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拓也の出産
しおりを挟む病院のベッドの上、拓也は汗だくになりながら荒い息をついていた。陣痛の波が次々と押し寄せ、そのたびに体の奥から強烈な痛みが全身を襲う。美咲の体で経験してきたことは多かったが、出産の痛みは想像を遥かに超えていた。
「こんな……痛いのか……!」
何度も言葉に出してみるが、その痛みは一向に和らぐ気配がない。助産師が「大丈夫、もう少しよ」と優しく声をかけてくれるが、それもどこか遠く感じるほど、痛みに集中してしまっていた。
拓也は手を握りしめ、耐えながら呼吸を整えようとした。しかし、呼吸をするたびにお腹の中で命が動く感覚があり、それがさらに痛みを引き起こす。
「どうして、俺が……」
数ヶ月前に、まさか自分が美咲の体で出産を経験することになるなんて、夢にも思わなかった。あの時、妊娠が判明してからというもの、元の体に戻る方法を必死に探していたが、結局見つからなかった。そして今、出産という一大イベントを迎えてしまったのだ。
「次の波が来たら、力んで! いいですか?」
助産師の声が現実に引き戻す。拓也は覚悟を決め、次の痛みがやってくるのを待った。そして、再び襲いくる陣痛の波とともに、全身に力を込めた。
「う、うおおおおおお……!」
体中の筋肉が悲鳴を上げる。額に浮かぶ汗を感じながら、力を振り絞る。痛みとともに、何かが自分の体の中から押し出されていく感覚があった。
「もう少し! 頑張って!」
助産師が声をかける。拓也は意識が遠のきそうになるのを感じながら、全身の力を再び集中させた。そして――
「……出たわよ! 赤ちゃん、出ましたよ!」
突然、体が一気に軽くなった瞬間、助産師の声が響いた。直後に、産声が部屋中に響き渡った。
「……本当に……生まれたのか?」
拓也は放心状態のまま、その声を聞いていた。数分前まで、自分の体の中にいた命が、今目の前に存在している。助産師が血のついた赤ちゃんを抱き上げ、優しく拭いてくれる。その光景を見ながら、拓也は少しずつ現実を理解し始めた。
「おめでとうございます。元気な赤ちゃんですよ」
助産師が赤ちゃんを拓也の胸にそっと置くと、小さな体が自分の心臓の上で温かく動いているのを感じた。
「……こんな小さいのに……」
涙が自然と溢れ出てきた。感動と安堵、そして今までの経験したことのない感情が胸を押し寄せてくる。自分が今、美咲の体にいて、この小さな命を自らの体で生み出したこと。その事実が信じられないほど、重く、そして特別だった。
「……生まれてくれて、ありがとう」
赤ちゃんを見つめながら、拓也は静かにそう呟いた。彼は今、美咲の体で母親としての瞬間を経験していたが、その喜びと感謝は心の底から湧き上がっていた。
やがて、ふと気づくと、体の痛みは次第に和らぎ、代わりに心の中に静かな満足感が広がっていった。今はただ、目の前の小さな命と、その瞬間を噛み締めることしかできなかった。
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