上 下
35 / 43

犯人捕縛作戦 1

しおりを挟む
「…………おい」
「あと十秒」
「さっき五秒って言っていなかったか⁉」

 エイミーの頭上から、ライオネルの「はー」っという長いため息が落ちてきた。
 そこにはあきれ返った響きしかないのに、エイミーはそれが嬉しくて仕方がなかった。
 だって、口では文句を言っても、前みたいに押しのけようとしたりしないから。

(ふふ、幸せ……。殿下、いい匂い……)

 ライオネルにぎゅーっと抱き着いて大好きな香りを胸いっぱいに吸い込んでいると、ライオネルが諦めたようにぽんぽんとエイミーの頭を叩いた。

「もういい、このまま話を続けるぞ」

 週末の今日、エイミーとライオネルはカニング侯爵家のエイミーの部屋で、犯人捕縛計画を煮詰めていた。
 だが、せっかく両想いになれたのに、無粋な話ばかりでは味気ないし面白くない。
 だから隙を見てエイミーはライオネルに抱き着いてみたのである。

(両想いってすごい。幸せ……!)

 侍女のスージーも気を利かせて部屋を出て行ってくれたので、今はライオネルと二人きりだ。

「お前が過去に狙われた場所では玄関と中庭が圧倒的に多い。しばらく初級魔術の授業は座学のみになるから校庭はカウントしなくていいだろう……って、おい、聞いているか?」
「聞いてます」

 ライオネルの胸に顔をうずめてにへらっと笑うエイミーに、ライオネルがこめかみをもんだ。

「聞いているならいいが……、とにかく、玄関と中庭に、魔術師に追跡魔術を張らせておく。こちらはウォルターが指示を出しているから任せておけばいいだろう」

 今回張られる追跡魔術は、その場で魔術が発動された際に、使用者を特定するためのものだ。相手に気づかれず、けれども魔術を行使したものがどこにいるのかを調べるため、学園内、および周辺の地図に反応が出るようにするそうだ。地味な魔術ではあるが非常に高度なため、相手に悟られずにこの魔術を行使するのはエイミーやライオネルでは難しい。
 そしてエイミーに悪質な嫌がらせをしていた犯人の特定ができれば、そこから、他の誰かとつながりがあるのかどうかを調べていく。
 犯人捕縛に移るのは、それらをすべて調べてからになるので、エイミーはしばらく何も知らない囮役として今まで通り生活しておく必要があった。

「いいか、さっき渡したブレスレットは肌身離さずつけておけよ」

 囮のエイミーに危険が及んではいけないので、ライオネルは先ほど防御魔術を組み込んだブレスレットをプレゼントしてくれた。
 万が一エイミーが頭上から降ってくる物体をよけきれなかったとしても、このブレスレットに組み込まれた防御結界が発動してエイミーを守ってくれる。

「それから、学園の警備員の中に城の魔法騎士を数名潜り込ませておく」
「気づかれませんか?」
「その辺はうまくやるから大丈夫だ。もともと俺が在籍中は俺の従者が学園で仕事をすることになっている。今のところウォルターだけを入れていたが、大人数でなければ増えても疑問は持たれないだろう。……それはそうともう十秒はとうに過ぎたぞ。いい加減匂いを嗅ぐのをやめろ」
「まだくっついていたいです」
「くっつくにしてもこの体勢だと疲れるだろうが」
(ん?)

 エイミーはライオネルにぴたっとくっついたまま首をひねった。その言い方だと、くっつくこと自体は問題ないように聞こえる。
 あのライオネルが、くっつくのはダメじゃないと思っているということだろうか。
 びっくりして顔を上げると、ライオネルがちょっと赤い顔をして、それから突然、エイミーをひょいと抱え上げると、自分の膝の上に横抱きにした。

「――! ――! ――‼」

 エイミーは目を白黒させた。声にならない歓喜の叫びが、頭の中でリーンゴーンという鐘の音とともに響いている。
 叫んで部屋の中を走り回りたい衝動に駆られたが、ライオネルにお膝抱っこされているという奇跡の瞬間を手放すのは非常に惜しい。
 ぷるぷると震えていると、ライオネルが怪訝そうな顔をした。

「どうした?」
「感動と歓喜と興奮と、それから叫んで踊り狂いたい衝動に打ち震えています……!」
「……お前のモモンガ語は健在なんだな、意味がわからん。嫌なら下すが……」
「嫌じゃないです死んでもおりません一生このままでいいです‼」
「一生は俺が困る‼」

