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第6章
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しおりを挟む「それで、この後は?この方のご主人様にお返しするのですか?」
モニスの言葉をはっきりと否定したのは、康泰だ。
「返せば、今度こそ殺される。しばらくは俺のとこで療養してもらう」
「従僕魔にされるのですか?」
首を傾げるモニスに、康泰はすぐに頷く事は出来なかった。渋い顔でユリエラへと目を向けた様子に、何となくではあるが事情を察したモニスは、深いため息と共に腕を組む。感情を見せない碧眼がユリエラを見つめた。
「生き残ったとて、主従の絲が戻らなければこの騒動も水の泡。私の助力も無となる。それは、少しばかり気に食わないですね。あなたの様子からして、この方自身が契約をする事を望んではいないと察しますが、無様に足掻いて見せるのも『愛』なのでは?」
慈しむ者を慈しんで、何が悪いのです?
慈愛と慈悲を根底とする天使族の言葉に、ユリエラの表情は歪む。
「それはあまりに暴論でハ?当事者の意思に沿わない事はぼくの意に反するネ」
ユリエラの表情は侮蔑を刻んだ。しかし、モニスは意に介する事も無く、肩を竦めて見せる。
「ご本人の意に沿うだけがあなたの示せる『愛』であると?」
「そうは言ってナイ」
「では、抗うべきです。それとも、あなたは自分の愛する者を永遠に失ってもよいと申されるのですか?」
正面から切り込んで来る言葉に、ユリエラは窮した。
「意に添わぬ事で潰えるような『愛』など切り捨てるべきだ。足掻いて、抗って、死に向かう命に生きたいと思わせてみせなさい」
そうする権利があるだろうとモニスの碧眼が告げる。それが己の我侭だと弁えた上で望め、と。
「そこまでだ」
愉快半分、呆れ半分のロイウェンの声が諍いを遮った。
「どちらの弁にも賛同出来る。だが、モニス、あまり苛めてやるな。ユリエラとバーズの問題だ」
ロイウェンの言葉に、モニスは感情を凪ぐように深く息を吐き出す。
「…私の知る魔族とかけ離れておりまして、少々調子が狂いましたね。愛に殉ずるのもまた愛である事も確か。これ以上は口を噤みましょう。では、私はこれにて。多大な『天恵』を得る事が出来ない以上、回復に時間を要しますので」
「ああ、手間を掛けたな。ゆるりと休め」
ロイウェンの手が宙を横に撫でれば、深く頭を下げるモニスの姿が影に飲み込まれた。
「…御前をお騒がせいたしましタ…」
その内心を隠し、謝罪を述べたユリエラにロイウェンも康泰も苦笑を浮かべるしかない。
「モニスさんの言葉を受け入れろとは言わない。だけど、拒絶はしないで。ひとつの意見として胸に収めといて欲しい…」
「…ハイ」
渋々ではあるが確かに頷いたユリエラに、ひとまずひと段落だと息を吐き、康泰は意識の無いバーズの右目を指先で撫でてみる。眼球の形はあるものの、果たして。
「ユリエラさん、バーズさんを俺の居館の客室に。ユリさんが診てくれるから頼んで。あとで俺も向かうから」
「承知いたしましタ」
いつもよりも沈んだ声が返され、二人の姿は影に呑み込まれた。残された血溜まりを見つめ、康泰は深く息を吐き出しながら低く唸る。
「何でこんな…自分の従僕魔だろ…」
肩に駆け上がり、心配そうに頭を摺り寄せて来るリィに頬を寄せ、瞼を閉じて吸血鬼の少女を脳裏に描いた。
「自分の従僕魔だからだ」
ロイウェンの静かな声が答える。
見上げた横顔は、いまだ血の池を見つめていた。そこに浮かぶ感情は無い。
「契約をしていない魔族、誰かの従僕魔に手を出せば戦争になり兼ねない。だが、それが『自分に付き従う者』ならば?しかも、折檻の理由まである」
全ての魔族がそうではないが、と血溜まりに指先を伸ばした。触れた瞬間に熱を失い始めていた血液はぱきりと凍結し、砕けた。しかし、もうこのベッドは使い物にならないだろう。
「…生きていたのだ。あれでも手加減はされていた筈だ」
「あれで生かされるくらいなら、死んだ方がマシだろ…」
「我らは独善的で横暴で傲慢、加えて狡猾を本質とする種族だ。人であったお前には、苦しい世界だろう…」
ベッドを降りたロイウェンの魔力がざわめき、素肌が黒衣を纏う。康泰も同じようにベッドを降り、床に落としていた衣類を拾い上げて肩に羽織った。
「苦しいかもしれないけど、此処で生きて行くって決めたのは俺だから、その苦しみも全部ひっくるめて慈しむのがあんたに対する俺の『愛』だよ」
目を細めて笑う康泰に、ロイウェンは「そうか…」と面映ゆい気持ちで苦笑を滲ませて息をつく。表面上にその感情が浮かぶ事は無いが、僅かに綻んだ空気を感じ取った康泰は嬉しそうにとろりと笑った。
「んじゃ、俺は大人しく自分の部屋に戻るわ。ユリエラさんも心配だし…場合によっては、俺はあのお嬢ちゃんに手出しするけどいい?」
甘やかな笑みとは裏腹に、まばたく琥珀色の奥には物騒な感情の奔流。
ロイウェンが両腕を広げれば、康泰は躊躇いなくその腕の中に身を寄せた。ため息と共に体を閉じ込められる。
「まったく…これほど好戦的なのも考え物だな」
「無駄に保守的なのよりは扱い易いだろ?」
己は皇の番であると同時に駒であると暗に伝えれば、あやすように背中を優しく叩かれた。
「私の立場上、推奨もせんが止めもせん。ただ、引き際は見誤るな」
「了解」
ロイウェンの指先が見上げて来る康泰の前髪を払い、手のひらが頬を揉む。
「それと、駒である前にお前は私の愛し子。安易に傷を作るなよ…?」
「ん、りょーかい。じゃ、お休み」
「ああ、お休み…良い夢を…」
康泰の額に唇を寄せ、別れを推しく思いながらもその背を押した。
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