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王子様の憂鬱
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メリーエルはリビングで本と睨めっこを続けていた。
前回のダイエット薬は失敗に終わり、次に作る薬は決まっていない。
(材料、もうほとんどないしなぁ)
いつぞやの爆発で魔法薬の材料の大半を炭にしたメリーエルは肩を落とす。
材料を吹き飛ばしてしまったがために、作られるものも限られるのだ。そして、残った材料で、何かいいものを――と本を読み漁ってみるのだが、なかなかいいものがない。
(光水……)
植物に与えれば、葉や花が夜に発光してランプがわりに使えるという、なかなか役に立つ魔法薬だ。メリーエル的には面白みは全然ないが――実験しようがない――、これならば需要もあるし売れるだろう。
そろそろ金も底をついて来たし、何かを売りさばいて稼ぐ必要がある。
(なになに、材料は――、龍の鱗か)
メリーエルは本から顔をあげて、先ほどからせっせとテーブルを拭いているユリウスを見やった。
龍の鱗は、なかなか手に入れることのできない貴重な材料だが、幸いなことにここに龍がいる。こっそり一枚はがしたところで気づかれないだろう。
そこまで考えて、ユリウスは何か特別なことがない限りずっと人の姿ですごしていることを思い出し、心の中で舌打ちした。
龍の姿に戻れと言えば、絶対に怪しまれる。鱗を引っぺがそうとしているとわかれば、間違いなく雷が落ちるだろう。
前回のアロウン事件でこっぴどく叱られたメリーエルは身震いした。
(光水は……、あきらめよう)
作っても面白くなさそうな魔法薬だ。そのためにユリウスに説教されるのはリスクが高すぎる。
そして再び、何かないかと本に視線を落としたときだった。
「メリーエル!」
突然、リビングの扉が開け放たれた。
ぽかぽかと気持ちいいくらいに温められた部屋に、扉から冷気が流れ込んでくる。
メリーエルは首をすくめて振り返り、げっと顔をしかめた。
時季外れなのにどこから手に入れてきたのか、そこには真っ赤な薔薇の花束を抱えた蛇の一族の長――アロウンが立っていた。
金色の長い髪はキラキラと光り輝いて背に流れ、赤い瞳はメリーエルを見つけて、とろけんばかりに甘い色をたたえている。
つい三週間前に、全然売れなかったダイエット薬の原型である、筋肉も脂肪も溶かして貧相になってしまう薬を盛ったアロウンだ。
矜持なのかどうかは知らないが、あっという間に自力でガリガリの姿から元の姿に戻った美丈夫は、メリーエルに薔薇の花束を渡すと、花束ごとメリーエルを抱え上げた。
「わが花嫁よ! 迎えに来たぞ」
なぜかメリーエルを一目で気に入ったアロウンは、この三週間、暇を見つけてはメリーエルの元に訪れる。
最初は悲鳴を上げてユリウスの背にしがみついていたメリーエルだったが、どうやらさほど害がないとわかると、彼の「花嫁」という言葉も聞き流せるようになった。
「行かないわよ」
きっぱり告げると、アロウンが肩を落とす。
「まだ駄目なのか」
アロウンはメリーエルを抱えたまま椅子に座った。
メリーエルはその体勢にも慣れっこで、薔薇の花束をテーブルの上におくと、再び本を手に取った。
「アロウン、そろそろ花の置き場がなくなるから、やめてほしいのだが」
ユリウスがため息をつきながら、薔薇の花束を持って行く。アロウンから贈られた花は、邸のあちこちに生けられて、今や邸の中は花だらけだ。どういう魔法か、一向に枯れないのだから増える一方なのである。
メリーエルは本から顔をあげると、ユリウスの意見に賛同した。
「そうよ、そろそろ薔薇の香りで鼻がひん曲がりそうよ。どうせくれるなら、もっと役に立ちそうなものがいいわ」
「たとえば?」
「そうね……。珍しい魔法薬の材料とか」
「珍しい、ねぇ……」
アロウンはふと考え込み、そう言えばと口を開く。
「ルノディック国の山間の崖に、三年ぶりに光苔が群生しているらしいぞ」
光苔とは、その名の通り夜になると淡い緑色に光る苔だ。メリーエルは手元の本の中に光苔を使った魔法薬が載っているページがあったはずだと視線を落とす。
光苔を使った魔法薬は何種類もあるが、中でもメリーエルが一度作ってみたいと思っていたものは、飲めば、周りの人間には姿が見えなくなる薬だった。
(透明人間っていいわよね……。悪戯し放題)
メリーエルは途端にその光苔がほしくなった。
しかし、メリーエルの表情と、開かれている本のページを覗き込んだユリウスが、すぐさま「却下だ」と告げる。
「まだ何も言ってないじゃない!」
「お前の考えていることなどすぐにわかる。透明になってあちこちで悪戯や実験をしようと思っているんだろう。却下だ」
「なんでよ!」
「お前みたいなのを自由にすると、ろくなことにならないからに決まっているだろう」
ユリウスがもっともらしく言うので、メリーエルはぷくっと頬を膨らませる。
アロウンは拗ねているメリーエルを愛おし気に見つめて、その頬を指先でぷにぷにとつつきはじめた。
「私ならばお前がしたいことは何でもさせてやるし、叶えてやるぞ? どうだ、嫁に来たくなっただろう」
「アロウン。メリーエルを甘やかすのはやめてくれ」
ユリウスはそう言うものの、まだぷっくりと不貞腐れているメリーエルを見て肩をすくめて、午前中に作り置きしていたプリンを準備しはじめる。
昨日、メリーエルが食べたいと言っていた蜂蜜プリンだ。
頬を膨らませたメリーエルは、くんくんと鼻を動かして、プリンの匂いを嗅ぎつけると、現金なもので、ぱっと顔を輝かせた。
いそいそとアロウンの膝から降りてテーブルにつくメリーエルにユリウスは苦笑する。
「甘やかすなと、どの口が言うんだか……」
アロウンはぼそりとつぶやいて、当然自分のものも出てくるはずだとメリーエルの隣に腰を下ろした。
アロウンは目の前に出てきたプリンをスプーンですくいながら、
「ルノディック国と言えば、近々第一王女が結婚するらしいな」
と言った。
蛇のくせに、どうして人の国の事情に詳しいんだとメリーエルがあきれ半分で感心していると、そのあとを龍の王子が引き継いだ。
「ああ、結婚相手はこの国の第三王子だろう」
「……」
メリーエルはスプーンを口にくわえたまま、蛇と龍は人の国の王族の結婚がそれほど珍しいのかと思う。
アロウンはメリーエルがそんなことを思っているとは露知らず、面白そうに続けた。
「このまま何事もなく、無事に結婚式がすむといいがな」
その、含みのありそうな一言に、メリーエルは小さく首を傾げたが、アロウンはそれ以上続けずに、もくもくとプリンを食べはじめる。
(ま、わたしには関係のない話ね)
メリーエルはユリウスが作った絶品プリンを、大口を開けて頬張った。
前回のダイエット薬は失敗に終わり、次に作る薬は決まっていない。
(材料、もうほとんどないしなぁ)
いつぞやの爆発で魔法薬の材料の大半を炭にしたメリーエルは肩を落とす。
材料を吹き飛ばしてしまったがために、作られるものも限られるのだ。そして、残った材料で、何かいいものを――と本を読み漁ってみるのだが、なかなかいいものがない。
(光水……)
植物に与えれば、葉や花が夜に発光してランプがわりに使えるという、なかなか役に立つ魔法薬だ。メリーエル的には面白みは全然ないが――実験しようがない――、これならば需要もあるし売れるだろう。
そろそろ金も底をついて来たし、何かを売りさばいて稼ぐ必要がある。
(なになに、材料は――、龍の鱗か)
メリーエルは本から顔をあげて、先ほどからせっせとテーブルを拭いているユリウスを見やった。
龍の鱗は、なかなか手に入れることのできない貴重な材料だが、幸いなことにここに龍がいる。こっそり一枚はがしたところで気づかれないだろう。
そこまで考えて、ユリウスは何か特別なことがない限りずっと人の姿ですごしていることを思い出し、心の中で舌打ちした。
龍の姿に戻れと言えば、絶対に怪しまれる。鱗を引っぺがそうとしているとわかれば、間違いなく雷が落ちるだろう。
前回のアロウン事件でこっぴどく叱られたメリーエルは身震いした。
(光水は……、あきらめよう)
作っても面白くなさそうな魔法薬だ。そのためにユリウスに説教されるのはリスクが高すぎる。
そして再び、何かないかと本に視線を落としたときだった。
「メリーエル!」
突然、リビングの扉が開け放たれた。
ぽかぽかと気持ちいいくらいに温められた部屋に、扉から冷気が流れ込んでくる。
メリーエルは首をすくめて振り返り、げっと顔をしかめた。
時季外れなのにどこから手に入れてきたのか、そこには真っ赤な薔薇の花束を抱えた蛇の一族の長――アロウンが立っていた。
金色の長い髪はキラキラと光り輝いて背に流れ、赤い瞳はメリーエルを見つけて、とろけんばかりに甘い色をたたえている。
つい三週間前に、全然売れなかったダイエット薬の原型である、筋肉も脂肪も溶かして貧相になってしまう薬を盛ったアロウンだ。