 おろされてなるものかとエイミーはひしっとライオネルに抱き着いた。
 どうあっても抱き着くのか……とげんなりした顔をして、ライオネルが話を続ける。

「それから、お前はシロだと言ったが、念のためシンシア・モリーンにも見張りをつける。いいな?」
「わかりました」

 エイミーはシンシアが犯人ではないと確信しているが、この状況下ではエイミーの側にいる時間が長いシンシアが監視対象に上がるのは仕方がない。

(シンシアには全部終わったら謝らなきゃ。それから殿下と両想いになれたことも、終わったら報告しないとね!)

 本当はライオネルに好きだと言われたその日に叫んでシンシアに報告したかったが、この件が片付くまで余計なことは言えないと我慢していたのだ。

「この件に関する作戦は今のところ以上だが……そう言えばエイミー、お前、あれから歌の練習はしているのか?」
「歌?」
「城で歌の特訓をしてやっただろうが! 音楽祭は十日後だぞ!」
「そのことですね! 大丈夫ですよ! ばっちりです!」
「……本当だろうな」
「はい! 当日はわたしの歌声で殿下をメロメロにして見せます!」
「音楽祭は合唱だ、お前の独唱じゃない!」
「愛があればわたしの声だけを聴きとることが可能ですよ!」
「そんなわけあるか! いいか、間違っても一人だけ大声で歌おうとするなよ? むしろ小さい声で他に紛れるように歌え! 練習時は大丈夫だったが、当日に万が一ってこともあるかもしれないからな! わかったな⁉」
「えー……」

 エイミーは納得できずにむーっと口をとがらせる。

「わたし、殿下のために歌いたいです」
「……頼むからそれは、城の防音室で二人きりのときだけにしてくれ」
「つまり、わたしの歌声は誰にも聞かせたくないと?」
「なんでそうな――ああもういい、そう言うことにしてくれていいから、頼むから、俺の前以外で歌うな。いいな?」
「はい!」

 ライオネルはエイミーの歌が独り占めしたかったのかと、エイミーは盛大に勘違いをしてにこにこと笑った。そう言うことなら、大好きな人のお願いは叶えねばならない。

「当日はほかの人に聞かれないように小さな声で歌いますね。殿下、嬉しいですか?」
「ああとっても嬉しいぜひそうしてくれ」

 なんだかちょっと投げやりな言い方に聞こえなくもなかったが、ライオネルがぶっきらぼうなのはいつものことだ。きっと言葉通りとても喜んでいるに違いない。
 嬉しくなってすりすりとライオネルの胸に頬ずりすれば、よしよしと頭を撫でてくれる。

(わたし、一生このままでいたい……)

 両想い――

 それはなんて素敵な響きだろうかと、エイミーはうっとりと目を閉じた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

死に役はごめんなので好きにさせてもらいます

橋本彩里(Ayari)
恋愛
フェリシアは幼馴染で婚約者のデュークのことが好きで健気に尽くしてきた。 前世の記憶が蘇り、物語冒頭で死ぬ役目の主人公たちのただの盛り上げ要員であると知ったフェリシアは、死んでたまるかと物語のヒーロー枠であるデュークへの恋心を捨てることを決意する。 愛を返されない、いつか違う人とくっつく予定の婚約者なんてごめんだ。しかも自分は死に役。 フェリシアはデューク中心の生活をやめ、なんなら婚約破棄を目指して自分のために好きなことをしようと決める。 どうせ何をしていても気にしないだろうとデュークと距離を置こうとするが…… まったりいきます。5万~10万文字予定。 お付き合いいただけたら幸いです。 たくさんのいいね、エール、感想、誤字報告をありがとうございます!

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

爵位目当ての求婚はお断りします!~庶民育ち令嬢と俺様求婚者のどたばた事件~

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
【水・土曜日更新】パン屋の一人娘であるエリザベスが修道院から呼び戻されると、そこには父親が勝手に決めた結婚相手がいた。エリザベスの母は伯爵令嬢だったが、どうやらエリザベスの産む子供にその伯爵家の継承権があるらしい。はあ?ふざけんじゃないわよ!誰よこいつ!? 突然現れた求婚者なんてお断りだと追い返すが、とあることから、求婚者レオナードと一緒に暮らすことになり…。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

処理中です...