74 / 137
離宮の夜は大混乱!?
淋しそうな誘拐犯 3
しおりを挟む
沙良は出されたハーブティに口をつけながら、困惑したように視線を上げた。
目の前には難しい顔をした青年と、思いつめたような表情のエルザが座っている。
青年はバードと名乗ったが、彼もエルザも説明らしい説明をしてくれないので、沙良は状況がわかるまでおとなしくしておくことにした。
昼前――
離宮に軟禁されていたエルザの部屋にポタージュを持っていくと、彼女にそのままお茶に誘われた。
他愛ない話をしながらお茶を飲んだことまでは覚えている。
だが、沙良の記憶は途中で途絶え、気がついた時にはバードの屋敷の前だった。
そのまま半ば強引に引きずられるようにしてこの部屋まで連れてこられたというわけだ。
部屋の中には気まずい沈黙が落ちており、沙良は使用人がおいて行った茶菓子に手を伸ばすふりをしながら、バードとエルザの顔を盗み見る。
(バードさんは、エルザさんの恋人で、リリアさんの元恋人。でも、エルザさんが隣にいるのに、にこりともしないし、おかえりも言わないのは……どうして?)
シヴァはめったに笑わないが、それでも沙良が隣にいるときは表情を和らげてくれる。アスヴィルもミリアムア隣にいるときはとても嬉しそうだった。それなのに、バードは厳しい顔をしたままだ。
エルザもだ。恋人のバードがいるのに、表情が硬い。
「エルザ、あれを使ったの……?」
長い沈黙の末、バードがため息交じりに口を開いた。
エルザはティーカップをおいて頷いた。
「はい」
エルザはちらりと沙良を見ると、申し訳なさそうに眉を下げた。
「……睡眠薬とあの薬を使って、この子を連れ出しました」
なるほど、途中から記憶がないのは、睡眠薬で眠らされたからのようだ。
(あの薬……?)
沙良は「あの薬」が何なのかが気になったが、状況が呑み込めない中で迂闊に口を開くのはよくないと思い、黙っておく。
バードは難しい顔のまま額に手を当てた。
「……君の説明によると、この子はシヴァ様の妃じゃないのかな?」
妃。言われ慣れない単語に沙良はびっくりすると同時に照れてしまい、もじもじとティーカップの持ち手をいじった。
「そのようです」
「シヴァ様の妃を誘拐してきて、……どうなるか、わかってるのか」
「それは……。でも、杭も取り上げられて、こうするしかなかったんです。沙良と引き換えにジェイルをおびき寄せられれば……」
「あの杭は一つしかない。もう一つ同じものを作るには時間がかかるよ」
エルザはきゅっと唇をかんだ。
沙良はマドレーヌを咀嚼しながら、変な二人だなと思った。少なくとも、エルザとバードが恋人同士には見えない。
エルザがシヴァに取り上げられた杭も、どうやらただの木製の杭ではなさそうだ。
(心臓がほしいって言ってたけど……)
ジェイルの心臓をほしがるエルザに、バードが協力しているのだろうか。
そうまでしてほしがるジェイルの心臓に、どれほどの価値があるのだろう。
沙良は今度はココア風味のバターケーキに手を伸ばした。昼食を食べ損ねたためお腹がすいているのだ。
部屋の窓から見える外の景色は、闇に覆われていてはっきりと見えない。
もしかしたら夕食の時間かもしれないが、食事が運ばれてくる雰囲気はない。
(……シヴァ様、帰ってきたかな)
シヴァの顔を思い浮かべて、沙良は途端に淋しくなった。
シヴァのことだ、きっと沙良を探しに来てくれると思うが、もしこのまま会えなかったらという不安も頭の中をよぎる。
(チョコチップクッキー……、ないな)
バターケーキを飲み込んだ沙良は、テーブルの上の茶菓子の中にシヴァの好きなチョコチップクッキーがないことに淋しさを覚える。
(シヴァ様……)
次に口に入れたカヌレは、何の味もしなかった。
目の前には難しい顔をした青年と、思いつめたような表情のエルザが座っている。
青年はバードと名乗ったが、彼もエルザも説明らしい説明をしてくれないので、沙良は状況がわかるまでおとなしくしておくことにした。
昼前――
離宮に軟禁されていたエルザの部屋にポタージュを持っていくと、彼女にそのままお茶に誘われた。
他愛ない話をしながらお茶を飲んだことまでは覚えている。
だが、沙良の記憶は途中で途絶え、気がついた時にはバードの屋敷の前だった。
そのまま半ば強引に引きずられるようにしてこの部屋まで連れてこられたというわけだ。
部屋の中には気まずい沈黙が落ちており、沙良は使用人がおいて行った茶菓子に手を伸ばすふりをしながら、バードとエルザの顔を盗み見る。
(バードさんは、エルザさんの恋人で、リリアさんの元恋人。でも、エルザさんが隣にいるのに、にこりともしないし、おかえりも言わないのは……どうして?)
