セカンドライフは魔皇の花嫁

仁蕾

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第2章

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「ティルディア・ベージ、あなたに特務を言い渡します」
「はっ!」
 ティルディアは立ち上がり、ミオンからの指令を待つ。
風天地区第一階層から水閣地区第四階層までの王妃の動きを監視する事。調べる必要はありません。無駄に戦力を消費する愚行は控えなさい。不審な動きあらば、些細な事でも報告を。必要ならば他の者と連携をとりなさい。この任務は他言無用。誓約を」
 ティルディアは胸に手を当て、ミオンの目を真っ直ぐに見つめた。
「ティルディア・ベージ、任務の完遂を誓約いたします」
 小指のつけ根が熱を持ち、装飾も無い質素なシルバーリングが姿を表す。誓約の証だ。誓約が破られれば、罰が与えられる。その罰は誓約を掛けた者しか知らない。
 任務状況の報告が済めば、ティルディアは退室の意を告げて任務へと戻って行った。教え子の成長に幾分か嬉しく思いながらも、少しくらいゆっくりして行っても罰は当たらないだろうにと閉ざされた扉を見つめてミオンは苦く笑う。
「さて…」
 ため息と共にぽつりと呟き、ミオンは窓の外を見た。
「ここからが勝負、と言った所ですかね…」
 ソファーに座り込み、視線を天井へと移す。しばらくは見慣れた天井を眺めていたが、幾度目かの嘆息と共に目を閉じた。
 皇の覚醒の兆候は感じた。しかし、それは微弱なもので完全に目を覚ますのはもう少し先だろう。それまでは康泰を守らねばならない。手段など選んでいられようか。
 康泰が本当に皇妃であるかは、皇が目覚めなければ分からない。それでも、ミオンは康泰が皇妃であると確信していた。
 ミオンは魔族でも稀な『夢見』の魔力を有している。その情報は魔皇しか知らない。兄弟であるヴィヴィアンも、伴侶であるシュノアも知らない事実だ。それでも、薄々何かを感じてはいるようだが。
 『夢見』は未来を予知するに等しい力だ。予知する以外に夢を見る事は無い。
 泡沫の夢に見たのは、魔皇とその傍に寄り添う魂の輝き。以来、時間さえあれば記憶に焼き付いた魂の輝きを探した。冥幻魔界ジュノ・ガルディスはもとより、天界、冥界、人間界。そして、見つけ出したのが人間界で生きる星呂康泰の魂。
「例え、我が身砕けようとも…」
 かつて誓った言葉は、今尚胸中に抱いていた。
 その為にはある程度の安全を確保する必要がある。その為の特務、王妃の動向監視だ。
 さて、と頬杖をつく。
「一番の問題はあの方か…」
 魔皇が眠りに就いてからしばらく後、準じて眠りに就いた吸血鬼一族の女王。
「メリディア=ジュエラ…はあ、嫌な予感しかしない…」
 魔皇に対して妄信的なメリディアならば、魔皇の魔力であれば微かな動きですら逃しはしないだろう。今回の魔力の蠢きで目覚めた可能性もある。
 どうしたものかと執務机に座り、書類を片付けながら考えて三時間が経とうとする頃、扉をノックする音が一回、間を空けて二回響いた。諜報機関に所属する者が訪れた時の合図だ。
 ミオンは書類から顔を上げた。
「どうぞ」
 開かれた扉は、僅かな音も立てず開かれて静かに閉じられた。歩く音も歩行に伴う空気の揺れも感じない所作でミオンの前に立ったのは、ひとりの男。
「何かありましたか、ユリエラ?」
 黒い髪、黒の眼球の中に煌く飴色、黒衣を身に纏った褐色の肌の男。ミオンの一番弟子のユリエラ・ダーニャである。影法師一族の彼は、影の中に音を潜ませて無音で動く事が出来る為、危険な任務を任される事が多い。
「センセイが懸念してた事が起こりましたヨ」
 呆れた表情で机上にころりと転がしたのは、小指の爪ほどの小さな真珠。記憶媒体の付加装飾具エンチャント・アイテムだ。
 ユリエラの報告にミオンは険しい表情となり、指先で真珠を摘み取る。その瞬間、ノイズがかった映像が脳裏を過ぎった。数回映像が切り替わり、深く息を吐き出す。
「面倒な事に…」
 ミオンが見た映像には、城から飛び立つメリディアの姿があった。一番避けたかった方向に駒が進んでしまっている。
「多分、この凍土地区最終階層に飛んだんじゃないですかネ?」
 影を次いで必死に追いはしたが、相手は王妃であり魔王。特にメリディアの魔力は桁外れだ。階層の差など意にも介さずに飛び去ってしまった。
「その可能性は十分にありますね…」
 書類を片付け、引き出しに入れると特殊な鍵を掛けて席を立つ。
「報告有難うございました」
「いえいえ、お仕事ですからネ。お気になさらず」
 ひらひらと手を振る部下に真珠を返す。もちろん、中の記憶は消去済みだ。
「センセイの事だから、シュノア様を護衛としてお傍に置かれているんでしょうけど、今回は相手が悪いですネ」
「それは承知していますよ。引き続き、監視をお願いします。但し、無理はせぬよう」
「心得てますヨ」
 誓約にも組み込まれていますしネ。
 そう言って笑いながらユリエラは影の中に溶け込んだ。ミオンがため息を吐き出す頃には、転移陣のある部屋に出てひと心地ついているだろう。
「さて…」
 部屋を出て施錠を完了させたミオンは、人差し指と親指で輪っかを作り、ふうと息を吹き込めば魔力がきらきらと宙に渦を描いて蝶の姿を模す。生まれ出でた星屑の蝶は、羽をはためかせてミオンを導く。導く先は康泰の居場所だ。
 蝶を追ってミオンも足を進める。
(このが生まれるのなら、ご無事なようだ…いや、そもそもまだメリディア様と会われていない可能性も…)
 逸る気持ちを抑え、無様にならぬよう足を速めた。

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