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犯人捕縛作戦 4

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「調べた結果、あの人形は呪術具を扱う店で売られてはいましたが、特殊な魔術がかかっているわけではありませんでした。ただの飾りです」
「あんなものを飾りたい人間がこのモモンガのほかにいるのか……」

 翌日の昼休み。
 さっそく陶器人形のことを調べてきたウォルターの報告に、ライオネルは微妙な顔をして、見本として買ってきてもらった陶器人形をにこにこと見つめているエイミーを見た。

「殿下殿下、これを見本に、わたしのはピンクで殿下のは青にしてもらいましょう!」
「やめろそれに色を付けたらさらに気持ち悪いことになる!」
「でもー、素焼きのままだと味気ないですよ?」

 素焼きのままの茶色い人形に、エイミーはむーっと頬を膨らませる。

「色を付けたほうが絶対可愛いです」
「だめだ」
「じゃあせめて、首のところにリボンを巻きましょうよ」
「……この寸胴人形のどこに首がある」
「ここですここ。ここが首ですよ!」

 エイミーは必死になって陶器人形の顔の下を指さすが、ライオネルの目には、そこに首はなく、顔の下にすぐに胴体がくっついているようにしか見えなかった。
 ウォルターは苦笑して、報告を続けた。

「一応、あの人形は魔除けの一種らしいですよ」
「魔除けじゃなくて魔物の間違いじゃないのか」
「店主によれば、東の国の魔除け人形を模して作ったらしいです。ただ、別に魔除けとして売っているわけではなく、ただの置物として販売していたみたいですが。意外と好事家たちが買っていくらしいですよ」
「……これを?」
「まあ、芸術と奇妙は紙一重と言いますからね」
「芸術……」

 これを芸術と思う人間の感覚はおかしいのではないかとライオネルは本気で思ったが、すぐ横で嬉しそうに人形を抱えているエイミーがいるので口には出さなかった。

(エイミーはモモンガの感覚だから仕方がないと思ったが、意外とほかにもあれがいいと思う人間がいるのか……)

 ライオネルは王子で、城でずっと生活していたため、芸術品は見慣れている。だからどうしてもあれを「芸術」の枠に入れるのは嫌だったが、世の中には「芸術」の枠が非常に広い人間もいるらしい。

(まあいい、とりあえずあれは置いておこう)

 エイミーも、しばらくあの奇妙な陶器人形遊びに夢中になっているはずだから放置でいい。リボンを巻くだの服を着せるだの言っているが、色を付けられるよりはまだましだ。なぜならリボンも服も取り外せるからである。

「それで、あの変な人形を買っていった人間は調べられたのか?」
「ここ一か月ほどでこれを買いに来た人間の中で、店主が記憶している人間は教えていただきましたが、店主は購入者の名前まで聞きませんからね。見た目と、金持ちそうかそうでないかくらいしか覚えていませんでした」
「つまり、収穫なしか……」
「すみません。もっと絞り込めると思ったんですが……意外と売れていたというのが盲点でした」
「そうだな。俺もあれを買う人間が何人もいるとは思わなかった」

 ライオネルはエイミーが用意してくれたお茶に口をつけながら考える。

「二年三組に在籍している生徒の動きについてはどうだ」
「今のところこれと言って不思議な行動はないみたいですね。一応、これが昨日の二年三組の生徒の行動履歴の一覧です」
「引き続き調べておいてくれ」
「わかりました」

 ウォルターから渡された二年三組の行動履歴を見ていると、人形遊びに満足したらしいエイミーが、とことこと隣にやってくる。
 そしてぺったりとライオネルにくっついて、行動履歴の一覧を覗き込んだ。

「どうかしたか?」

 一覧をじーっと見つめたまま何も言わないエイミーにライオネルは怪訝がった。
 エイミーは「うーん……」と考え込むように唸ってから、顔を上げた。

「これとは別に、ほしいものがあります」
「ほしいもの?」
「はい。二年三組に在籍している方たちが、なんの部活動に所属しているかの一覧です」
「部活動……? そんなものどうする? 何かの役に立つのか?」
「役に立つかどうかは、見てみないとわかりません」

 どうやらエイミーには何か考えがあるらしい。

(まあこいつは、話が通じないところはあるが、頭はいいからな)

 ライオネルが思いつかない何かを思いついたのかもしれない。

「ウォルター、用意できそうか?」
「今日の放課後までには」
「そうか、助かる」
「ありがとうございます、ウォルターさん! あ、今は先生ですね!」

 エイミーはパッと笑って、それからさっきまで遊んでいた陶器人形をライオネルに差し出した。

「これ、殿下に差し上げます」
「…………」

 ライオネルは一瞬、嫌がらせだろうかと真剣に考えそうになったが、エイミーは心の底からこれを可愛いと思っているようなので違うはずだと思いなおす。

「……それ、気に入ったんじゃないのか?」
「はい!」
「じゃあお前が持っていたらどうだ?」
「大丈夫です! これをもとにした特注人形は、ちゃんとお揃いで作ります!」
(どっちも、心の底からいらないんだが……)

 しかし、いらないといったらエイミーが傷つくかもしれない。
 ライオネルは渋々陶器人形を受け取ると、引きつった笑みを浮かべた。

「……ありがとう」
「はい! 肌身離さず持っていてくださいね!」
(これを、肌身離さず……)

 やっぱりこれは嫌がらせではあるまいか。
 ライオネルは喉元まで出かかった言葉を、何とか胃の中に押し込んだ。



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