8 / 97
序
4
しおりを挟む―七十年後。
康泰は妻に先立たれ、三人の子等の助けを受けながら、海が見える家で老いた愛犬との暮らしを満喫していた。
潮風が心地よい。
足元に伏せていた愛犬が、ひょいと顔を上げた。康泰の皺くちゃな手が優しくその頭を撫でる。
「ああ…久し振りだね…ミオンさん…」
穏やかな双眸が眇められ、目尻には生きた年数だけの皺が刻まれていた。
「はい、お久しゅうございます…皇妃閣下…っ」
今も昔も変わらぬ姿のミオンは、はらはらと再会の涙を零しながら康泰の足元に膝を付き、温かな手に己が手をそっと重ねた。
「長い間…心変わりのない自分に驚いたものだ…」
ふふ、と穏やかに微笑む翁は、いつかのときと変わらず美しいとミオンは更に涙した。
「ミオンさん…ひとつ、我儘を許してくれるかい…?」
「ええ…ええ…何なりとお申し付けください」
「ありがとう…この子も、共に連れて行っても良いかね…」
次に子供が来るのは三日後で、それまでの間に死してしまうだろうと康泰は目尻に涙を浮かべた。
「ひとりで逝かせるのは、しのびない…」
飼い主の勝手ではあるが、と眉尻を下げれば、愛犬は気にするなとでも言うように康泰の手の平を舐め上げた。
「もちろん、問題ございません」
康泰は再び礼を述べると、ゆっくりとその瞼を閉じた。
「私の人生は、とても、良いものだった…」
―そして、呼吸は、ゆるりと途絶えた。
***
ミオンは温かい光を放つ魂を二つ胸に抱き、こつりと石畳に降り立った。
とくとくと小さく脈打つその無垢な魂を、ガラス製の美しい瓶の中に優しい手つきでそっと入れる。二つの魂は、柔らかな光を放ちながら瓶の中で漂った。
真紅の双眸が、自室の窓の外に向けられる。
外は吹雪だ。雪と氷に覆われた、凍土の世界。
「もう、間もなく…」
その口元は笑みを浮かべ、瓶の中の魂を慈愛の眼差しで見つめていた。
48
お気に入りに追加
2,541
あなたにおすすめの小説
完結・虐げられオメガ妃なので敵国に売られたら、激甘ボイスのイケメン王に溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る
112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。
★本編で出てこない世界観
男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。
悪役令息に転生したけど…俺…嫌われすぎ?
「ARIA」
BL
階段から落ちた衝撃であっけなく死んでしまった主人公はとある乙女ゲームの悪役令息に転生したが...主人公は乙女ゲームの家族から甘やかされて育ったというのを無視して存在を抹消されていた。
王道じゃないですけど王道です(何言ってんだ?)どちらかと言うとファンタジー寄り
更新頻度=適当
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる