上 下
100 / 137
旦那様は魔王様≪最終話≫

星降る夜に 12

しおりを挟む
 シヴァが沙良の部屋に飛び込んだとき、そこに沙良の姿はいなかった。

 部屋の中は無駄にキラキラと飾り付けられており、部屋の中央には大きなテーブルが用意されて、三段もある非常に大きなケーキと、さまざまな料理が並んでいる。

「…………。沙良はどこだ」

 シヴァは一瞬部屋を間違えたのかと思ったが、沙良の部屋であることを確かめると、部屋の中で優雅に紅茶を飲んでいたミリアムに訊ねた。

 ミリアムはソファに座ったまま、にっこりと微笑んだ。

「どこかしら?」

「おい」

「あらぁ、だってお兄様、わたしもわからないもの」

 シヴァは後ろからやってきたアスヴィルを振り返るが、どうやらミリアムに何か言われているらしい彼は、気まずそうに視線をそらした。

 何か企んでいる。シヴァは瞬時にそう判断し、ぐるりと部屋の中を見渡した。そして、部屋の隅に巨大な箱がおいてあるのを見つけて目を細める。

「なんだあの箱は」

 沙良の部屋に、あんなものはなかった。

 ミリアムはけろりと答えた。

「あれは沙良ちゃんへの新しいプレゼンよ! お兄様、今日は沙良ちゃんが来て三か月目の記念日だもの。お祝いしなくちゃ。でも、肝心の沙良ちゃんがどこにもいないの。セリウスお兄様が抱きかかえてどこかに連れて行っちゃったのよ」

 シヴァはますます胡乱そうな顔になった。

 セリウスは隙を見ては沙良にべたべたとくっついているが、部屋から連れ出そうとするのをミリアムが黙ってみているはずはない。そもそも、沙良にはくれぐれもセリウスと二人きりになるなと言い含めてあるのだ。それを破ってうかうかとついて行くことはないだろう。

 シヴァはふぅ、と息を吐きだすと妹を睨んだ。

「沙良は、どこだ」

「ちっ」

 ミリアムは舌打ちした。

「面白くないわぁ。城中沙良ちゃんを探し回ってくれたらいいのに」

「ミリアム」

 シヴァが怒気をはらんだ声を出すと、ミリアムはティーカップをおいて立ち上がった。

「もう少し遊べるはずだったんだけど、いいわ。―――リザ」

「はい」

 窓際に立っていたリザが、部屋のカーテンを閉めはじめた。シヴァはますます怪訝そうな顔をするが、どうやら誰も説明をする気がないらしい。

 リザが部屋のカーテンをすべて閉ざして部屋が薄闇に包まれると、パチンとアスヴィルが指を鳴らす。目の前のケーキの蝋燭に炎が灯り、部屋を赤く照らした。それにしても――

「なんなんだこれは」

 山のように突き立てられた蝋燭のせいで、ケーキそのものが燃えているように見える。

 ミリアムたちのしたいことがさっぱりわからない。馬鹿馬鹿しくなったシヴァが、沙良を探すため部屋を出て行こうと踵を返したとき。

「ハッピーバースデートゥユー……」

 突然歌声が聞こえだして、シヴァの眉をひそめた。声が沙良のものだったからだ。

「沙良?」

 部屋を見渡すが、沙良の姿はない。

 だが歌声は聞こえてきて、シヴァは声がどこからしてくるのかを探した。そして、ふと部屋の隅にある大きな箱に目を止める。声は、あの中から聞こえてきた。

「……沙良?」

 まさかと思いながらシヴァが箱に近づいていく。すると――

「お誕生日、おめでとうございます!!」

 シヴァが箱に手を伸ばそうとしたまさにのそのとき。目の前でバンと箱の上蓋が開いて、沙良が飛びだしてきた。

「―――……」

 シヴァはぴしりと固まった。

 両手に花束を抱えた沙良が、胸から下を箱の中に入れたまま、キラキラした目でこちらを見ている。

 妙に期待のこもった目で見つめてくるが、シヴァがいつまでたっても固まったままなのを見て、その細い首が小さく傾いた。

「あれ?」

「……だから言ったじゃないか、わあ、なんて言わないと」

 シヴァのうしろで、アスヴィルが嘆息している。

「シヴァ様、驚いてないですか?」

 沙良が訊ねると、シヴァの硬直がようやく溶けた。

「……いや、驚いたかと言われれば、驚いたが……」

 半分呆れたと言えば沙良が落ち込むのでその言葉は飲み込んで、シヴァが苦笑を浮かべると、沙良が嬉しそうに破顔する。

「ほんとですか! 驚いてくれたんなら、わあ! じゃなくてもいいです」

 わあ! と言わせたい理由はわからないが、沙良が満足したならいいだろう。

 いまだに状況を理解していないシヴァだが、どうやら今日は自分の誕生日らしいと思い当たり、沙良が祝おうとしてくれたのだと合点した。

 沙良に差し出された花束を受け取り、彼女の頭を撫でてやると、にこにこと嬉しそうにしている。

「シヴァ様! 蝋燭消してください!」

「蝋燭?」

 シヴァが巨大ケーキを振り返ると、炎と一体化しているように見えるケーキが煌々と輝いていた。

「……消す?」

 まあいいか、とシヴァがパチンと指を鳴らす。途端に蝋燭の炎が消え、薄闇に包まれた室内がシーンと静まり返った。

「シヴァ様……、吹き消してほしかったです……」

 がっかりしたような声を沙良があげるのとほぼ同時くらいに部屋のカーテンが開けられて、部屋の中に明かりがさした。

 シヴァは沙良から受け取った花束をテーブルの上におく。

「それはそうと、沙良、お前はいつ箱から出てくるんだ?」

 シヴァが不思議そうに言えば、箱の淵に手をかけた沙良が恥ずかしそうにうつむいた。

「その……。出られないので、出してほしいです……」

 箱に入ったはいいが、出ることを考えていなかったらしい。

 シヴァは笑って、沙良に手を差し出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】番が見つかった恋人に今日も溺愛されてますっ…何故っ!?

ハリエニシダ・レン
恋愛
大好きな恋人に番が見つかった。 当然のごとく別れて、彼は私の事など綺麗さっぱり忘れて番といちゃいちゃ幸せに暮らし始める…… と思っていたのに…!?? 狼獣人×ウサギ獣人。 ※安心のR15仕様。 ----- 主人公サイドは切なくないのですが、番サイドがちょっと切なくなりました。予定外!

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

処理中です...