上 下
14 / 36
婚約していないのに婚約破棄された私

魔物討伐 1

しおりを挟む
 厄介な男に興味を持たれたものだ。
 わたしは、詰襟の魔法騎士の制服に剣を携えたフェヴァン様を見上げてげんなりとした。
 その隣には、動きやすい服に身を包んだお父様の姿もある。

「本当に二人だけで行くの?」

 お母様が心配そうな顔でお父様を見た。
 実は今日、お父様とフェヴァン様の二人だけで、近くの森に魔物討伐に出かけるというのだ。
 エターナルローズを大量に手に入れたことから魔法薬研究の熱が上がっているお父様が、魔法薬の研究材料が足りないと言い出したのが事の発端である。

 お父様によれば、今研究している薬に、どうやら森に生息している植物型の魔物の素材が必要らしいのだ。
 すっかり体調もよくなったお父様は、森に素材を取りに行くと言い出して聞かず、話しを聞きつけたフェヴァン様がお父様の護衛としてついて行くことになったのである。

 ……外堀が、埋められていく気がする。

 この二週間足らずで、お父様とフェヴァン様は、すっかり仲良くなっていた。
 フェヴァン様はちょっと頓珍漢な人だけれど、できる男には間違いないのだろう。気づいたときには使用人と家族全員が丸め込まれており、全員がフェヴァン様の味方になっていた。
 お父様もお母様も口をそろえて、早く婚約しちゃえばいいのに、なんて言う。
 これは危険だ。
 お父様が乗り気なので、ルヴェシウス侯爵家から正式な求婚が入れば、あっさり了承してしまうかもしれない。

 フェヴァン様は、わたしの気持ちが整うまでは強引なことはしないと言っているけれど、外堀が埋められている時点でわたしにしてみたら充分強引である。

 ……どんどん断る理由が奪われていく。

 責任は必要ないという理由で断ったら、責任とは関係ないと求婚されて、家族も使用人も丸め込まれ……、そして毎日の甘い言葉でわたしの心を揺さぶって来る。

 危険だ。
 この男は、危険だ。

 あの間違った婚約破棄騒動の一件も、あの後、フェヴァン様はお母様とお父様にわたしとの出会いを語る上で全部暴露してしまった。
 加えて丁重に謝罪をし、わたしに惚れたと言い出し、お父様とお母様の心を勝ち取った。
 お母様がルヴェシウス侯爵家を爆破する危険が消えたのはありがたかったけれど、こういう結果は望んでいない。
 お母様なんて「今時珍しいくらいの誠実な方ねえ。わたしが独身で十歳若かったら、絶対に放っておかないわぁ」なんて言っている。勘弁してほしい。

「あなた、一応病み上がりなのよ? わかってる?」
「わかっているよ。でもすっかり元気だし、フェヴァン君が一緒だからね!」

 お父様のフェヴァン様への信頼がすごい……。
 お母様は何度もお父様とフェヴァン様を見て、うーんと唸っていた。
 フェヴァン様は国費留学もしていたし、魔法騎士団にいるエリートでもあるけれど、実力をその目で見ていないから不安がぬぐえないのだろう。

「アドリーヌ、一緒について行ってあげなさいよ。あの森、この時期は魔物たちが活発になるから、森の奥から強い魔物が出てきたら大変だわ」

 魔物たちの中には、動物と一緒で冬眠するものもいる。
 秋になれば冬眠に向けて栄養を蓄えようと、餌を探して活動範囲が広まるのだ。

「それならお母様が一緒に行けばいいじゃない」
「わたしが行ってもいいけど、魔術の細かいコントロールはあなたの方が上でしょう? わたしが行くと、うっかり森を爆破しかねないもの」

 お母様は昔から豪快なので、どっかんと大魔術を使うのは得意だけど、小さな魔術はあまり得意ではない。いつもやりすぎるきらいがあるのだ。

 ……確かに森を爆破されたらかなわないわね。

 森を爆破したせいで、驚いた魔物が人里まで降りてきたらたまったものではなかった。
 わたしは諦めて二人に同行すると決め、動きやすい服に着替えるために部屋に向かう。
 着替えるだけなので五分で終わって階下に戻ると、お父様とお母様、そしてフェヴァン様が楽しそうに談笑していた。

「あの子は頑固だけど押しに弱いのよ。ガンガン押せばなんとかなるわ。それから意外とメルヘンな子で、口では違うって言っているけど、いまだに物語の王子様が……」
「……お母様」
「あ……あ、あらアドリーヌ、早かったのね」

