意識転送装置

廣瀬純一

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竜馬になった大学生

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大学生の山田翔太は、地元の歴史博物館で行われていた「意識転送装置」の特別展示に友人と訪れていた。興味本位で展示品を見ていた彼は、「実際に過去に行ける装置があったら、どんな人物になりたい?」という質問に友人と盛り上がった末、ふざけて「坂本竜馬!」と答えた。

展示室を出たその晩、家で寝ているとき、突然「坂本竜馬への意識転送を開始します」という機械音が頭に響いた。そして気づいたときには、周りの光景ががらりと変わっていた。

***

目を開けると、そこには見知らぬ和室と藁ぶきの天井が広がっていた。部屋には古い灯りがぽつりと灯り、あたりは薄暗い。翔太は混乱して自分の手を見たが、どうやらそれは自分のものではない。ゴツゴツとした大きな手、そして視界に映るのは自分の顔ではなく、どこか見覚えのある、坂本竜馬の顔だった。

「え?俺、坂本竜馬になってるのか…?」

自分の口から出たその声も、自分のものではなかった。戸惑う中、そっと立ち上がると、廊下から声が聞こえてきた。

「竜馬さん、そろそろお出かけの準備を…」

翔太は慌てて周りを見渡し、身なりを整えようとするが、和服の着方など知らない。どうにか裾を合わせ、帯を締めてみたものの、ぎこちない様子に気づいたのか、周りの人々は不思議そうな顔をしている。

「竜馬さん、大丈夫ですか?」

「いや、ちょっと…最近、頭がボーっとしていて…」

なんとか誤魔化しながらも、翔太は自身のいる時代が幕末であることを理解し始めた。そして、自分がなりたいと口にしていた「坂本竜馬」として、この時代に生きていることも。彼は急に不安に襲われたが、同時に興奮も抑えられなかった。

***

その日から、翔太の「坂本竜馬」としての生活が始まった。しかし、当然彼には幕末の知識も坂本竜馬の知恵も備わっていない。ただ歴史書で学んだ程度であり、ペリーの黒船来航や尊王攘夷(そんのうじょうい)などの知識も、断片的なものにすぎない。

「このままじゃまずいな…歴史を変えないようにしないと…」

竜馬の周りには志士たちが集まってくるが、会話の内容は難しい政治や思想ばかり。翔太はどうにか誤魔化しながら話を合わせる日々が続いた。しかし、ある日、大政奉還に向けた重要な話し合いの場が訪れる。

「竜馬さん、大政奉還の案についてどうお考えですか?」

彼は一瞬固まった。「大政奉還」という言葉は歴史で聞いたことがあるが、それが具体的にどう実行されるべきかなどわかるはずもない。しかし、ここで下手なことを言ってしまえば、歴史に重大な影響を与えるかもしれない。

「まあ、今のままじゃ民も苦しいから、徳川の支配を終わらせる…それしかないかもしれん」

自信なさげに答えると、周囲の志士たちは深く頷き、翔太の言葉を真剣に受け取っていた。「さすが竜馬さん、まさに先を見据えたお考えですな!」と言われたが、翔太は内心冷や汗をかきながら、なんとか場をやり過ごした。

***

ある晩、酒を酌み交わしながら、彼はふとこの時代にいることの不思議さを実感していた。歴史的な決断や人物たちと実際に関わりながら、「本当に自分が歴史を変えずにいられるのか」という疑問が湧いてきた。

そんなある日、宿に戻った翔太の前に、見知らぬ侍が現れた。

「竜馬さん、徳川の間者が近くに潜んでおります。どうかお気をつけください。」

彼は警告に従って注意を払っていたが、日が経つにつれ、襲撃を受けるのではないかと怯え、落ち着かない日々が続いた。そして運命の日、近江屋にいた彼の元に、数人の侍たちが襲いかかってきた。

「…しまった!これは…あの近江屋事件か!」

翔太は逃げようとしたが、もはや竜馬としての運命から逃れる術はなく、襲撃者たちに囲まれてしまった。彼はとっさに声を上げた。

「頼む、俺は…ただの学生なんだ!翔太なんだ!」

その瞬間、目の前が真っ暗になり、意識が遠のいていった。

***

ふと目が覚めると、翔太は見慣れた天井が目に入った。自分のアパートの部屋に戻ってきていたのだ。夢だったのか、それとも現実だったのか定かではないが、彼の心には確かな手応えが残っていた。

彼は自分のスマホを取り出し、ネットで「坂本竜馬」について調べてみた。そして、史実通りに竜馬が近江屋で命を落としたことを再確認し、少しだけ安堵しつつも、どこか寂しさを感じた。

「あの時、俺がもし違うことを言っていたら…」

歴史に影響を与えることはできなかったが、彼は竜馬として過ごした日々を胸に刻んでいた。その後、翔太は歴史の授業でも坂本竜馬について話をする時、心の中で敬意を込めながら一人つぶやいた。

「坂本竜馬の時代を生きたんだ…あのとき、俺が少しでも役に立っていれば、竜馬さんは喜んでくれるかな。」

その後、翔太は幕末の歴史により興味を持ち、自身も日本の将来について考えるようになった。竜馬の意志を継ぐ者として。
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