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 睡竜国すいりゅうこくは四方を海に囲まれた島国である。

 半世紀前まで鎖国状態にあったためか、いまだ閉鎖的で、外部の人間がこの国を訪れるには、通常、船で小一時間程度の距離にある大国、紅国こうこくからの日に一度の定期船を使うしかないが、この定期船はほぼ貿易に使われいるのみで、人が行き来することはほとんどない。

 そんな睡竜国を水辺線上眺めながら、一刻ほど波に揺られて疲れたのか、すいは船べりに張り付いて、大きなあくびを一つこぼした。

 彼のその肌は、太陽の光が不似合いなほど真っ白で、癖のない漆黒の髪は滝のように背中に流れている。

 すっきりとした輪郭の顔には、切れ長の目と高い鼻梁、ゆがみのない薄い唇が、当代最高の彫刻師の手ですら生み出せないほどの神がかり的な絶妙なバランスでおさまっていた。

 そして、何より、光の角度によって金の光彩を放つ翡翠色の瞳が魅力的だ。

 しかし、見る人の鼓動さえ止めかねないほどの翆の美貌は今、眉間に深くしわを刻んだしかめっつらだ。

 彼は、親の仇のように青い海を睨んで言った。

「なにが、船旅も楽しいものだよ、だ」

 不機嫌極まりない声でぼやき、後ろに視線を流せば、幼馴染の葉姫ようきが肩をすくめた。

 葉姫と呼ばれているが、彼はれっきとした男である。

 本名は葉里ようりというのだが、幼いころから女の子のような顔立ちで、大人になっても華奢な体躯も手伝ってか、誰もが女と間違える。

 そのうち本人も捨て鉢になって、翆がふざけて呼び出した葉姫という名前を否定しなくなったせいか、こちらの名前が定着してしまった次第だ。

 葉姫はふわふわと波打つ栗色の髪が風に揺れるのを手で押さえ、気難しい幼馴染に言った。

「面白いじゃないか。見ろよ、夕日が映えてキレイだ。さっきだってイルカが寄ってきて、お前も楽しそうにしてたじゃないか」

「知らんな。行けども行けども同じ景色ばっかり。上下に揺られるこの感じにも嫌気がさしてきた。どうしてこの私が、こんな思いをしてまで、あの睡竜国とやらに行かねばならん」

 最後の方はわざとらしく大きな声で嫌味たらしく言う。

 葉姫はげっと顔をしかめて、ちらりと船長を見やった。

 翠たちが乗っているのは定期船ではなく、特別に睡竜国が用意した船で、船長はくだんの睡竜国の男なのだ。

 いかめしい顔つきの坊主の男は、ぴくりと濃い眉を動かしただけであったが、葉姫ははらはらしながら翆に耳打ちした。

「おい、少しは考えてものを言えよ。船長を怒らして海にドボンなんて嫌だからな俺は!」

 翆はふんっと鼻を鳴らした。

「海にドボンか、やれるものならやってみろ。あちらから招待しておいて、到着する前に海に放り出すとは、礼儀知らずも甚だしい。きっちり報復してやる」

「その前にサメの餌だ馬鹿」

「なるほど、それはそれで愉快かもな。生きるのに飽きてきたころだ。このあたりで潔く死出の旅路に出るのも一興か」

「その時はお前一人で行ってくれ」

「馬鹿を言うな、死ぬときは当然一緒だ。一人で死んだらあの世で退屈するだろう。無理やりにでも連れて行くぞ」

「勘弁してくれ……」

 葉姫は翆の隣でぐったりと船べりに張り付いた。

 最初は豆粒ほどだった睡竜国の影が、徐々に大きくなっていく。

「もう少しでつきそうだから、我慢しろよー」

 葉姫は翆の肩をぽんぽんと叩いて、一か月前のことを思い出した。
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