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12 悪魔と聖女の決意
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随分懐かしい夢を見た。
目を覚まして最初に感じたのは忘れていたはずの愛しさと懐かしさ、そして絶望と後悔だ。
守れなかった。
守ってあげられなかった。
妹のように彼女を愛していたのに。
あの時、俺は天使で彼女は人間だった。
それでも確かに目に見えない繋がりを感じて家族のように俺は彼女を愛していた。
……なぜこんな大事なことを忘れていたのだろうか。
今の俺は悪魔だ。
人をたくさん殺した、その血を浴びて穢れ悪魔になった。
最期に俺に出会えて幸せだったと言ってくれた、彼女にはもう会えない。
守れなくてごめんと謝ることすら出来ない。
ぐるぐると頭の中を悲しみが支配する中、ふとまだ目覚めていない聖女の姿が目に入った。
こいつも俺と同じだ。
大事に思っていた、家族みたいな存在を急に奪われた悲しみを抱えている。
お前も……こんな気持ちなのか……?
横たわる聖女を眺めているとその瞼がぴくりと動いてゆっくりと開いていく。
ぼんやりとしていた眼差しが動いてこちらを向く。視線が合ったかと思うと聖女は驚いたように息を飲んだ。
「悪魔さん……泣いてるんですか?」
「……は?」
何を言われたのか理解できなかった。
俺が泣くわけないだろう、冷酷無慈悲な悪魔だぞ。
起き上がった聖女が手を伸ばし俺の頬に触れる。
少し冷たいと感じたそれが離れると指先が濡れていた。確認するように自分の頬に手を当ててみれば確かに濡れている。
俺は、泣くほどに悲しかったのか。
意図せず流れた涙に驚いていると頭に僅かな重みを感じた。
顔を上げてみると聖女がまるで子供をあやすように俺の頭を撫でている。
「なんのつもりだ」
慰めているつもりなのか?
聖女も狂いそうな程の悲しみを抱えているはずなのに。
「私が悲しんでいる時、ハンナがよくしてくれたんです」
「そいつが死んで……悲しんでいるのはお前の方だろう、自分だって辛いのだから俺の事を気にかける必要なんてない」
「あら、悪魔さんが本気で私の心配をしてくださるなんて意外です」
「お前なぁ……」
すっかりいつもの調子を取り戻した聖女は目を細めて柔らかく微笑む。
「意識を失っていた時、ハンナが夢に出てきたんです。ハンナは神様のもとに向かうと言っていました」
恐らくそれは夢などではなく、本物のシスターの魂なのだろう。
人間は夢の中で亡くなった人に会うことがある。それは肉体が眠り無防備になった魂に、実際に霊が会いに来ているのだ。
あのシスターも天に上る前に聖女に会いに来たのだろう。
「私もハンナと一緒に行きたいって言ったら怒鳴られました。『聖女の責任から逃げるつもりですか』って。それはもう、鬼のような形相で」
凄く怖かったんですよ、と語る聖女は眉を下げて笑う。
「昔から……そうだったんです。弱音を吐くとハンナはいつも励ましてくれて、時には怖い顔で怒って……私が頑張れるような環境を作ってくれた……」
だんだんと俯き声を震わせる聖女。
膝の上に置かれた拳はぎゅっと強く握り困れている。
「ハンナが……言ってくれたんです。『いつかあなたが天に上る時には必ず迎えにきます。今は少し離れなければならないけど、ずっとずっとあなたを愛しく思っています。どうか前を向いて最期まで生きて下さい』って」
堪えきれなくなったのだろう。握られた拳の上にぽたぽたと滴が落ちた。
「ハンナは……私の大好きな家族です。私は……っ、大好きな人に胸を張れる人間でありたい。いつか……またハンナに出会えた時に、誉めてもらえるように……っ精一杯生きたと言えるような人間になりたい。だから……悲しみから逃げません。私は私からハンナを奪ったあの人と向き合います。泣くばかりの弱い人間でいたくない。悪魔さん、私と一緒に戦ってください!」
涙で頬を濡らしながら顔を上げた聖女は決意に満ちた瞳をしていた。
もし聖女に手を貸せば俺の罪は少しでも軽くなるのだろうか?
