上 下
33 / 36
婚約していないのに婚約破棄された私

お茶会と決闘 7

しおりを挟む
 わたしは指定された立ち位置に立ち、カントルーブ伯爵令息を見やった。
 わたしより頭一つ分背の高い、体格のいい方だ。
 顔立ちはアドリエンヌ様に少し似ている。だが、決して女性的と言うわけではなく、太い眉にエラの張った顔の、精悍なタイプの男性だ。
 我が国の騎士団は実力主義なので、高位貴族であっても優遇はされない。
 騎士団に入団し、一個隊の隊長を任されていると聞くので、彼は腕の立つ男なのだと思う。

 ……ちょっと、直情的っぽいけどね。

 だがそれも、男社会の騎士団においては好意的に取られる要素なのだろうか。相手側の観客席には、彼を応援している大勢の騎士がいた。
 わたしの方に魔法騎士の応援者が多いので、騎士団対魔法騎士団みたいな構図になってしまっている。

 ……騎士は魔法騎士にコンプレックスを抱えている人が多いから、仕方がないと言えば仕方がないかもしれないけど。

 万能型とも言われる魔法騎士は国中の憧れだ。騎士団には魔法騎士団の入団試験に落ちた人が大勢いるので、魔法騎士に妬みを覚えている人もそれなりにいる。
 わたしは魔法騎士ではないけれど、魔法騎士たちに応援されている時点であちら側とみなされているのだろう。わたしを見つめる騎士たちは目がギラギラしていた。

「それでは、勝者へ与えられる栄誉についてだが……」

 決闘がはじまる前に、オーブリー様がこの決闘に勝ったものに何が与えられるのかの確認をはじめた。
 基本的に決闘に勝ったものに与えられるのは「栄誉」であるというのが古来からの我が国のルールなので金銭は与えられない。

「アドリーヌ嬢からからの希望は、アドリエンヌ・カントルーブ嬢からの謝罪と言うことで聞いているが、そちらは?」

 すると、カントルーブ伯爵令息はにやりと笑った。

「アドリーヌ・カンブリーヴ嬢を所望する」
「え?」
「「「は⁉」」」

 わたしの声にかぶさるように、背後から驚愕の声が上がった。
 オーブリー様も目を丸くしている。

「聞けばアドリーヌ・カンブリーヴ嬢はグリフォンを屠ったとか。そのような令嬢を得られるなら最高の誉れだ。フェヴァン・ルヴェシウス殿とも正式に婚約を交わす前だと聞く。それならば何ら問題あるまい」

 いやいや問題大ありですよ!

 さっき散々わたしをコケにするようなことを言ってくれたくせに、自分が勝ったらわたしをよこせとか意味がわかりません。
 もしかしたら、わたしをフェヴァン様から引き離せば、フェヴァン様は再びアドリエンヌ様と婚約すると思っているのかしら?
 それとも、フェヴァン様からわたしを奪い取ることで、彼の名誉を傷つけたいのかしら?
 その両方ということあるが、わたしは物ではないので、そんな理由でカントルーブ伯爵令息にもらわれたくない。

 驚いて目を見張っていたオーブリー様が、気を取り直したように咳ばらいをした。

「さすがにそれは認められない。アドリーヌ嬢の人生はアドリーヌ嬢のものだし、アドリーヌ嬢が求めた『謝罪』という要求に対して差が開きすぎる。認められるのはそうだな、アドリーヌ嬢への求婚の権利というくらいだ」

 カントルーブ伯爵令息は眉を寄せたが、お互いが要求する栄誉が釣り合っていないのはわかっていたのだろう。仕方なさそうに「それでいい」と答えた。
 もしかしたら、決闘に勝った後での求婚なら断りにくいと踏んだのだろうか。たとえそうなってもわたしは容赦なく断るけど、まあ、普通の令嬢なら決闘してまで求婚してくれた男性にときめくのかもしれない。その求婚相手が決闘の相手と言うのが頓珍漢だが。

 わたしもその条件で構わないと頷いたとき、背後から「アドリーヌ!」と名前を呼ぶ声がした。
 振り返ればフェヴァン様が、今にも観客席から訓練場に乗り込もうとしている。それを、彼の両親とマリオットが必死で止めていた。ちなみにお姉様は煽る側だ。やめてほしい。

 わたしはフェヴァン様に大丈夫と言うように軽く手を振った。
 決闘とは古来から名誉をかけた戦いだ。
 言い換えれば、自分の言い分が正しい、と言うのを証明する場でもあるので、わたしは絶対に負けられない。
 勝って、まるで被害者のような顔をしているアドリエンヌ様に、自分が間違っていたと認めさせなくてはならないのだ。

 アドリエンヌ様はフェヴァン様のことが好きだったのだろうけど、あのやり方は卑怯だ。卑怯な手を使って婚約者の座に収まろうとしたのに、それを破棄されて腹を立てるのもおかしい。
 ましてや、フェヴァン様が男色家と聞くと自分のプライドのために、アドリエンヌ様は自ら婚約の解消を申し出たのだ。男色家が勘違いとわかってまた手のひらを返してくる図々しさも気に入らない。