 早かったのね、じゃないわよ! 母親のくせに、男に娘の個人情報をぽんぽん出さないでくれませんかね!
 恥ずかしくなってそっぽを向くと、フェヴァン様がにこにこと笑っていた。

「アドリーヌの可愛いところがたくさんわかって嬉しいよ」

 だから、そういうことは口にしないでほしいのだけど!
 フェヴァン様は女性を「可愛い」と褒めることに抵抗のない方のようだ。そのたびに恥ずかしくて仕方がなくなるからやめてほしい。

「じゃあ行ってくるね~」

 素材回収のための革袋を背負って、お父様が意気揚々と出発した。
 わたしとフェヴァン様もそのあとを追って歩き出す。

 お母様がいってらっしゃ~いといい笑顔で見送ってくれた。



しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

可愛い妹を母は溺愛して、私のことを嫌っていたはずなのに王太子と婚約が決まった途端、その溺愛が私に向くとは思いませんでした

珠宮さくら
恋愛
ステファニア・サンマルティーニは、伯爵家に生まれたが、実母が妹の方だけをひたすら可愛いと溺愛していた。 それが当たり前となった伯爵家で、ステファニアは必死になって妹と遊ぼうとしたが、母はそのたび、おかしなことを言うばかりだった。 そんなことがいつまで続くのかと思っていたのだが、王太子と婚約した途端、一変するとは思いもしなかった。

姉の厄介さは叔母譲りでしたが、嘘のようにあっさりと私の人生からいなくなりました

珠宮さくら
恋愛
イヴォンヌ・ロカンクールは、自分宛てに届いたものを勝手に開けてしまう姉に悩まされていた。 それも、イヴォンヌの婚約者からの贈り物で、それを阻止しようとする使用人たちが悪戦苦闘しているのを心配して、諦めるしかなくなっていた。 それが日常となってしまい、イヴォンヌの心が疲弊していく一方となっていたところで、そこから目まぐるしく変化していくとは思いもしなかった。

【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない

かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、 それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。 しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、 結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。 3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか? 聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか? そもそも、なぜ死に戻ることになったのか? そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか… 色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、 そんなエレナの逆転勝利物語。

姉が私の婚約者と仲良くしていて、婚約者の方にまでお邪魔虫のようにされていましたが、全員が勘違いしていたようです

珠宮さくら
恋愛
オーガスタ・プレストンは、婚約者している子息が自分の姉とばかり仲良くしているのにイライラしていた。 だが、それはお互い様となっていて、婚約者も、姉も、それぞれがイライラしていたり、邪魔だと思っていた。 そこにとんでもない勘違いが起こっているとは思いもしなかった。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

姉と妹の常識のなさは父親譲りのようですが、似てない私は養子先で運命の人と再会できました

珠宮さくら
恋愛
スヴェーア国の子爵家の次女として生まれたシーラ・ヘイデンスタムは、母親の姉と同じ髪色をしていたことで、母親に何かと昔のことや隣国のことを話して聞かせてくれていた。 そんな最愛の母親の死後、シーラは父親に疎まれ、姉と妹から散々な目に合わされることになり、婚約者にすら誤解されて婚約を破棄することになって、居場所がなくなったシーラを助けてくれたのは、伯母のエルヴィーラだった。 同じ髪色をしている伯母夫妻の養子となってからのシーラは、姉と妹以上に実の父親がどんなに非常識だったかを知ることになるとは思いもしなかった。

幼なじみが誕生日に貰ったと自慢するプレゼントは、婚約者のいる子息からのもので、私だけでなく多くの令嬢が見覚えあるものでした

珠宮さくら
恋愛
アニル国で生まれ育ったテベンティラ・ミシュラは婚約者がいなかったが、まだいないことに焦ってはいなかった。 そんな時に誕生日プレゼントだとブレスレットを貰ったことを嬉しそうに語る幼なじみに驚いてしまったのは、付けているブレスレットに見覚えがあったからだったが、幼なじみにその辺のことを誤解されていくとは思いもしなかった。 それに幼なじみの本性をテベンティラは知らなさすぎたようだ。

悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。

倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。 でも、ヒロイン(転生者)がひどい!   彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉ シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり! 私は私の望むままに生きます!! 本編+番外編3作で、40000文字くらいです。 ⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。

処理中です...