村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎

文字の大きさ
上 下
26 / 37

24.恋の自覚

しおりを挟む
昨晩は寝付けなかった。
横になって目を閉じるがジークさんとマリーナが寄り添っている光景が目に浮かんでしまい中々寝られなかったのだ。

少しでも気分を変えるようと小屋の隅にある水瓶の水で顔を洗い、外の空気を吸うためにドアを開けた。
今はまだ朝日が登り始めた薄暗い時間帯だ。
この時間に起きるのは村で飼育してる動物くらいだろう。

小屋から数歩外に出て思い切り深呼吸すると朝露に濡れた葉っぱや土の匂いが胸一杯に広がる。
ほんの少しだけもやもやしていた気持ちも緩やかになった気がした。

(少しだけ気分転換も兼ねてこの近くを散歩でもしようかな)

小屋に籠ってばかりいるからもやもやしてしまうのだ。
少しくらいなら誰にも見つからないし、平気だろう。

そう思い歩き出そうとすれば急に近くの木の枝がガサリと不自然に揺れた。
熊でも出たのかと慌てて視線を向ければそこにいたのはジークさんだった。

「……スザンナ……?随分早いんだな」

ジークさんは私の姿に驚いたのか目を見開いている。

「私が早くに起きてようとジークさんには関係ないと思いますけど」

ジークさんに会った時は普通に挨拶して会話をしようと思っていたのに、私の口から出たのは可愛いげのない言葉とあからさまに不機嫌と分かる声色だった。

「そうかもしれないが……怒ってるのか?俺は何か気に触る事をしてしまっただろうか」
「……別に何でもないです。ジークさんは私よりマリーナの方に行った方がいいんじゃないですか?」

けしてジークさんを困らせたい訳ではないのに昨日リエナから聞いた話が頭をぐるぐる巡ってつい嫌な言い方をしてしまう。
なぜこんな言い方をしてしまうのか自分でもよくわからなかった。

「マリーナ?なぜ彼女の名前が出てくる」
「……ある人に聞きました、マリーナはジークさんに気があってジークさんも満更じゃないって」
「は?」
「別に私の事なんて気にしなくていいんですよ?マリーナとジークさんが上手くいって恋人になってくれれば、マリーナだって私の事を諦めるかもしれないし。そうすれば私だって村に戻ってまたお父さんたちと暮らせるし」
「待て、落ち着けスザンナ」
「とにかくジークさんとマリーナの事は私も応援しますから早く――」
「俺の話を聞け!」

私の言葉を遮る様に鋭い声を上げられびくりと肩が震える。
驚いて顔を上げるとジークさんは悲しそうな顔をしていた。

「……俺があの子と恋人になればいいと、本気で思っているのか?」

その質問に私は肯定も否定も出来なかった。

本気で思ってるわけない、寧ろ逆だ。
ジークさんとマリーナが二人きりで仲良くしているのを想像するだけで胸の中はモヤモヤして嫌な気持ちになる。
だけどジークさんがマリーナを好きだと言うのなら、私にはそれを邪魔する権利もジークさんを引き留める権利もない。

「……そうか、分かった」
「え……」
「ここには、もう来ない」
「ジークさん!?」

沈黙を肯定と捉えたのかジークさんは背を向けると呼び止める声に振り返る事もなく村へと戻ってしまった。
取り残された私はモヤモヤした気持ちが鈍い痛みに変わるのを感じながら、ジークさんの去っていった方を見つめただ立ち尽くしていた。