シヴァはめったに笑わないが、それでも沙良が隣にいるときは表情を和らげてくれる。アスヴィルもミリアムア隣にいるときはとても嬉しそうだった。それなのに、バードは厳しい顔をしたままだ。
エルザもだ。恋人のバードがいるのに、表情が硬い。
「エルザ、あれを使ったの……?」
長い沈黙の末、バードがため息交じりに口を開いた。
エルザはティーカップをおいて頷いた。
「はい」
エルザはちらりと沙良を見ると、申し訳なさそうに眉を下げた。
「……睡眠薬とあの薬を使って、この子を連れ出しました」
なるほど、途中から記憶がないのは、睡眠薬で眠らされたからのようだ。
(あの薬……?)
沙良は「あの薬」が何なのかが気になったが、状況が呑み込めない中で迂闊に口を開くのはよくないと思い、黙っておく。
バードは難しい顔のまま額に手を当てた。
「……君の説明によると、この子はシヴァ様の妃じゃないのかな?」
妃。言われ慣れない単語に沙良はびっくりすると同時に照れてしまい、もじもじとティーカップの持ち手をいじった。
「そのようです」
「シヴァ様の妃を誘拐してきて、……どうなるか、わかってるのか」
「それは……。でも、杭も取り上げられて、こうするしかなかったんです。沙良と引き換えにジェイルをおびき寄せられれば……」
「あの杭は一つしかない。もう一つ同じものを作るには時間がかかるよ」
エルザはきゅっと唇をかんだ。
沙良はマドレーヌを咀嚼しながら、変な二人だなと思った。少なくとも、エルザとバードが恋人同士には見えない。
エルザがシヴァに取り上げられた杭も、どうやらただの木製の杭ではなさそうだ。
(心臓がほしいって言ってたけど……)
ジェイルの心臓をほしがるエルザに、バードが協力しているのだろうか。
そうまでしてほしがるジェイルの心臓に、どれほどの価値があるのだろう。
沙良は今度はココア風味のバターケーキに手を伸ばした。昼食を食べ損ねたためお腹がすいているのだ。
部屋の窓から見える外の景色は、闇に覆われていてはっきりと見えない。
もしかしたら夕食の時間かもしれないが、食事が運ばれてくる雰囲気はない。
(……シヴァ様、帰ってきたかな)
シヴァの顔を思い浮かべて、沙良は途端に淋しくなった。
シヴァのことだ、きっと沙良を探しに来てくれると思うが、もしこのまま会えなかったらという不安も頭の中をよぎる。
(チョコチップクッキー……、ないな)
バターケーキを飲み込んだ沙良は、テーブルの上の茶菓子の中にシヴァの好きなチョコチップクッキーがないことに淋しさを覚える。
(シヴァ様……)
次に口に入れたカヌレは、何の味もしなかった。
10
お気に入りに追加
1,892
あなたにおすすめの小説
女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」
行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。
相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。
でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!
それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。
え、「何もしなくていい」?!
じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!
こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?
どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。
二人が歩み寄る日は、来るのか。
得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?
意外とお似合いなのかもしれません。笑
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
【完結】番が見つかった恋人に今日も溺愛されてますっ…何故っ!?
ハリエニシダ・レン
恋愛
大好きな恋人に番が見つかった。
当然のごとく別れて、彼は私の事など綺麗さっぱり忘れて番といちゃいちゃ幸せに暮らし始める……
と思っていたのに…!??
狼獣人×ウサギ獣人。
※安心のR15仕様。
-----
主人公サイドは切なくないのですが、番サイドがちょっと切なくなりました。予定外!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる