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告白
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皓秀は青磁の急須に茶葉を入れていた手を止めた。
幾何模様の窓から庭を眺める、国主邸の新しい主の整った顔は無表情だったが、皓秀の目には何かを思案しているかのように見える。
「何をお考えですか?」
翆は静かに振り向くと、口元に彼特有の、皮肉めいた笑みを張り付けた。
「何故、私が考え事をしていると思う?」
皓秀は急須に湯を入れて蓋をすると、残った湯で茶碗を温めながら、
「この書斎の主であった方は、何かを思案なさるとき、あなたと同じような目をして庭を眺めていることが多かったものですから」
「お前は、私の父と面識があったのか」
「ええ。私は先代の側近の息子ですから、幼いころより、父とともにこの邸で暮らしていたので」
「それは初耳だな」
「ええ、はじめて話しましたから」
皓秀は茶碗に茶を注ぐと、翆にそっと差し出した。
「どうぞ。乾燥させた桜の花びらの入った緑茶です」
ふわりと漂う緑の香りの中に、ほんの少し桜の香りが混ざっていた。
翆は茶碗を受け取ると、窓際の椅子に腰かける。
「葉姫が好きそうだな」
「ええ。先ほどお出ししたら、大変喜んでいただけました」
皓秀は窓枠に手をかけると、先ほどまで翆が眺めていた庭に視線を投げた。
「趙蔡殿は、あなたに帰れとおっしゃったそうですね」
「それほど直接的ではない。もし国に帰りたくなったら、船の準備をいたしますよ、とか言っていただけだ」
「帰るのですか?」
「帰ってほしいか?」
質問に質問を返して、翆は茶碗に口をつける。
「……、いいえ」
皓秀は幾何模様の窓の淵を指の腹で撫でながら言葉を練った。
「いいえ……、あなたは、きっと、この国にいるべき方だと思います」
翆は片眉を跳ね上げた。
「お前は私に国主になれと言うのか」
皓秀はゆっくりと頭を振った。
「いえ、それを決めるのはあなたですから。私にとやかく言う資格はありません。……ただ、あなたはこの国に必要な方だと、そう、思うのです。変でしょうか?」
「変だな。私の何を知っているわけでもなかろうに」
翆はきっぱりと返すと、茶を注ぎ足すよう皓秀に命じる。
皓秀は急須に湯を足して軽く揺らしながら、薄く笑った。
「あなたは絢詩とも違う。先代ともやはり違う。はじめてあなたに会ったとき、私は正直、躊躇いました。あなたを呼んでよかったのだろうか、と。でも、不思議ですね。あなたは全くつかみどころのない人なのに、どうしてか人を惹きつける」
翆は組んだ膝の上に頬杖をついた。
「今日はずいぶんと饒舌だな。お前らしくもない」
「私だって、話したくなるときはあります」
皓秀は目を伏せて、思案顔になった。
翆はいつもと違う様子の皓秀を、ただ黙って見つめた。
やがて皓秀は顔を上げると、
「聞いて、いだたきたいことがあります。これを聞いて、あなたがどう思われてもかまいません。そのあと私をどうしようと、かまいません。……聞いて、いただけますか?」
翆に二杯目の茶を差し出しながら、皓秀は珍しく感情の揺れる瞳で訊ねた。
何を、と問いながら茶を受け取れば、皓秀が自嘲する。
「私が、どれほど愚かな男かということを―――」
幾何模様の窓から庭を眺める、国主邸の新しい主の整った顔は無表情だったが、皓秀の目には何かを思案しているかのように見える。
「何をお考えですか?」
翆は静かに振り向くと、口元に彼特有の、皮肉めいた笑みを張り付けた。
「何故、私が考え事をしていると思う?」
皓秀は急須に湯を入れて蓋をすると、残った湯で茶碗を温めながら、
「この書斎の主であった方は、何かを思案なさるとき、あなたと同じような目をして庭を眺めていることが多かったものですから」
「お前は、私の父と面識があったのか」
「ええ。私は先代の側近の息子ですから、幼いころより、父とともにこの邸で暮らしていたので」
「それは初耳だな」
「ええ、はじめて話しましたから」
皓秀は茶碗に茶を注ぐと、翆にそっと差し出した。
「どうぞ。乾燥させた桜の花びらの入った緑茶です」
ふわりと漂う緑の香りの中に、ほんの少し桜の香りが混ざっていた。
翆は茶碗を受け取ると、窓際の椅子に腰かける。
「葉姫が好きそうだな」
「ええ。先ほどお出ししたら、大変喜んでいただけました」
皓秀は窓枠に手をかけると、先ほどまで翆が眺めていた庭に視線を投げた。
「趙蔡殿は、あなたに帰れとおっしゃったそうですね」
「それほど直接的ではない。もし国に帰りたくなったら、船の準備をいたしますよ、とか言っていただけだ」
「帰るのですか?」
「帰ってほしいか?」
質問に質問を返して、翆は茶碗に口をつける。
「……、いいえ」
皓秀は幾何模様の窓の淵を指の腹で撫でながら言葉を練った。
「いいえ……、あなたは、きっと、この国にいるべき方だと思います」
翆は片眉を跳ね上げた。
「お前は私に国主になれと言うのか」
皓秀はゆっくりと頭を振った。
「いえ、それを決めるのはあなたですから。私にとやかく言う資格はありません。……ただ、あなたはこの国に必要な方だと、そう、思うのです。変でしょうか?」
「変だな。私の何を知っているわけでもなかろうに」
翆はきっぱりと返すと、茶を注ぎ足すよう皓秀に命じる。
皓秀は急須に湯を足して軽く揺らしながら、薄く笑った。
「あなたは絢詩とも違う。先代ともやはり違う。はじめてあなたに会ったとき、私は正直、躊躇いました。あなたを呼んでよかったのだろうか、と。でも、不思議ですね。あなたは全くつかみどころのない人なのに、どうしてか人を惹きつける」
翆は組んだ膝の上に頬杖をついた。
「今日はずいぶんと饒舌だな。お前らしくもない」
「私だって、話したくなるときはあります」
皓秀は目を伏せて、思案顔になった。
翆はいつもと違う様子の皓秀を、ただ黙って見つめた。
やがて皓秀は顔を上げると、
「聞いて、いだたきたいことがあります。これを聞いて、あなたがどう思われてもかまいません。そのあと私をどうしようと、かまいません。……聞いて、いただけますか?」
翆に二杯目の茶を差し出しながら、皓秀は珍しく感情の揺れる瞳で訊ねた。
何を、と問いながら茶を受け取れば、皓秀が自嘲する。
「私が、どれほど愚かな男かということを―――」
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