「それでは、両者へ与えられる栄誉が決まったところで試合をはじめよう。互いに、礼!」

 決闘は、騎士道精神に則った神聖なものだ。ゆえに、対戦相手には敬意を払わなくてはならない。
 わたしとカントルーブ伯爵令息はお互いを見つめあって頭を下げる。
 オーブリー様が手に持っていた小さな旗を空へ向かってあげた。あれが降り降ろされた瞬間が決闘開始の合図である。

 カントルーブ伯爵令息が剣の柄に手を伸ばして構える。
 わたしも、自分の左腕に触れながら、旗が降ろされる瞬間を待った。

 オーブリー様がカントルーブ伯爵令息とわたしを交互に見やって――その瞬間が、訪れる。

「――はじめ‼」


 わたしは、剣を抜いて襲い掛かって来たカントルーブ伯爵令息に向かって、左腕を突き出した。


しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

姉が私の婚約者と仲良くしていて、婚約者の方にまでお邪魔虫のようにされていましたが、全員が勘違いしていたようです

珠宮さくら
恋愛
オーガスタ・プレストンは、婚約者している子息が自分の姉とばかり仲良くしているのにイライラしていた。 だが、それはお互い様となっていて、婚約者も、姉も、それぞれがイライラしていたり、邪魔だと思っていた。 そこにとんでもない勘違いが起こっているとは思いもしなかった。

姉の厄介さは叔母譲りでしたが、嘘のようにあっさりと私の人生からいなくなりました

珠宮さくら
恋愛
イヴォンヌ・ロカンクールは、自分宛てに届いたものを勝手に開けてしまう姉に悩まされていた。 それも、イヴォンヌの婚約者からの贈り物で、それを阻止しようとする使用人たちが悪戦苦闘しているのを心配して、諦めるしかなくなっていた。 それが日常となってしまい、イヴォンヌの心が疲弊していく一方となっていたところで、そこから目まぐるしく変化していくとは思いもしなかった。

父の大事な家族は、再婚相手と異母妹のみで、私は元より家族ではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
フィロマという国で、母の病を治そうとした1人の少女がいた。母のみならず、その病に苦しむ者は、年々増えていたが、治せる薬はなく、進行を遅らせる薬しかなかった。 その病を色んな本を読んで調べあげた彼女の名前は、ヴァリャ・チャンダ。だが、それで病に効く特効薬が出来上がることになったが、母を救うことは叶わなかった。 そんな彼女が、楽しみにしていたのは隣国のラジェスへの留学だったのだが、そのために必死に貯めていた資金も父に取り上げられ、義母と異母妹の散財のために金を稼げとまで言われてしまう。 そこにヴァリャにとって救世主のように現れた令嬢がいたことで、彼女の人生は一変していくのだが、彼女らしさが消えることはなかった。

姉妹の中で私だけが平凡で、親から好かれていませんでした

四季
恋愛
四姉妹の上から二番目として生まれたアルノレアは、平凡で、親から好かれていなくて……。

姉と妹の常識のなさは父親譲りのようですが、似てない私は養子先で運命の人と再会できました

珠宮さくら
恋愛
スヴェーア国の子爵家の次女として生まれたシーラ・ヘイデンスタムは、母親の姉と同じ髪色をしていたことで、母親に何かと昔のことや隣国のことを話して聞かせてくれていた。 そんな最愛の母親の死後、シーラは父親に疎まれ、姉と妹から散々な目に合わされることになり、婚約者にすら誤解されて婚約を破棄することになって、居場所がなくなったシーラを助けてくれたのは、伯母のエルヴィーラだった。 同じ髪色をしている伯母夫妻の養子となってからのシーラは、姉と妹以上に実の父親がどんなに非常識だったかを知ることになるとは思いもしなかった。

義妹のせいで、婚約した相手に会う前にすっかり嫌われて婚約が白紙になったのになぜか私のことを探し回っていたようです

珠宮さくら
恋愛
サヴァスティンカ・メテリアは、ルーニア国の伯爵家に生まれた。母を亡くし、父は何を思ったのか再婚した。その再婚相手の連れ子は、義母と一緒で酷かった。いや、義母よりうんと酷かったかも知れない。 そんな義母と義妹によって、せっかく伯爵家に婿入りしてくれることになった子息に会う前にサヴァスティンカは嫌われることになり、婚約も白紙になってしまうのだが、義妹はその子息の兄と婚約することになったようで、義母と一緒になって大喜びしていた 。

私の主張は少しも聞いてくださらないのですね

四季
恋愛
王女マリエラは、婚約者のブラウン王子から、突然婚約破棄を告げられてしまう。 隣国の王族である二人の戦いはやがて大きな渦となり、両国の関係性をも変えてしまうことになって……。

姉に婚約破棄されるのは時間の問題のように言われ、私は大好きな婚約者と幼なじみの応援をしようとしたのですが、覚悟しきれませんでした

珠宮さくら
恋愛
リュシエンヌ・サヴィニーは、伯爵家に生まれ、幼い頃から愛らしい少女だった。男の子の初恋を軒並み奪うような罪作りな一面もあったが、本人にその自覚は全くなかった。 それを目撃してばかりいたのは、リュシエンヌの幼なじみだったが、彼女とは親友だとリュシエンヌは思っていた。 そんな彼女を疎ましく思って嫌っていたのが、リュシエンヌの姉だったが、妹は姉を嫌うことはなかったのだが……。

処理中です...