矜持なのかどうかは知らないが、あっという間に自力でガリガリの姿から元の姿に戻った美丈夫は、メリーエルに薔薇の花束を渡すと、花束ごとメリーエルを抱え上げた。
「わが花嫁よ! 迎えに来たぞ」
なぜかメリーエルを一目で気に入ったアロウンは、この三週間、暇を見つけてはメリーエルの元に訪れる。
最初は悲鳴を上げてユリウスの背にしがみついていたメリーエルだったが、どうやらさほど害がないとわかると、彼の「花嫁」という言葉も聞き流せるようになった。
「行かないわよ」
きっぱり告げると、アロウンが肩を落とす。
「まだ駄目なのか」
アロウンはメリーエルを抱えたまま椅子に座った。
メリーエルはその体勢にも慣れっこで、薔薇の花束をテーブルの上におくと、再び本を手に取った。
「アロウン、そろそろ花の置き場がなくなるから、やめてほしいのだが」
ユリウスがため息をつきながら、薔薇の花束を持って行く。アロウンから贈られた花は、邸のあちこちに生けられて、今や邸の中は花だらけだ。どういう魔法か、一向に枯れないのだから増える一方なのである。
メリーエルは本から顔をあげると、ユリウスの意見に賛同した。
「そうよ、そろそろ薔薇の香りで鼻がひん曲がりそうよ。どうせくれるなら、もっと役に立ちそうなものがいいわ」
「たとえば?」
「そうね……。珍しい魔法薬の材料とか」
「珍しい、ねぇ……」
アロウンはふと考え込み、そう言えばと口を開く。
「ルノディック国の山間の崖に、三年ぶりに光苔が群生しているらしいぞ」
光苔とは、その名の通り夜になると淡い緑色に光る苔だ。メリーエルは手元の本の中に光苔を使った魔法薬が載っているページがあったはずだと視線を落とす。
光苔を使った魔法薬は何種類もあるが、中でもメリーエルが一度作ってみたいと思っていたものは、飲めば、周りの人間には姿が見えなくなる薬だった。
(透明人間っていいわよね……。悪戯し放題)
メリーエルは途端にその光苔がほしくなった。
しかし、メリーエルの表情と、開かれている本のページを覗き込んだユリウスが、すぐさま「却下だ」と告げる。
「まだ何も言ってないじゃない!」
「お前の考えていることなどすぐにわかる。透明になってあちこちで悪戯や実験をしようと思っているんだろう。却下だ」
「なんでよ!」
「お前みたいなのを自由にすると、ろくなことにならないからに決まっているだろう」
ユリウスがもっともらしく言うので、メリーエルはぷくっと頬を膨らませる。
アロウンは拗ねているメリーエルを愛おし気に見つめて、その頬を指先でぷにぷにとつつきはじめた。
「私ならばお前がしたいことは何でもさせてやるし、叶えてやるぞ? どうだ、嫁に来たくなっただろう」
「アロウン。メリーエルを甘やかすのはやめてくれ」
ユリウスはそう言うものの、まだぷっくりと不貞腐れているメリーエルを見て肩をすくめて、午前中に作り置きしていたプリンを準備しはじめる。
昨日、メリーエルが食べたいと言っていた蜂蜜プリンだ。
頬を膨らませたメリーエルは、くんくんと鼻を動かして、プリンの匂いを嗅ぎつけると、現金なもので、ぱっと顔を輝かせた。
いそいそとアロウンの膝から降りてテーブルにつくメリーエルにユリウスは苦笑する。
「甘やかすなと、どの口が言うんだか……」
アロウンはぼそりとつぶやいて、当然自分のものも出てくるはずだとメリーエルの隣に腰を下ろした。
アロウンは目の前に出てきたプリンをスプーンですくいながら、
「ルノディック国と言えば、近々第一王女が結婚するらしいな」
と言った。
蛇のくせに、どうして人の国の事情に詳しいんだとメリーエルがあきれ半分で感心していると、そのあとを龍の王子が引き継いだ。
「ああ、結婚相手はこの国の第三王子だろう」
「……」
メリーエルはスプーンを口にくわえたまま、蛇と龍は人の国の王族の結婚がそれほど珍しいのかと思う。
アロウンはメリーエルがそんなことを思っているとは露知らず、面白そうに続けた。
「このまま何事もなく、無事に結婚式がすむといいがな」
その、含みのありそうな一言に、メリーエルは小さく首を傾げたが、アロウンはそれ以上続けずに、もくもくとプリンを食べはじめる。
(ま、わたしには関係のない話ね)
メリーエルはユリウスが作った絶品プリンを、大口を開けて頬張った。
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