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阿片

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  パタンと執務室の扉を閉めた慧凛は、その扉の隣の壁に見知った顔が寄りかかっているのを見つけて目を丸くした。

飛燕ひえ?じゃないの。そんなところで何してるの?」

「よぅ。邸中響いてたぞ、お前の怒鳴り声」

「あら、そ?」

 飛燕は凌家の家人の息子で、同年齢である慧凛とは仲がいい。

 凌家に仕えているわけではないのだが、よく遊びに来ては、慧凛と他愛ない話をして帰る。

 しかし、今日はどうも、冗談を言いに来たわけではなさそうだった。

 飛燕は組んでいた腕をほどくと、声を落とした。

「お前、今日忙しそうだし、耳に入れようかどうか迷ったんだが……、そんが伝えておかないと後が怖いぞって言うから。一応、自警団員だし」

 そう前置きしてから、飛燕はぽりぽりと頭をかいた。

 それは、飛燕が何かを考えているときによく行っている仕草だ。まだ彼の中で葛藤があるのかもしれない。

「一応じゃなくて、わたしはれっきとした自警団員よ。それで、何?」

 飛燕は軽く身をかがめ、頭一つ分低い慧凛の耳元でささやいた。

家の次男が、死体で見つかった」

 慧凛は小さく息をのんだ。

「李家って、酒店さかだなのところの李家よね」

「そうだ。これ以上はここじゃあなんだ。とりあえず、出るぞ」

「ええ」

 慧凛と飛燕は連れ立って歩き出す。

 凌家を出たところで、道の端を歩きながら話を再開した。

「その次男って、最近、街で派手に暴れまわっていたあの次男よね」

 李家は睡竜国でも五本の指に入るほどの大きな酒店だ。

 その李家の次男だが、少々気性の荒い男で、酒を飲んで暴れることは日常茶飯事。慧凛も飛燕も、酒を飲んで喧嘩をしているのを何度止めに入ったことか。いつか痛い目を見ると思っていたが、まさか死体で見つかるとは。

 だが、李家には申し訳ないが、さんざん迷惑をかけられた慧凛は同情もできなかった。

「ああ。三日前から家に帰ってなかったらしいが、李家の親父もいつものことだからと気にしてなかったらしい。だが、今朝、岬近くに浮いている死体が発見されたんだ」

「そういえば、この三日間は静かだったわね」

 平穏だったわ、とまったくと言っていいほど同情的でない慧凛に、飛燕が苦笑する。

「それで、殺されたの?」

 自殺という線はほとんどないと慧凛は思っていた。自殺するような性格の男ではないし、第一自殺する理由が思いつかない。

「そこはまだ調査中だがな。おそらくは。――それよりも、流されずにすんでいた、ヤツの数少ない荷物の中に、やばいもんが見つかった」

「やばいもの?」

 慧凛は足を止めた。

 飛燕が慧凛を振り返り、ぐっと声を落とす。

「阿片だ」

「―――っ」

 慧凛は目を見開いた。

 阿片は芥子の実から生成される麻薬で、常用するとひどい中毒症を引き起こす。

 睡竜国でも、一世紀ほど前まで阿片窟あへんくつがあり、阿片の売買が行われていた。

 しかし、今では徹底的に取り締まられており、使用や売買だけでなく、所持しているだけも厳しく罰せられ、場合によっては死罪すら適用される。

「まだ、この情報を知ってるやつは少ない。団長が口止めしてるから、やつの死体を上げた俺と孫、団長しか知らねえ。俺は反対したんだが、お前には区長んとこの娘だから知らせとけってことになった。どうせ耳に入るだろうからってさ。区長にもそのうち知らせが行くだろう」

「……そうなの」

 まだ阿片という言葉を受けたショックから立ち直れずに、慧凛はうつむく。

「いやな時期にいやなことが起こったわね……。団長は午後から家にいるのかしら?」

「いや……」

 あぁ、と飛燕は天を仰いでから、少し悩み、言った。

「今、いると思うぜ」

「なんですって?」

 慧凛が怪訝そうな顔になる。今日は、各区の自警団の団長が、新国主にあいさつに行っているはずだ。当然、南区の団長である彼も行っているはずだが―――

「門前払い食らったって、戻ってきた」

「はぁ?」

 慧凛がぐっと眉間にしわを寄せる。

「なにそれ、どういうこと? 門前払いですって?」

「まぁ、事前に謁見申請は出してなかったみたいだが、な」

「だからって門前払いって何様よ!」

「新国主様だろう」

 当然のように言われて、慧凛はダンッと足を踏み鳴らした。

「気に入らないわ! ええ、気に入らないっ! 急にぽっと表れてほんと何様よ! 前国主が外で作った息子って言うのも怪しすぎるわ。そうでしょう? そんな情報、今まで上がってきたことがないもの!」

皓秀こうしゅう殿の情報だ。そこは嘘じゃあないだろう」

「だいたい新国主って、即位するつもりあるのかしら?」

「あるから来たんじゃないのか?」

「どうかしら? だって、確かに昨日ついたばかりだけど、即位式の話なんて全然出てないわよ。これは父様に聞いたんだから確かな情報よ! なんにも決まってないの。なんにもよ? ありえないわ」

「そのうち決まるだろう。ほんと新国主には辛辣だな、お前」

「当り前じゃないの!」

 慧凛は飛燕と並んで自警団長の邸に向かいながら、国主の邸がある北の山を見やった。

 ここから邸は見えないが、どのあたりにあるのかは知っている。

(まったく、どんな男よ)

 期待はこれっぽっちもしていない。期待して裏切られるのはまっぴらだからだ。

 ―――あんな思いは、二度としたくない。

 だが、ここまで傍若無人だと、逆に興味が出てくるものだ。桜並木の上の邸が迎えた新しい主は、一体どんな男なのだろう。

「どうかしたか?」

「いいえ」

 慧凛は、視線を自分の小さな影が映る道へと落とす。

(絶対に、期待なんてしない)

 ろくでもない男に決まっているのだ。

 それでも、慧凛には帰れとは言えない。

 慧凛だけではない。

 ―――睡竜国の国民は、迎えた新国主がどんな男であろうとも、決して帰れとは言えないのだ
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