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第2章
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しおりを挟む康泰は庭園内をゆったりとした歩調で歩く。共に行くと渋るリィを、同じように供をすると苦い顔をしたシュノアに預けてひとりで散策を始めた。
どうしても渋るひとりと一匹を大丈夫だからと説き伏せたのにも理由がある。メリディアが襲来した時よりも結界が強化されているのである。もっとも、そう感じたのは康泰だけだったのだが。
時折、木陰からひょこりとこちらを窺う冥幻魔界の小動物に和みながら、ある一点に向かって迷わず進む。
整備された道から外れ、康泰は茂みへと足を踏み入れる。庭園は思っていた以上に広く、人工的に作られたとは思えないほどに深い。
奥に進むほど暗くなり、ひんやりと寒くなる。
太く大きな木の前で立ち止まった。幹に手を伸ばし、身を寄せる。
「ちょっと、文句を言いに来たんだが?」
そう言いながらも、口元は弧を描いていた。
幹が波打ち、康泰の体を招き入れる。招かれた先は、いつぞやに訪れた氷で封じられた皇の間。少しだけ違うのは、氷の玉座に身を預ける男がひとり。玉座の背後にある氷壁に眠る男と同じ顔、同じ姿。
長い金の髪は無造作に床に広がり、気だるげな漆黒の双眸は形容し難い苦さを滲ませて床を見つめている。
康泰は気にする事なく足を進ませ、広い玉座の端に座る男の反対側に腰を下ろす。不思議と冷たさは感じない。
「まずは、礼を。あのお姫さんを止めてくれてありがとう。正直、敵わないと思っていた」
男―ロイウェンは身じろぎもせず、康泰の言葉を聞く。
「ただ、あれはやり過ぎだと思う。ああ、お姫さんを転送した事じゃなくて、明らかに俺の凍結が遅かっただろう?バレていなかったから良いものの、あれじゃああんたと何かしらの縁があると思われても仕方が無いだろうよ」
この世界の人たちは、魔皇の気配に聡いんだから。
横目で窺い見れば、ロイウェンの表情に変わりは無いが、その双眸は複雑な感情を滲ませていた。
「―…そう思うのならば」
低い声だ。耳に心地好い、落ち着いた声。
「そう思うのならば、安易に『道』を繋ぐのは止めておいた方が言いのでは無いか…?」
「…一理ある。が、招くあんたも同罪だ」
言われると思っていたのか、双眸を彩っていた苦さが表情に滲んだ。
「そもそも『道』を繋ぐなんて言う芸当は『今』の俺には出来んと知っているだろうに。あんたの魔力を追って、扉をノックしているだけだ」
暗に自分は悪く無いと主張すれば、呆れたような、諦めたような深いため息を返された。
くくっと喉の奥で笑い、康泰は立ち上がる。
「しばらくはミオンさんかビビさんの客として振舞うから、あまり面倒事は起きないと思うが…」
ないと言いきれ無いところが何とも歯痒い。
「ま、用件はそれだけだ。ミオンさんもシュノアさんもあんたを待ってる。礎になるのは結構だが、周囲の人の気持ちも少しは考えろ」
指先を伸ばし、金の髪を掬い上げる。絹のような滑らかな手触りだ。
「目が覚めたら、一緒にお茶をしよう」
だから。
「…早く起きるんだな、ロイウェン=リィン…」
手のひらに心地好いそれに唇を寄せ、康泰はふわりと姿を消した。
ロイウェンは身じろぎ、先ほどまで康泰が座っていた場所に目を移す。きらきらとした目覚めたばかりの魔力の残滓がそこに残っていた。
「…考えておくよ…コータ・ホシロ=ジュエル…」
笑みを含んだ言葉を残し、ロイウェンの姿も消える。
皇の間に、静寂が訪れた。
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