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魔女は根にもつ生き物です

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 メリーエルはずり落ちそうになる丸眼鏡を押し上げて、小さく鼻歌を歌いながら、ジョッキを二個持ってテーブルへと向かっていた。

(ふふん! 今のところお皿は一枚も割っていないわよ!)

 この場にユリウスがいたら胸を張って自慢してやりたい――、と店の中に実はユリウスがいることに気がついていないメリーエルは思う。

 ジョッキの中から多少麦酒ビールが零れているが、この程度はご愛敬だろう。落として割っていないのだから許されるはずだ。

 先ほどからお客さんに「かわいい」「かわいい」と言われてご機嫌のメリーエルは、特製の魔法薬入りの麦酒のジョッキを、どん! と近衛隊の兵士たちの座るテーブルの上においた。

 ジョッキを持ち上げたときの二の腕の盛り上がる筋肉が暑苦しいなぁと心の中で思いながらも、にこにこと微笑んで「おいしい?」と訊いてみる。

 麦酒を飲んだ兵士は一瞬「うん?」と変な顔をしたが、メリーエルに微笑まれて、へらっと笑み崩れた。

「酒を変えたのかな? いつもより少し苦いけどおいしいよ」

「本当? お酒のことはよくわかんないけど、おいしいならいいわ!」

「ははは、お嬢ちゃんはかわいいなぁ。俺にもお代わりをくれよ」

「俺も」

「俺にも!」

「まいどどーもぉ! 一度に二個しか持てないから、順番に持ってくるわねー」

 メリーエルはふふっと笑いながら上機嫌で麦酒を取りに店のカウンターへ戻る。

 ジョッキに麦酒を注いで、誰も見ていないか確かめてこっそり魔法薬を数滴たらして、鼻歌を歌いながら兵士たちの元へ。

(なんてちょろいのかしらー?)

 魔法薬の効き目が出るのは飲んでから数十分かかるので、そのうちにできるだけ配ってしまおうと、メリーエルはせっせとお酒を勧めて回る。

 兵士たちはいい飲みっぷりでジョッキを次々にあけていくし、これはいいデータが取れそうだ。

 メリーエルがほくそ笑みながら、兵士たちの座るテーブルに七往復目となる酒をもって行った時だった。

「う……っ」

 店のカウンターに一番近いところに座っていた兵士の一人が突然うめいたかと思うと、真っ青な顔で腹をおさえてうずくまった。

(あら、思ったより早かったわね)

 メリーエルが店の時計を見て、男が飲んだ魔法薬の量を計算している間に、青い顔をした男がものすごい速さで店のトイレへと飛んでいく。

(うーん、一番初めに飲んでから二十分程度……、量は……)

 メリーエルがのんびりと考えているうちに、また一人、二人とトイレに駆け込んでいき――

「ねえ、ねえってば」

 時計を見つめたまま考え込んでいたメリーエルは、キャロット亭のアルバイト仲間のドロシーに話しかけられて顔をあげた。

「ねえ、あそこのテーブルの人たち、様子がおかしくない?」

「え?」

 メリーエルはドロシーに言われて近衛隊が座っていたテーブルに視線を向けると、そのテーブルのはすでに誰も座っておらず、トイレの方から「早くしろ!」「腹が痛い!」という叫び声が響いている。

(あらあらあら……)

 メリーエルは店の裏にあるトイレから響いてくる悲鳴にも似た叫び声に思わず吹き出しそうになるが、さすがに店の中で笑い転げるわけにもいかずぐっと我慢して、ドロシーに微笑みかけた。

「そうね……、どうしたのかしらね?」

「どうしよう、食事が痛んでいたのかしら?」

「あら、でも、ほかのテーブルのお客さんも同じものを食べているけど、平気そうよ? ここに来る前に、何か変なものでも食べたんじゃない?」

 メリーエルは空っとぼけながら、内心でぺろっと舌を出す。

 そして、隙を見てトイレに薬の効果を見に行こうと思っていた、その時だった。

 バァン! と大きな音を立てて、キャロット亭の扉が開いたかと思えば、銀色の髪をツインテールにした十五歳くらいの少女が店に飛び込んできた。

(うん? どこかで見たような顔……)

 少女の顔を見て首を傾げたメリーエルと少女の視線が、パチリとあう。

 メリーエルを見た少女の口端がニィッとつり上がり――

「まずい! 逃げろメリーエル!」

 どこかで聞いたような声がメリーエルの耳を打ったその瞬間、

「見つけたわよ―――ッ! この、泥棒魔女ッ!」

 少女の掲げた手の中に火の玉が浮かび上がり。



 ドオオオオン!



 爆発した。
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