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梨花の服
しおりを挟む僕には、少し変わった能力がある。いや、少しどころじゃないかもしれない。それは他人の服を着ると、その人になれるという不思議な能力だ。この力に気づいたのは、ほんの数年前のこと。友達の服を何気なく借りたとき、その瞬間、僕はその友達の姿、仕草、さらには記憶までが自然に流れ込んできた。驚きと戸惑いの中、僕はその日を境にこの力を「秘密」として封印していた。
けれど、今日はその秘密を破ることに決めた。
僕は姉、梨花の部屋に忍び込んで、クローゼットを開けた。いつもは手を触れないようにしていた場所。でも、どうしても彼女の服を着てみたくなったんだ。梨花は僕より三つ年上で、家族の中でも自由奔放で自信に満ち溢れている。僕はそんな姉に憧れていたのかもしれない。
クローゼットの中には、色とりどりの服が整然と並んでいた。スカート、ワンピース、ジャケット、そしてお気に入りのパーカー。迷った末に、僕は普段彼女がよく着ているカジュアルな白いブラウスと、ふんわりとしたスカートを選んだ。
「これだ…」
そう呟いて、僕はそっと服に手を伸ばした。心臓が早鐘のように打ち鳴る。鏡の前に立ち、慎重にブラウスを着て、スカートをはいた。布の感触が肌に触れるたび、少しずつ自分が変わっていく感覚がする。次第に僕の体は、梨花のものに近づいていった。
髪が伸び、肩が丸みを帯び、声も高く、柔らかくなった。鏡の中に映る僕は、もう僕じゃなかった。完全に姉の姿をしていた。
「すごい…」
声まで梨花そのものだ。僕はその瞬間、彼女の自信や振る舞いまで自然に感じ取ることができた。部屋を歩き回りながら、軽やかにスカートを揺らしてみる。自分がまるで別の人間になったかのような、この不思議な感覚。まるで自由になったかのような気分だった。
「あたし、梨花よ」
無意識のうちに、姉の口調が飛び出す。クスクスと笑いながら、僕はベッドに寝転がった。普段の僕は内気で大人しい。だけど、梨花として過ごしていると、自分が何でもできるような気がしてきた。梨花の自信が、僕に流れ込んでくる。こんなに自由で、自分らしく振る舞えることが、こんなにも楽しいなんて。
だが、その喜びに浸っていると、ふいに玄関の扉が開く音が聞こえた。
「帰ったよー!」
梨花だ。僕の心臓が一気に冷えた。
「まずい…!」
急いで服を脱ごうとするが、指が震えてボタンがうまく外せない。梨花の足音がどんどん近づいてくる。焦る僕は、何とかブラウスを脱いだものの、スカートが引っかかってしまう。
ドアが開く直前、僕はやっとの思いで姉の服を脱ぎ終えた。鏡に映る僕は、元の姿に戻っていた。しかし、心臓はまだドキドキと鳴り続けている。
「何してるの?」
ドアの向こうから顔を出した梨花が、少し不思議そうに僕を見ていた。
「え、いや、何もないよ!ただ、ちょっと部屋の掃除してたんだ…」
僕は慌てて誤魔化した。梨花はしばらく僕をじっと見つめていたが、やがて肩をすくめて「変なの」と呟き、また部屋を出て行った。
ほっと胸を撫で下ろす僕。でも、その胸の内には、さっき感じた自由な気持ちがまだ残っていた。
「また、やりたいかも…」
姉の服を着ることで得られる、あの新しい自分。この不思議な能力は、僕にとって禁じられた快楽だった。でも、もう一度味わいたい。その誘惑に、僕は抗えそうになかった。
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