それからどれくらいの時間が過ぎただろう。
気が付くと私は木屋の隅で足を抱えて座っていた。

いつ木屋の中に戻ったのか覚えていない。
それくらいジークさんにここへ来ないと言われた事がショックだった。

そのままぼんやりしていると木屋のドアが四回ノックされた。
ドアを開けるとそこにいたのはリエナだ。

「スザンナお嬢様、差し入れにクッキーをお持ちしました。よろしければ一緒に……お嬢様?」

クッキーと紅茶の茶葉が入ったバスケットを下げたリエナを見た途端、私の視界は大きく歪み目からぽろと涙が溢れだした。

「お、お嬢様!?どうなさいました?お加減でも悪いのですか!?」
「……リエナ……私、どうしたら……」

リエナの姿を見た途端気が緩んだのかもしれない。
涙はぽろぽろ溢れて止まらなくなった。

「大丈夫ですよ、スザンナお嬢様。私がついていますから」

リエナは泣き止まない私の手を引いて椅子に座らせると、優しく背中を擦ってくれた。

「何があったのかお聞きしても?」

優しく声をかけてくれるリエナに私はジークさんとの事を話した。
それだけでなくリエナの話を聞いてからずっとジークさんとマリーナの事でモヤモヤしていた事も。

リエナは最後まで私の話を聞き終えると優しく微笑み、持ってきた茶葉で紅茶を淹れてくれた。
泣いて渇いた喉にはとてもありがたい。
紅茶を飲み干して落ち着いたころ、リエナはおもむろに口を開いた。

「私が思うにスザンナお嬢様はジーク様に恋をしているのではないでしょうか」
「こい……?」
「えぇ」

(私が……ジークさんに、こい……)

何を言われているのか理解するまでに数秒かかった。

(……恋!?)

そして理解した瞬間、頬が一気に熱くなり大きく心臓が跳ねた。

「え、いや……だってジークさんはっ……村の皆の人気者で……!!私はただの知り合いというか……友達、というか……」
「けれどマリーナお嬢様とジーク様が一緒にいる所を想像するとモヤモヤなさるのでしょう?」
「……する」
「ジーク様を取られたくない、という気持ちがあるのでは?」

動揺する私を見てリエナは諭すように尋ねてくる。

「ある、かも」
「ではジーク様に自分だけを見て欲しいという気持ちは?」
「…………多分、ある」

リエナに問われ考えてみれば確かに私の中にはジークさんを取られたくないという気持ちやジークさんに自分を見てもらいたいという気持ちがあるのに気が付いた。

「その気持ちはきっと、お嬢様がジーク様に恋をしているから感じる気持ちではないでしょうか」
「……そうなの、かな」

恋なんてしたことがないから私には分からない。 

分からないけれどジークさんの事で心が動かされるのは確かだと思う。
兄の様に思う気持ちもあったがそれは今私が抱えてる気持ちとは違う気がした。

色々考えて頭を使ったせいかリエナと話してるうちに私はだんだん眠くなってきた。
眠気は次第に強くなっていき、私はリエナに断りを入れて少しだけ休むことにした。

「きっとスザンナお嬢様には休息が必要なのですよ。片付けは私がしておきますからお休みになってください。少ししたら起こしますからご安心を」
「ん、ありがとうリエナ」

微笑むリエナの言葉に甘えて私は大人しくベッドに横になる。
頭はよっぽど休息を求めていたのか私は横になってすぐ眠りにつくことが出来た。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

それは報われない恋のはずだった

ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう? 私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。 それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。 忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。 「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」 主人公 カミラ・フォーテール 異母妹 リリア・フォーテール

プロローグでケリをつけた乙女ゲームに、悪役令嬢は必要ない(と思いたい)

犬野きらり
恋愛
私、ミルフィーナ・ダルンは侯爵令嬢で二年前にこの世界が乙女ゲームと気づき本当にヒロインがいるか確認して、私は覚悟を決めた。 『ヒロインをゲーム本編に出さない。プロローグでケリをつける』 ヒロインは、お父様の再婚相手の連れ子な義妹、特に何もされていないが、今後が大変そうだからひとまず、ごめんなさい。プロローグは肩慣らし程度の攻略対象者の義兄。わかっていれば対応はできます。 まず乙女ゲームって一人の女の子が何人も男性を攻略出来ること自体、あり得ないのよ。ヒロインは天然だから気づかない、嘘、嘘。わかってて敢えてやってるからね、男落とし、それで成り上がってますから。 みんなに現実見せて、納得してもらう。揚げ足、ご都合に変換発言なんて上等!ヒロインと一緒の生活は、少しの発言でも悪役令嬢発言多々ありらしく、私も危ない。ごめんね、ヒロインさん、そんな理由で強制退去です。 でもこのゲーム退屈で途中でやめたから、その続き知りません。

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした

犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。 思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。 何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

処理中です...