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戴冠式

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 国主の戴冠式は、それから十日ののちの、雲一つない晴朗な午後に執り行われることとなった。

「信じられない! 信じられないよ! ねえ、どういうことなの? 聞いてる、翆? 俺はまだ認めてないんだからな!」

 式典用の豪奢な衣装に身を包んだ翆を見上げて、葉姫は口をとがらせている。

 翆が戴冠式を行うと聞いて、毎日のように文句を言い続けている葉姫は、戴冠式当日になってもまだあきらめていないらしい。

「まだごねているのか。ほら、いつまでも文句を言ってないで、お前もさっさと着替えないか」

 あきれているというより面白がっているという#__てい__#で、翆は、白地に細かな刺繍が施されたほうを葉姫に向かって放った。

 本日用の特注品だ。

 ちなみに、女物なのか男物なのかよくわからない微妙な作りは、翆の悪戯である。

「い、や、だ! 俺は絶対出ないからね! お前は昔っから酔狂で我儘でどうしようもないやつだったけど、今度ばかりは度を越してる! あんなに嫌がってたのに、いったいどういう心境の変化だよ? 俺や晶兄さんを捨ててまでこの国にいたいわけ?」

「捨てる……か。なかなかゾクゾクすることを言うな」

 翆は笑って、大股で葉姫に近づくと、ふざけるようにその顎に指をかけた。

「私がこの国のものになるのがそんなに悲しいか? 泣いて頼むのなら聞いてやらんこともない。そのかわり、お前は一生私だけのものだ」

 葉姫はキッと翆を睨みつけると、その手を力いっぱいはねのけた。

「ふざっけるなよ! こんな時まで冗談ばかり言いやがって!」

「ふざけてなどいないんだがな。お前は私が捨てると言うが、いずれ捨てられるのは私の方だ。それならば、鎖につないででも閉じ込めておきたいと思う」

「本当に、馬鹿じゃないの!? 口を開けばそんなことばかり! 茶化していないで真面目に答えろ! お前は本当にこの国の主になるつもりなのか!?」

 翆はあきらめたように肩を落とした。

「ああそうだ。この国が気に入った。こんな面白そうな玩具はそうそうない。当面の暇つぶしにはもってこいだ。だってそうだろう、この国をどうするのも私の勝手だ。飽きれば壊してしまえばいい。これで退屈だった私の人生も、少しは面白くなるというものだ。だから国主になってやるんだ。―――どうだ、これで満足か?」

「ふざけるな!!」

 葉姫は翆から渡された袍を力いっぱい投げつけた。

 間髪入れず、翆の頬を思いっきりひっぱたく。

「お前なんか嫌いだ! 大っ嫌いだ! もう勝手にすればいい! お前なんか知らない、こっちから捨ててやる! 翆の大馬鹿野郎!」

 葉姫は怒鳴ると、憤然と部屋から出て行った。

 それと入れ替わりに皓秀がやってきて、開け放たれている扉を二度こんこんと叩く。

「翆様、そろそろお時間ですが……。その頬は、どうされました?」

「愛猫に引っかかれた」

 翆は嘆息すると、葉姫に叩き返された袍を見下ろして残念そうにつぶやく。

「似合うと思ったんだがな……」

 もう一つため息をこぼして、翆は億劫そうに踵を返した。

「では行こうか、退屈な式典とやらに」
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