いや……そんなに簡単に清算できる程犯してきた罪は軽くない。
それに俺は悪魔だ。
聖女に手を貸せば我が身は浄化され、消滅してしまうかもしれない。それは悪魔にとっての死だ。
……それでも、生きるべく戦うことを決めたこの聖女の力になれるのなら……そんな最期も悪くねぇかもな。
そう決めた俺は聖女の頭を少しだけ優しく撫でる。
「わかった、やられっぱなしなのは俺も気に食わねぇ。だから手を貸してやる。今から俺は、お前の味方だ」
目を覚まして最初に感じたのは忘れていたはずの愛しさと懐かしさ、そして絶望と後悔だ。
守れなかった。
守ってあげられなかった。
妹のように彼女を愛していたのに。
あの時、俺は天使で彼女は人間だった。
それでも確かに目に見えない繋がりを感じて家族のように俺は彼女を愛していた。
……なぜこんな大事なことを忘れていたのだろうか。
今の俺は悪魔だ。
人をたくさん殺した、その血を浴びて穢れ悪魔になった。
最期に俺に出会えて幸せだったと言ってくれた、彼女にはもう会えない。
守れなくてごめんと謝ることすら出来ない。
ぐるぐると頭の中を悲しみが支配する中、ふとまだ目覚めていない聖女の姿が目に入った。
こいつも俺と同じだ。
大事に思っていた、家族みたいな存在を急に奪われた悲しみを抱えている。
お前も……こんな気持ちなのか……?
横たわる聖女を眺めているとその瞼がぴくりと動いてゆっくりと開いていく。
ぼんやりとしていた眼差しが動いてこちらを向く。視線が合ったかと思うと聖女は驚いたように息を飲んだ。
「悪魔さん……泣いてるんですか?」
「……は?」
何を言われたのか理解できなかった。
俺が泣くわけないだろう、冷酷無慈悲な悪魔だぞ。
起き上がった聖女が手を伸ばし俺の頬に触れる。
少し冷たいと感じたそれが離れると指先が濡れていた。確認するように自分の頬に手を当ててみれば確かに濡れている。
俺は、泣くほどに悲しかったのか。
意図せず流れた涙に驚いていると頭に僅かな重みを感じた。
顔を上げてみると聖女がまるで子供をあやすように俺の頭を撫でている。
「なんのつもりだ」
慰めているつもりなのか?
聖女も狂いそうな程の悲しみを抱えているはずなのに。
「私が悲しんでいる時、ハンナがよくしてくれたんです」
「そいつが死んで……悲しんでいるのはお前の方だろう、自分だって辛いのだから俺の事を気にかける必要なんてない」
「あら、悪魔さんが本気で私の心配をしてくださるなんて意外です」
「お前なぁ……」
すっかりいつもの調子を取り戻した聖女は目を細めて柔らかく微笑む。
「意識を失っていた時、ハンナが夢に出てきたんです。ハンナは神様のもとに向かうと言っていました」
恐らくそれは夢などではなく、本物のシスターの魂なのだろう。
人間は夢の中で亡くなった人に会うことがある。それは肉体が眠り無防備になった魂に、実際に霊が会いに来ているのだ。
あのシスターも天に上る前に聖女に会いに来たのだろう。
「私もハンナと一緒に行きたいって言ったら怒鳴られました。『聖女の責任から逃げるつもりですか』って。それはもう、鬼のような形相で」
凄く怖かったんですよ、と語る聖女は眉を下げて笑う。
「昔から……そうだったんです。弱音を吐くとハンナはいつも励ましてくれて、時には怖い顔で怒って……私が頑張れるような環境を作ってくれた……」
だんだんと俯き声を震わせる聖女。
膝の上に置かれた拳はぎゅっと強く握り困れている。
「ハンナが……言ってくれたんです。『いつかあなたが天に上る時には必ず迎えにきます。今は少し離れなければならないけど、ずっとずっとあなたを愛しく思っています。どうか前を向いて最期まで生きて下さい』って」
堪えきれなくなったのだろう。握られた拳の上にぽたぽたと滴が落ちた。
「ハンナは……私の大好きな家族です。私は……っ、大好きな人に胸を張れる人間でありたい。いつか……またハンナに出会えた時に、誉めてもらえるように……っ精一杯生きたと言えるような人間になりたい。だから……悲しみから逃げません。私は私からハンナを奪ったあの人と向き合います。泣くばかりの弱い人間でいたくない。悪魔さん、私と一緒に戦ってください!」
涙で頬を濡らしながら顔を上げた聖女は決意に満ちた瞳をしていた。
もし聖女に手を貸せば俺の罪は少しでも軽くなるのだろうか?
いや……そんなに簡単に清算できる程犯してきた罪は軽くない。
それに俺は悪魔だ。
聖女に手を貸せば我が身は浄化され、消滅してしまうかもしれない。それは悪魔にとっての死だ。
……それでも、生きるべく戦うことを決めたこの聖女の力になれるのなら……そんな最期も悪くねぇかもな。
そう決めた俺は聖女の頭を少しだけ優しく撫でる。
「わかった、やられっぱなしなのは俺も気に食わねぇ。だから手を貸してやる。今から俺は、お前の味方だ」
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