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第二部 第四章

帝国直行便

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「このところ、王国鉄道に後塵を拝してばかりではないか」

「申し訳ございません」

 皇帝の詰問に担当者はひれ伏すばかりだった。

「何故勝てないのだ」

「予想外の想像も出来ないサービスや手段を取ってくるため、対応できないのです」

「ならば連中に真似の出来ない方法をとらんか」

「方法と申されましても」

 斬新で直ぐに儲かるアイディアがあるなら直ぐにやっている。いきなり新しい事業プランを出せと言われて頭を抱える新人社員のように担当者は悩んだ。

「兎に角何か考えろ。この帝都でも王都のユリアの嘲笑うような声が聞こえてきそうだ。……まてよ」

「どうなさいましたか?」

「いっそ、直行便を出してはどうだ。この帝都から王都までの列車を」

「? 鉄道は既に結ばれておりますが」

「乗り換えずに行くのだ。それも定期的に」

 帝国鉄道では基本的に一つの路線を往復するだけで、複数の路線を超えて行く列車は無い。皇帝専用列車や個人用の特別車は別で、ターミナルで客車に乗ったまま、目的地へ行く列車に接続して運んでくれる。
 皇帝フロリアヌスは、そのような事を行わずに一挙に目的地まで乗り換えなく行く列車を走らせようというのだ。

「これならば幾ら王国鉄道の連中でも真似できまい。連中は王国内でしか線路を敷けないのだからな」



「帝都直行便が出来るそうです」

 セバスチャンが報告してきたが、昭弥は黙り込んだままだった。

「社長?」
 返事がないので昭弥の様子を見た。
 震えている。身体が小刻みに動いている。
 よほど拙いことなのか。これまで自信満々だった昭弥に取って初めての危機なのだろうかとセバスチャンは不安になった。

「社長」

「ようやくまともな対抗策を実行してきてくれた」

 違っていた。
 喜んでいた。
 ようやく会えた対等なライバル、まともに対戦できる相手を見つけた歓喜で震えていた。

「あの、そんなに凄い手なんですか?」

「ああ、凄く良い手だ。俺たちが手出しできないところに手を打ってきたからね」

 鉄道が走れるのは線路の上だけ。
 王国鉄道は王国内とその周辺にしか線路を引いていない。その外への列車を走らせる事が出来るのは帝国中に線路を引いているのは帝国鉄道のみ。
 その外側への連絡移動手段を提供されては王国鉄道は何ら手を打てない。

「何ら対抗手段が無いんですか」

「そうだね。線路が無いし敷設する訳にも行かないし」

 王国の外は他の帝国貴族の領地だし、帝国領内の場合は帝国が許さないだろう。

「では何ら手を打てないのですか」

「そうだね。打たなくても良いんだけどね」

「どうしてです?」

「帝都と王都を鉄道で結んで何か良い事があるの?」

「それは……えーと……何かありましたっけ?」

 間抜けな尋ね方をしたセバスチャンだったが無理も無かった。
 王都と帝都の間でやりとりする必要が無かった。
 精々帝国本土で出来る繊維製品と王国が生産したり輸入している香辛料の交易があるくらいだが、帝国と王国の境でも十分出来ることであり、無理に帝都に行ってまでやる必要は無かった。

「なのにどうして帝国鉄道はそんなことをやって来たんでしょう」

「簡単だよ。彼らの長所を生かして、そしてこちらが絶対に手出しできない場所で商売をして利益を得るためだよ」

 幾ら儲かると解っていても、手出しできないと言うことはある。
 隣の土地に金が眠っていても、自分の土地じゃないから掘ることは出来ない。無理に奪い取ろうとすれば争いになる。
 王国が帝国に手出ししても何ら良い事はない。

「では放って置きますか?」

「いや、折角本気になってくれたので対抗してあげよう」



 数ヶ月後、大迷宮に作っていた連絡線が完成してチェニスからトラキアまで列車が通れるようになって暫く経ったとき、昭弥はそこの港に立っていた。

「出来たぞ」

 昭弥が自信を持って見たのは、巨大な帆船だった。
 それもこれまで作られた帆船より倍も大きな船だった。

「最新鋭蒸気帆船海の女王号。今までに作られた船の中でも最大の船だ」

 これまでは九〇メートル級の船が最大だったのだが、昭弥は一挙に一八〇メートルに巨大化させた。

「どうやって作ったんですか?」

 セバスチャンが尋ねてきた。

「簡単、鋼鉄で作った」

 木造船が作れるのは、全長一〇〇メートル以下と言われている。何故なら木は弾力があり、しなる。そのため、長い船体を作ると前後が垂れ下がってしまい宜しくない。
 だが鋼鉄は、しなりが殆ど無いため巨大な船を作ることが出来る。
 これまで作られなかったのは鉄が貴重品で少量しか作れなかったからだ。
 だが、今はルテティアの製鉄所で大量に生産できる。
 そこで昭弥はレパント海に鋼鉄製の大型船を建造して就役させた。予めチェニスの造船所で建造しておき、一旦解体して鉄道で運んでトラキアで組み立てて作り出した。

「蒸気機関で動くんですか?」

「港への入港と出港の時と帆を張り増すときにね」

「洋上で動かさないんですか?」

「それだけの蒸気機関を作れなかった」

 蒸気機関車用の蒸気機関は小型のため、船舶用、特に外洋で航行させる大型船に使うには小さすぎる。
 そこで昭弥はさほど速力を必要としない入港時と出港時、そして力のいる帆の張り増しをするときロープを巻き上げる装置の動力源として用いることにして、外洋では帆走させることにした。

「だが、お陰で自力で入港可能。普通の帆船より小回りはきくはずだ。それに外洋での人数が少なくて済むからコストは安い。何より大量に荷物も人も運べる」

「ええ、そうですけど良いんでしょうか?」

「何がだい?」

「鉄道会社なのに船を運用するなんて」

「お客様の利便性を考えて建造したんだ。問題無い」

 昭弥的には十分OKだった。
 かつて国鉄時代には関門海峡に連絡線があったし、青函トンネル開通前は青函連絡船があった。
 更に下関と釜山を結ぶ連絡線があり、朝鮮半島の鉄道網を通じて満州やシベリア鉄道に連絡していた。
 現在もJR西日本の子会社が宮島航路を、JR九州の子会社が博多と対馬、釜山を結んでいる。

「専用の埠頭も用意した。船が着いたら直ぐに列車に乗り込んでルテティアへ向かうことが出来る様にしてある」

「本当に凄いですね」

「まさか船で帝都とルテティアを結ぶとは思っていないだろう。海の上は自由に航行できると帝国法にもあるからね。問題無いよ」

 昭弥は不敵に笑った。

 事実、帝国鉄道の路線の場合、遠回りすることになり時間が掛かり、王国鉄道の船舶経由より時間が長かった。
 なので王国鉄道の方が旅客数が多くなると言う、皮肉な結果となった。それでも一定の数を確保出来たのは乗り換えの手間が掛からないのと、船に乗りたくないという乗客がいたからだった。
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