリーエルにはわからないが、政略結婚とはこんな扱いなのだろうか。本人たちの気持ちは、関係なく進められていくものなのか。
(なんか……、かわいそうね)
シュバリエのことは突飛な考えに行きつく少々風変りな王子だとは思うが――、結婚するからには相手のことを愛したいと考えるあたりは、まだまともなのだろうか? やり方は問題があるけれど。
「会ってみたらどう?」
「会う?」
「そ。マリアベル姫に。こっそりと会いに行ってみたら? 実際見てから考えてもいいんじゃないかしら。まだ、一か月あるんだし、何かいい案が浮かぶかも?」
まだ、ではなく、もう一か月しかないのだが、シュバリエの気持ちが少しでも軽くなるように、楽観的に言ってみる。
「しかし……、実際に会ってみて、無理だと思ったらどうする?」
「そんなもの、会う前から考えたって仕方ないじゃない」
メリーエルに政略結婚はわからないが、少なくとも、この王子はマリアベル姫を好きになる「努力」はしそうだ。外見に無理があっても、最悪なことにはならない気がするのだが、どうしてこうもうしろ向きなのだろう。
会ってみて、マリアベル姫が話のわかりそうな姫だったら、いっそ洗いざらいぶちまけて二人で考えればいいと思うのだ。お互いに断れない結婚なのなら、そうするのが一番建設的だと思うのだが、どうしてそれができないのだろう。
ユリウスには「そんなに簡単な問題じゃない」と馬鹿にされるだろうが、ユリウスは今アロウンを引きはがすことに忙しいので何も言わない。
シュバリエは難しい顔のまま、ティーカップに口をつけた。
どうやらメリーエルの案はお気に召さなかったらしく、難しい顔で考え込んだまま何も言わない。
メリーエルはやれやれと嘆息した。
(こういうのって、きっとおせっかいって言うんだろうけど……)
不本意ではあるが、関わってしまった以上、突き放して追い返すことはどうしてもできない。
メリーエルは紅茶を飲み干して、ダン! とティーカップをテーブルにたたきつけた。
「いいわ! じゃあ、わたしがかわりに会いに行ってくる!」
そして、マリアベル姫に事情を説明してくればいいのだ。王子が動かないのだから、これしかない。
我ながらいい案だとほくそ笑むメリーエルに、アロウンを引きはがそうとしていたユリウスは、はーっと大きく息を吐きだした。
「また……、余計なことを……」
うんざりとつぶやいたユリウスの言葉は、よくわからない使命感に燃えているメリーエルの耳には届かなかった。
アロウンに張り付かれているユリウスにかわって、シュバリエのために慣れない手つきで紅茶を煎れていたのである。
その間、シュバリエはリビングのテーブルに突っ伏して、憂鬱そうなため息を何度もこぼしていた。
(そりゃあ……、気持ちはわからなくもないけど)
シュバリエにとって「惚れ薬」は最後の綱だったのだろう。アロウンの状況を目にして、惚れ薬が使えないと判断してくれたのはメリーエルにとっては計画通りだったが、シュバリエにとっては絶望の淵に叩き落されたようなもの。
(なんか……、悪いことをしちゃった気がするのはどうしてかしら?)
メリーエルにシュバリエを助ける義理はないし――、むしろシュバリエのせいで、アロウンの薬が切れたあと、ユリウスから何時間にも及ぶ説教を受けるのは目に見えており、どちらかと言えば被害者なはずだ。
まあ、アロウンに薬を盛った自分も悪いが、実際に目で見てもらわない限りシュバリエはあきらめなかっただろうし、背に腹は代えられないというやつだ、たぶん。
メリーエルは白い磁器のティーカップに紅茶を注ぎ、おずおずとシュバリエに差し出した。
「ねえ……、わたしが言うのもなんだけど、そんなに『見た目』って大事なの? 太ってないから愛せないって言うけど、実際に会ったこともないんでしょう?」
するとシュバリエは顔をあげて、難しそうに眉を寄せる。
「……確かに、マリアベル姫に会ったことはないよ。君の言う通り、外見に関係なく彼女を愛せるかもしれない。でも、それはあくまでうまく転んだ時の可能性の話で――、もし愛せなかったら? 死ぬまでお互い歩み寄れない関係だったら?」
「それは……」
「うまくいけばラッキーだと、楽観的に考えることは俺にはどうしてもできない」
失敗したくない――、シュバリエの気持ちも、まったくわからないわけではない。
(こういうのってあれかしら……、マリッジブルー的な?)
それよりももっと深刻なようだが、こうなってしまっては、口で何を言ったところで気持ちが晴れることもないだろう。
メリーエルはアロウンに張り付かれているユリウスに視線を向けたが、彼は超がつくほどの不機嫌で、助言を求められる状況ではない。
メリーエルは自分用の紅茶に蜂蜜を落として口をつけながら、どうしたものかと考えた。
別に――、わたしには関係ないわよと突っぱねたっていい。さすがにこれは不敬罪に当たらない、はずだ。でも、どうしてか放っておけなくて、メリーエルもため息をついた。
「マリアベル姫に会うのは、いつなの?」
「結婚式の一週間前だ」
「一週間……」
婚約者の姫を愛せるかどうか考えるには、あまりに短い。結婚までもあと一か月しかないが――、それまで顔も合わせたことがないなんて。偉い人の考えることなんてメリーエルにはわからないが、政略結婚とはこんな扱いなのだろうか。本人たちの気持ちは、関係なく進められていくものなのか。
(なんか……、かわいそうね)
シュバリエのことは突飛な考えに行きつく少々風変りな王子だとは思うが――、結婚するからには相手のことを愛したいと考えるあたりは、まだまともなのだろうか? やり方は問題があるけれど。
「会ってみたらどう?」
「会う?」
「そ。マリアベル姫に。こっそりと会いに行ってみたら? 実際見てから考えてもいいんじゃないかしら。まだ、一か月あるんだし、何かいい案が浮かぶかも?」
まだ、ではなく、もう一か月しかないのだが、シュバリエの気持ちが少しでも軽くなるように、楽観的に言ってみる。
「しかし……、実際に会ってみて、無理だと思ったらどうする?」
「そんなもの、会う前から考えたって仕方ないじゃない」
メリーエルに政略結婚はわからないが、少なくとも、この王子はマリアベル姫を好きになる「努力」はしそうだ。外見に無理があっても、最悪なことにはならない気がするのだが、どうしてこうもうしろ向きなのだろう。
会ってみて、マリアベル姫が話のわかりそうな姫だったら、いっそ洗いざらいぶちまけて二人で考えればいいと思うのだ。お互いに断れない結婚なのなら、そうするのが一番建設的だと思うのだが、どうしてそれができないのだろう。
ユリウスには「そんなに簡単な問題じゃない」と馬鹿にされるだろうが、ユリウスは今アロウンを引きはがすことに忙しいので何も言わない。
シュバリエは難しい顔のまま、ティーカップに口をつけた。
どうやらメリーエルの案はお気に召さなかったらしく、難しい顔で考え込んだまま何も言わない。
メリーエルはやれやれと嘆息した。
(こういうのって、きっとおせっかいって言うんだろうけど……)
不本意ではあるが、関わってしまった以上、突き放して追い返すことはどうしてもできない。
メリーエルは紅茶を飲み干して、ダン! とティーカップをテーブルにたたきつけた。
「いいわ! じゃあ、わたしがかわりに会いに行ってくる!」
そして、マリアベル姫に事情を説明してくればいいのだ。王子が動かないのだから、これしかない。
我ながらいい案だとほくそ笑むメリーエルに、アロウンを引きはがそうとしていたユリウスは、はーっと大きく息を吐きだした。
「また……、余計なことを……」
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