上 下
13 / 64
金色の蛇は魔女がお好き?

1

しおりを挟む
「なんだったのよあれは――!」

 メリーエルはぷりぷりと怒りながら、べしべしと銀色の鱗を叩いた。

「なんなのあの女っ! いきなり火の玉投げつけてくるとか、意味がわかんないっ」

「わかった! わかったから叩くな!」

 龍の姿に戻ったユリウスは、背中にメリーエルを乗せてはるか上空をゆったりと飛行中だ。

 メリーエルは先ほどから、怒り任せにユリウスの鱗に覆われた背中をべしべしと叩いている。

「あいつのおかげで! 薬の効果も確かめられなかったじゃないの!」

 突然キャロット亭に飛び込んできた銀髪をツインテールにした少女は、メリーエルを見るなりいきなり火の玉で攻撃してきたのだ。

 魔法薬を作るのは得意だが魔力はからきしのメリーエルは、当然のことながらそんなものをぶつけられてはひとたまりもないが、幸い店にいたユリウスによって助けられて、こうして空の上に逃げたというわけだ。

 それにしても、真冬の上空は死にそうなほどに寒い。

 凍えるような寒さが油となってメリーエルの怒りに注がれて、国境の山奥にある自宅に到着するまで、メリーエルはひたすらユリウスの背中を叩き続けた。

 邸に到着すると、ユリウスが火を入れたリビングの暖炉の前に毛布をかぶって座って、メリーエルはじっとりとユリウスを見上げる。

「あの女、どこかユリウスに似ていたわよ!」

 ホットミルクを両手に抱え持ってメリーエルがユリウスを見上げれば、彼は気まずそうについと視線をそらした。

 それだけで、あの失礼な銀髪の少女はユリウスの知り合いだと理解したメリーエルは、「あの女誰よ」と低く訊ねる。

 まるで浮気を問い詰められた夫のように視線を彷徨わせるユリウスが、「温かいスープでも作ってやろうか」とあからさまに話を逸らせようとするが、メリーエルは騙されなかった。

「わたしは! 危うく! 死ぬところだったの!」

「助けてやっただろ?」

「そういう問題じゃない!」

 ぐいっとホットミルクを飲み干したメリーエルが、床の上にドン! とカップを叩きつけると、「割れる……」と小さくつぶやいたユリウスが諦めたようにため息をついた。

「あれは……、俺の従妹のナナリーだ」

「いとこぉ?」

 八つ当たりされた破壊される前にと、ユリウスはカップを片付けながら、「そうだ」と小さく頷く。

「ってことは、あいつも龍の王族!?」

「まあ……、そう言うことになるな」

「いきなり火の玉投げつけてくるのが王族!?」

「……まだ幼いんだ」

「そう言う問題!? しかも泥棒魔女って言われたわよ! まだ何も泥棒してないわよ!」

「まだってなんだ、まだって」

 ユリウスは嘆息するも、今回は分が悪いと思っているらしくメリーエルの怒りを素直に受け止めている。きーきー騒ぎ立てるメリーエルに静かに相槌を打ちながら、彼は暖炉に新しい薪を放り込んだ。

 パチパチと薪が爆ぜる音がして、部屋の温度が上昇してくると、メリーエルはかぶっていた毛布を脱ぎ捨てて立ち上がる。

 メリーエルの機嫌を取るためか、作り置きしているクルミ入りのクッキーを棚から取り出したユリウスが紅茶を煎れはじめると、その香りにつられたように、メリーエルは椅子についた。

「それで、あんたの従妹がどうしてわたしに火の玉を投げつけてきたのよ?」

 こぽこぽとユリウスがティーカップに紅茶を注ぐのを見つめながら、メリーエルはクッキーを一枚口に入れる。

 紅茶に砂糖を落として、メリーエル好みの甘さにしながら、ユリウスが肩をすくめた。

「ナナリーはお前に恨みがあるんだ。……俺が、お前のところに行くと言ったときに泣きわめいていたからな。ナナリーが生まれたときから世話をしていたせいか、あいつは特に俺に懐いているんだ」

「――は?」

 メリーエルはごくんとクッキーを胃に押し込める。

「ちょっと待ってよ。それって全然わたし悪くないじゃない! あんたがわたしのところに来たのだって、わたしが脅したわけでも連行したわけでもないでしょ!」

 勝手に来たんじゃないの――、とメリーエルは声を荒げる。

 ユリウスはメリーエルに紅茶を差し出して、

「残念ながら、ナナリーはそう思っていない……」

 とぼそりと答えた。

「つまり、何? わたしは身に覚えもないことであいつに恨まれてて、だからいきなり攻撃されたと? それで危うく死ぬところだった? ふざけんなーっ!」

「わかった、わかったから落ち着け。紅茶でも飲んで――ってもう飲んだのか」

 ユリウスが言う前に、適温に冷まされていた紅茶を一気飲みしたメリーエルが、無言でティーカップをユリウスにつきつける。

 ユリウスは同じく無言で紅茶を注ぎたすと、ばりばりとやけ食いのようにクッキーを口にしているメリーエルに差し出した。

「とにかく、俺はこれからナナリーを探して国に帰らせてくるから」

「当然ね。野放しにして置いたら、またわたしが狙われ――」

「――もう遅かったらしいな」

 鼻息荒くさっさと国に連れ帰れと言いかけたメリーエルだったが、こめかみをおさえながらユリウスがつぶやいた一言に口元をひきつらせた。

 直後、ドーンッという大きな音が、邸の上の方から響いてきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄?王子様の婚約者は私ではなく檻の中にいますよ?

荷居人(にいと)
恋愛
「貴様とは婚約破棄だ!」 そうかっこつけ王子に言われたのは私でした。しかし、そう言われるのは想定済み……というより、前世の記憶で知ってましたのですでに婚約者は代えてあります。 「殿下、お言葉ですが、貴方の婚約者は私の妹であって私ではありませんよ?」 「妹……?何を言うかと思えば貴様にいるのは兄ひとりだろう!」 「いいえ?実は父が養女にした妹がいるのです。今は檻の中ですから殿下が知らないのも無理はありません」 「は?」 さあ、初めての感動のご対面の日です。婚約破棄するなら勝手にどうぞ?妹は今日のために頑張ってきましたからね、気持ちが変わるかもしれませんし。 荷居人の婚約破棄シリーズ第八弾!今回もギャグ寄りです。個性な作品を目指して今回も完結向けて頑張ります! 第七弾まで完結済み(番外編は生涯連載中)!荷居人タグで検索!どれも繋がりのない短編集となります。 表紙に特に意味はありません。お疲れの方、猫で癒されてねというだけです。

私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル
ファンタジー
旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。 【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】 地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。 同じ状況の少女と共に。 そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!? 怯える少女と睨みつける私。 オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。 だったら『勝手にする』から放っておいて! 同時公開 ☆カクヨム さん ✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉 タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。 そして番外編もはじめました。 相変わらず不定期です。 皆さんのおかげです。 本当にありがとうございます🙇💕 これからもよろしくお願いします。

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

処理中です...