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第二部第五章 政治戦争

帝国の鉄道

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 鉄道がこの世界に現れたとき、使われたのは大規模な農場や鉱山、工房だった。
 人の力でも大きな荷物を軽々と押して運べる鉄道は、小規模ながらも各地に広がった。
 やがて蒸気機関と組み合わせ、自走できるようになると活用の範囲は更に広まった。

 だが、帝国が何百年と進めてきた水運を利用した流通網があり、鉄道はその補完、水系から別の水系への運搬、運河を建設できない僻地や水量の少ない地域への運搬だった。
 そのため各地に鉄道はあれど、単独の存在だった。
 そこで大きく変わったのは帝国政府の方針転換だった。

 膨大な物資の輸送、水運より簡単に敷設でき運用できる利点に注目し帝国中に広げることを決定した。
 帝国が管理運営する道路や運河の周辺に新しい線路を敷設。既存の鉄道路線と接続することで範囲を広げて行く。
 それらを進めたのは帝国政府、皇帝が直接運営する帝国鉄道であり、規模を大きくし帝国中に物資を運び込む事により多大な利益を得るようになる。
 こうして、各地の物産を遣り取りできるようになったが、深刻な事態も起きた。

 例えば、北のある地方では小麦の生産が難しく、その地方の一部の地域でしか生産しておらず、その地域は小麦の販売で栄えていた。だが、鉄道の開通により小麦を安価に大量生産できる南方から大量の安価な小麦がやって来たため、突然売れなくなり、独占していた地域の小麦産業が壊滅した。

 このような事例は多く、辺境ほど、そしてそこを領有する領主、貴族達に大打撃を与え、貴族領の破産などを招いた。
 貴族は帝国の支持基盤だったが、同時に治外法権と私兵という軍事力を持つ独立勢力だったため反乱の危険があり、帝国にとっては悩みの種だった。
 だが、鉄道によって彼らに打撃を与える事が出来た。更に、鉄道は軍隊も短時間の内に大量に運ぶ事が出来る上、連絡も容易とした。
 そして辺境への統治の要、中央の連絡が無くとも初期段階で独自に解決できる領主、貴族の必要性が薄くなり、帝国の直轄領の増加、中央集権への道が開けた。

 東方への進出拠点であり、要でもあるルテティア王国も例外ではなかった。
 王族が皇族に連なるとはいえ、反乱の潜在要素である王国は、帝国にとって危険であり早急に潰したかった。
 そのため鉄道が敷かれ、王国は徐々に衰退していった。

 だが、ここで一人の英雄が現れた。
 それが、玉川昭弥だ。
 彼は王国が敷いた鉄道を改善し、改良し、規模を拡大することで王国を復活させ、国力を回復どころか跳躍させた。
 鉄道網は王国中に広がり、帝国鉄道に互する、一部では凌駕する存在となった。
 この成功を見た他の貴族や領主はこぞって自ら鉄道を敷き始めた。
 だが、成功する為の方法もノウハウも、何よりレールも機関車もない弱小な領邦もあった。彼らは王国に鉄道建設の支援を申し込み、昭弥をはじめとする王国鉄道の人員は帝国各地にある領邦や町に鉄道の建設を支援した。

 現在、帝国内の鉄道の状況はこうだ。

 帝国鉄道
 帝国直轄にして最大の規模を誇る。帝国各地を結んでおり路線網も更に拡大中。ただし、一部に貧弱な路線が有ったり、技術面で後述の王国鉄道に遅れをとっている。

 王国鉄道
 ルテティア王国を中心に路線網を広げている。範囲は王国内とその周辺と狭いが、多くの機関車客車を持ち、多数の列車を運行、その規模は帝国鉄道に匹敵する。技術革新が著しく、電気鉄道を初めて実用化。鉄道面では帝国いや世界一であり、最先端を行っている。

 領邦鉄道
 各地の領主が独自に作り上げた鉄道。領内の運行に限定される。
 独力で運営する者、王国鉄道の支援を受けて建設されたものの二つがある。
 通常は標準軌で敷かれる。

 地方鉄道
 帝国内の独立都市、あるいは村や町が独自に作り上げたもの。だが、資金が少なく規模が小さい。町や村の中、隣の村までという規模。希に大規模農場で農園内で運営されることあり。標準軌では無くより狭い狭軌で運営される事も多い。個人で運営される場合も有るが、その場合人力で動かすことが多い。

 特徴として、新設線の多くが王国鉄道の支援、影響を受けていることが上げられる。
 小さな狭軌は軽便鉄道で王国鉄道が販売する軽便用の機関車、車両、レールによって簡単に作られる事が多い。
 だが、一部では独自に帝国の工房に依頼して独自に機関車や車両を製造して貰い、運用している鉄道もある。
 そうした雑多な鉄道の状況を改善し、利便性を高めるために帝都において会議が開かれようとしていた。



「それで状況はどうだい?」

 会議出席の為に帝都に入ると同時に昭弥がセバスチャンに尋ねた。
 元盗賊であるセバスチャンは帝都内にも諜報網を作っており、各地の情報を集めていた。今回の会議に先立ち、昭弥はセバスチャンを先発させてでどのような議題が持ち上がるかを調べていた。
 幸い帝都には王国の屋敷があり、治外法権が認められているため、安全に情報の遣り取りや討論が出来た。
 一応、王国鉄道の支店もあるが、安全を考えると王国の屋敷が良い。

「主に規格の統一ですね」

「決めるのが帝国、そして皆に押しつける、と言ったところか」

「そうですね」

 ルールに従うのは当然だが、そのルールが正しいか、害を為さないか、人に強要する者では無いか、それを考えるのは重要だ。
 例えば時速六〇キロで走る機関車を持つ会社Aと時速三〇キロで走る機関車を持つ会社Bがあるとする。
 当然、早く走れる方が人気となるだろう。
 だがそんなとき速度の出し過ぎは危険だから制限しようという案が出て時速三〇キロに制限されたとする。
 会社Aの機関車は実力が発揮できない。それどころか時速六〇キロで走るために会社Bより設備投資をしていたが、無駄になってしまった。会社Bより多く投資した分、会社Aの運賃は高くなるので会社Bに対抗できない。
 ルールを無視しても安全に運転できるが、ルール違反となり社会的な制裁を受けることになるだろう。
 もっと簡単に言いうと、国際化してルールが変えられて金メダルを取れなくなってきた柔道と言えばわかるだろうか。
 あるいは、学校などでトイレを使用するとクソッタレと言われて虐めに遭う。人のどうしようもない生理現象、誰もがする事を悪事のように言い立てて貶す、あるいは罰するルールが出来てしまう。
 そのような事が、今回の会議で行われる可能性があった。
 だからこそ、昭弥自ら乗り出す必要があったのだ。

「兎に角、情報を集めてきてくれ」

「はい」

 大荒れになるであろう会議を前に昭弥は、気を引き締めた。
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