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逆転のフーガ 4
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「薬ですか?」
一方そのころ、ライオネルは仏頂面で医務室を訪れていた。
「エイミーが逃げた」
ウォルターが水とともに手渡してくれた頭痛薬を受け取って、ライオネルはむすっと言う。
ぷはっとウォルターが噴き出した。
「やるなあエイミー様」
「感心するな! あいつのクラスメイトに聞いたところ、鐘が鳴ると同時に教室を飛び出して行ったそうだ。……くそっ、明日は鐘が鳴る前に教室の前で待ち伏せしてやる」
「何無理なことを言ってるんですか。殿下だって授業があるでしょうに」
「…………じゃあお前が待ち伏せしろ」
「人の力を頼ったらダメですよー」
ライオネルはむーっと眉を寄せる。
ウォルターは肩を震わせて笑いながら、自分の昼食用だろう、パンの詰まった袋からサンドイッチを取り出すとライオネルに差し出した。
「エイミー様が逃げてここに来たってことは、まだお昼を食べていないんでしょう? その薬は食後ですからね。これを食べてから飲んでください」
「……ありがとう」
食事を分けてくれたウォルターに礼を言って、ライオネルはソファに腰を下ろす。
もそもそとサンドイッチを食べていると、ウォルターがパンを片手に対面に腰を下ろした。
「完全に立場が逆転しちゃいましたねえ殿下」
「どういう意味だ」
「どうって、気づいていないんですか? 今まで殿下の方が逃げていたのに、今じゃあ殿下が追いかけてエイミー様が逃げている。どうですか、追いかける側の気分は」
ライオネルは愕然と目を見開いた。
それから口をへの字に曲げる。
「……モモンガはすばしっこい」
「ははっ、そりゃあ殿下じゃなかなか捕まえられませんね」
「笑い事じゃない!」
そう――笑い事ではないのだ。
何故ならエイミーは、ライオネルと別れる気でいるのだから。
いくらウォルター相手でも、さすがにエイミーから別れ話を切り出されたとは言えない。だが、昔からの付き合いのウォルターは、おおよその検討をつけてはいるはずだ。
「エイミー様と別れたかった殿下としては、都合がいい状況じゃないんですか?」
ウォルターがふと笑みを消して、静かに訊ねた。
ライオネルはサンドイッチを食べるのをやめて顔を上げる。
「…………お前、わかっていて言ってるだろう」
「さて、どうでしょうか」
こういうとき、ウォルターは意地が悪いと思う。
(俺だって、意味不明なことをしていることくらいわかっているさ)
別れたかったのは、ライオネルの方だった。
間違いなく、ライオネルはエイミーと別れたかったはずなのだ。
それなのに――望んだとおりにエイミーから別れを切り出されたはずなのに、今はこんなに焦っている。
「殿下、エイミー様とどうなりたいんですか?」
「…………わかっているなら聞くな」
「ダメですよ、殿下。臣下との意思疎通が狂えば、周りが混乱しますからね。そういうことはきちんと口に出して伝えないと」
(くそっ、こういうときだけそういうことを言う!)
ライオネルは最後の抵抗とばかりに残ったサンドイッチをもそもそと食べて、それから長い長いため息を吐きだした。
「………………エイミーと、別れたくない」
長く長く沈黙して、最後にぼそりとつぶやけば、ウォルターがまた笑いだす。
「よくできました」
なんだかものすごく馬鹿にされているような気がして、ムカッとしたライオネルは、ウォルターの手から昼食用のパンをもう一つ奪い取ったのだった。
一方そのころ、ライオネルは仏頂面で医務室を訪れていた。
「エイミーが逃げた」
ウォルターが水とともに手渡してくれた頭痛薬を受け取って、ライオネルはむすっと言う。
ぷはっとウォルターが噴き出した。
「やるなあエイミー様」
「感心するな! あいつのクラスメイトに聞いたところ、鐘が鳴ると同時に教室を飛び出して行ったそうだ。……くそっ、明日は鐘が鳴る前に教室の前で待ち伏せしてやる」
「何無理なことを言ってるんですか。殿下だって授業があるでしょうに」
「…………じゃあお前が待ち伏せしろ」
「人の力を頼ったらダメですよー」
ライオネルはむーっと眉を寄せる。
ウォルターは肩を震わせて笑いながら、自分の昼食用だろう、パンの詰まった袋からサンドイッチを取り出すとライオネルに差し出した。
「エイミー様が逃げてここに来たってことは、まだお昼を食べていないんでしょう? その薬は食後ですからね。これを食べてから飲んでください」
「……ありがとう」
食事を分けてくれたウォルターに礼を言って、ライオネルはソファに腰を下ろす。
もそもそとサンドイッチを食べていると、ウォルターがパンを片手に対面に腰を下ろした。
「完全に立場が逆転しちゃいましたねえ殿下」
「どういう意味だ」
「どうって、気づいていないんですか? 今まで殿下の方が逃げていたのに、今じゃあ殿下が追いかけてエイミー様が逃げている。どうですか、追いかける側の気分は」
ライオネルは愕然と目を見開いた。
それから口をへの字に曲げる。
「……モモンガはすばしっこい」
「ははっ、そりゃあ殿下じゃなかなか捕まえられませんね」
「笑い事じゃない!」
そう――笑い事ではないのだ。
何故ならエイミーは、ライオネルと別れる気でいるのだから。
いくらウォルター相手でも、さすがにエイミーから別れ話を切り出されたとは言えない。だが、昔からの付き合いのウォルターは、おおよその検討をつけてはいるはずだ。
「エイミー様と別れたかった殿下としては、都合がいい状況じゃないんですか?」
ウォルターがふと笑みを消して、静かに訊ねた。
ライオネルはサンドイッチを食べるのをやめて顔を上げる。
「…………お前、わかっていて言ってるだろう」
「さて、どうでしょうか」
こういうとき、ウォルターは意地が悪いと思う。
(俺だって、意味不明なことをしていることくらいわかっているさ)
別れたかったのは、ライオネルの方だった。
間違いなく、ライオネルはエイミーと別れたかったはずなのだ。
それなのに――望んだとおりにエイミーから別れを切り出されたはずなのに、今はこんなに焦っている。
「殿下、エイミー様とどうなりたいんですか?」
「…………わかっているなら聞くな」
「ダメですよ、殿下。臣下との意思疎通が狂えば、周りが混乱しますからね。そういうことはきちんと口に出して伝えないと」
(くそっ、こういうときだけそういうことを言う!)
ライオネルは最後の抵抗とばかりに残ったサンドイッチをもそもそと食べて、それから長い長いため息を吐きだした。
「………………エイミーと、別れたくない」
長く長く沈黙して、最後にぼそりとつぶやけば、ウォルターがまた笑いだす。
「よくできました」
なんだかものすごく馬鹿にされているような気がして、ムカッとしたライオネルは、ウォルターの手から昼食用のパンをもう一つ奪い取ったのだった。
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