隠密は恋をしない

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「ねえ、あんた。そんなとこでなにしてんの?」

と、艶やかなピンクブロンドの髪を揺らして言う。
まるで物語のお姫様のように可愛らしい顔立ちの少女は腰に手を当て己の足元を見降ろし、ぱっちりとしたピンクサファイアの瞳を怪訝に細めている。

彼女の名前はアシュリー・カントレール。王都から離れたカントレール領を治める男爵家の弱冠10歳となられるお姫様だ。


見つかるまいと思っていたワタシは驚愕のあまりすぐに言葉を返せずに固まっていた。

護衛対象には極力存在を気付かれるなというのが「影」の一族の教えなのだ。それに所属するワタシは驚くに決まっておりますでしょう。

皆様大まかにお察しいただいてるのではないでしょうか。ええ。現在のワタシはにいるのです。文字通りね。


「ほらさっさと出なさいよ。何か蠢いてる感じがして気持ち悪いのよ」


少々苛立ちを感じさせる声に応じ、掘った穴から這い上がる様に影から現れた私に、お嬢様は驚き半分呆れ半分でこちらを見ていた。
なかなか肝の据わった様で悲鳴をあげて通報、捕縛…にならない様でそこに安堵する。
けしてか弱いご令嬢とはいかないけれど。

お嬢様の影から這い出るやいなやと片膝をつき臣下の礼をとった。

「お初にお目にかかります。ワタシはローズマリー・エルミッテ。
貴方に受けた御恩よりこれまで護衛として陰ながら務めておりました。ご挨拶が遅れました事、誠に申し訳ありません」


予め用意されていたかのように捲し立て述べた挨拶文。
万が一護衛対象に影潜りが察知された際はご挨拶叶う事が許されていたので
漸く正式にお目通り叶ってすっきりしたような気持ちに包まれる。

ちなみににっこり笑ったつもりですがワタシの表情筋は強固で微動だにせず。
真顔一徹です。この年から印象操作が上手くいかないなんて前途多難でしょう。


あれは丁度2年前でしょうか。

ワタシは降嫁した王家の姫の純正たる王家筋を持つエルミッテ子爵家が営む裏家業、
「影」として日夜隠密の訓練と任務と勤しんでいました。
その任務としてとある罪人を追っていました。
どうにか対象を追い詰めたのは良いものの、討つ際少々油断してしまい大きな一撃を頂いてしまったのです。

折れてしまった足を引きずり歩きながら我が家の馬車の待つ町まで向かっておりましたが当時の私は8歳。
さすがに年端のいかぬ子供の体力では保ちませんでした。

結果私はみちのり半ばに倒れてしまいそこで意識を閉ざしてしまいました。
幸か不幸か倒れたその地こそこのカントレール領であり、アシュリーお嬢様のいるお屋敷の庭で。
ワタシはお屋敷に飾る花を摘みに来たお嬢様によって発見され、家から迎えが来るまでの2週間ほどこの屋敷でお世話になったのです。


その恩義があって父はお嬢様の護衛と鍛錬も兼ねてワタシを遣わせました。
男爵家なのに大袈裟だと取られましたが、そこは交渉次第ですよ。
諜報役としても使える旨をお伝えしたところ有事にはあると良いだろうと無理やり丸め込みました。ふう。

それに男爵は人の好いお方だったので詐欺に狙われる事も多いらしいのです。
ですのでこれも恩返しの一環として少し動かせて貰い、山のように抱えていらした借金は全て請求者の「返済不要の上支払金を返却する」という誓いと血印付きで消し去らせました。
血印でございますか?フフフ全て請求者のものでございますよ。


……おっとついつい余計な話まで。


コホンと咳ばらいをしチラリとお嬢様もとい主様を見ると、
彼女はまるで有名な歌劇手でも見た様に瞳をキラキラと輝かせワタシを見ていた。
眩しい視線である。

そしてその薄桃の唇が開き


「本当にいたのね…!私の影の守護者…!」


と感動に打ち震えたご様子をワタシに見せた。
プルプルと悶える様に震えながら周囲をグルグル歩き回ったりと落ち着きを見せない。
しまいには両手を胸の前で組みうっとりと天を見上げている。


姿を見せた時と何やら反応が違うと言いますか、少し気になると言えば「訳を知っている」様な口ぶりなのだ。ナゼ?
カントレール男爵はお嬢様にワタシが影となっていることはお伝えしていないと仰っていたのだが。
勿論私の良く知る彼だって、家の規則に則り彼女には言いふらしていないはず。

疑問符を浮かべ、未だ興奮が冷めやらぬお嬢様を見ていると、
ブツブツと小さな声でだが「やだゲーム通りじゃない」「多分あの時の子かしら」などと呟いている。


「…ゲーム?」

「その単語分かるの!?」


ポツリと漏らすワタシにお嬢様はバッと勢い付けてこちらに振り返る。
いやいやお嬢様、この世界にもボードゲームやカードゲームといった言葉がございますよ。などとは口が裂けても言えません。
そういった意味も含めてコクリと頷くとお嬢様は一瞬だけ嬉しそうに笑みを強めましたが、
その後顎に手を当て少々考える素振りを見せ再度ワタシに振り向く。



「じゃあ日本。これは?」

「…首都は東京でございますね」


押し問答が如く相槌を打つとお嬢様の表情はまたパアアと輝く。
結論から申し上げますとどうやらお嬢様も「転生者」でいらした様です。


聞くも飽きたかもしれませんが私共はどうやら「乙女ゲーム」の世界に転生したそうで。
お嬢様曰くこの世界は私共の前世にてスマホと呼ばれる携帯できる高機能電話機にてアプリという形態で無料で配られていた乙女ゲームとまるまるそっくりな世界だそうだ。

お嬢様の役柄はなんとあのヒロイン様。どうりでおかわいらしいお姿だと。
で、ワタシは公式のお嬢様の忠実たる僕の影でした。なんとそこはどうやら世界の命運によって定められていたのですね。これは複雑です。

お嬢様はこのアプリゲームの大ファンだったそうで、全ルートを攻略しシークレットエンドまで到達されていらっしゃったとの事でした。猛者ですよ、猛者。ちなみにお嬢様にそう告げるとヒロインとは思えない正確な右ストレートをニッコリ笑顔で繰り出されました。勿論避けましたが。

ワタシはと言いますとオタクではありましたが乙女ゲームとは一切合切付き合いがございませんでした。
少女漫画は嗜んでおりましたが、俗にいう「マンガオタク」でした故、費やす先はデジタルコミックです。
時折今ワタクシ共と同じ様な現象に落されたご令嬢のインターネット小説のサイトの門戸も叩いておりましたが。

そこはお嬢様もそうだった様です。という事は同郷でございますね。ここで魂が共鳴したと思えます。

私共一応主従関係でございますがその時ばかりはガッシと手を掴み合いました。

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