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第二部 第三章

自動連結器 2

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「起床ーっ!」

 夜明け前、指定された宿で号令と共にアンナ達は起こされた。
 着替えた後、続々と食堂に移動して朝食を取る。
 最近普及し始めた電球の明かりの下で、取る食事だが眠気で機械的に食べ物を口に運ぶだけだ。

「総員集合」

 朝食をとりおわると、組長の号令で宿の前に整列して人数を確認する。班をいくつか纏めて組を編成している。

「欠員ありません」

「よし」

 組長が報告を受けて頷いた。

「これより作業場に向かう。他の組みも周辺の宿に泊まっており、作業場へ向かっている。迅速に移動するため整列し、決して乱すこと無く移動せよ。以上だ。では出発!」

 組長を先頭に、作業員達が二列縦隊で後進して行く。

「あーかったるい」

 いつもの検査だって集中力を必要とするのに、こういう突発的な行事が入ると、体調管理に支障が出て、翌日からの作業に問題が出る。今日のことで明日は臨時の休みになっているが、リズムが狂うのは勘弁願いたいと思うアンナだった。

「自連の歌、始め」

 組長の号令と共に全員が唱和を始めた。

一、 
 世界に例なき自連替え 
事故多発のまん中に 
明日を待たれぬ今日限り 
励めや励め国のため 
二、 
 世界に例なき自連替え 
 かねての段取り忘れずに 
 せかずあわてずてばしこく 
怪我せぬようにしっかりと 

三、 
 世界に例なき自連替え 
鉄道あっての大改良 
 我らの責任いと重し 
 ぬかるな確認それよいか 

四、 
 世界に例なき自連替え 
自動の効能すばらしく 
愉快に走る鉄道の 
名誉を大いに発揮せよ
 (自連替えの歌より引用)

 わざわざ、歌を作るほどの熱の入れよう。どうしてこれほどの熱意を持って行うのかアンナには解らず、空回りしているように見えた。
 ただ、他の組みも同じように歌いながら通りを後進し、次々と集まり、作業場である貨物操車場に向かって行く。
 操車場に着くと、全ての組が集合し訓示を受けることとなった。
 この取り替え作業員の団長であり、この操車場の区長が演台に立ち、激励を行った。

「いよいよ、本日は予定されていた自動連結器切り替え作業である。既に客車は終了し問題無い。あとは貨車の一斉取り替えである。そのために本日は貨物列車の運行を全て取りやめここを始め、王国鉄道会社社員総出で行う。何としても今日中におわらせなければならない。諸君らの奮闘に期待すること大である。なおここでは特別に社長がたっての願いで、激励を諸君らに行う。静聴するように」

 そう言うと社長の方向を向いて一礼すると、演台から下がった。
 続いて上がったのは、王国鉄道会社社長、玉川昭弥だった。
 演台に立つと数秒の間、黙ったままだったが、全員が注目すると、ポツリと呟くようにそれでいて全員に聞こえる声で話し始めた。

「一八一〇名中五三七名」

 突然昭弥が話した人数に作業員一同は疑問符を浮かべてた。

「何の数値かわかるか?」

 社長に尋ねられても誰も答えられなかった。

「昨年連結員として在籍した一八一〇名中死傷したのが五三七名だったという数字だ。そして殆どが死者だ」

「!」

 全員が驚きのあまり息を呑んだ。三人に一人が死んでいるとは聞いていなかった。

「これまでは連結のため狭い車両と車両の間に入り込むため事故が多かった。また機関車が不用意に動くため車両に巻き込まれる事も多々あった。全てはリンク式だったためだ。だが、自動連結器に変わればこのような悲劇を無くすことが出来る。軍用列車二五号事件のような事故は勿論だ」

 昭弥の演説は徐々に熱を帯びて行く。

「今日の作業は鉄道の未来を左右する重大なものだ。私は社長としてこの作業を成功させたい、いや、何が何でも完遂させる。断固とした決意を持って今日中に作業を完遂させる。連結器による事故を防ぐため、悲劇を局限させるためになんとしても達成する。そのために作業員諸君のみならず、王国鉄道の各所合計六万人がこの日のためには長時間にわたり作業に習熟して貰った。すべては悲劇を無くすためだ。どうか大掛かりな一作業としてでは無く、被害者を未来に出さないため、人の命を、何より仲間の命を守るためにも、この作業にあたり、完遂をしてもらいたい。例え一箇所でも取り替えが行われなかったとなれば意味は無く、無に帰してしまう。今日一日で完遂することを社長として一鉄道員として切に願うものである。以上」

 昭弥が話しを終えると、緊張に満ちた沈黙が走った。
 意気消沈では無い、作業員達の身体の中で熱い何かが広がっていた。

「各員、所定の計画に従い作業を開始せよ」

 団長からの指示を受け、彼らはその時を待つ、いや、求めた。

「かかれ!」

 団長の号令と共に全作業員が一斉に持ち場に向かって走った。
 だらけた気分の者は一人も無く、全員が溢れる闘志を作業に向けていた。

「作業開始」

「ぐずぐずするな」

「今日中に終えるぞ」

 そこかしこで怒号が響く。だが、殺気立っているのでは無く作業を猛烈に行おうとする威勢だった。

「おい、あんまりペースを上げすぎるな。ばてるぞ」

「大丈夫です。まだ行けます」

「次持ってこい」



「……拙い、発破をかけすぎたか」

 作業員の様子を見て昭弥は顔をしかめた。

「しかし、作業員がやる気になるのは宜しいのでは?」

 傍らに控えていたオーレリーが言う。

「作業は始まったばかりだ。まだ、はじめだぞ」

 今日一日で全ての作業を終了させる。逆に言えば一日掛けて作業を行うという意味であり、最初の一時間で疲れ果てて作業不能になるのは困る。

「大丈夫でしょう」

 気楽にオーレリーがいった。根拠の無い事だが、無邪気な彼の言う言葉に昭弥は幾分か気が楽になった。

「何としても成功させたいものだ」

「しかし良いのですか? 帝国鉄道との相互乗り入れをせずに」

 一応帝国鉄道に自連を使用しないかと尋ねたが、拒否されている。そのため帝国鉄道はリンク式を使い続ける。事実上、王国鉄道と帝国鉄道は貨車の接続が不可能になる。

「そのことに関しては、既に説明は終えているよ。乗り入れの列車は極力少なくする。帝国鉄道乗り入れの列車は分解せず、停車駅も限定する。取り扱うときは、機関車の切り替え連結器を使う。それだけだ」

 リンク式と自動連結器をレバー一つで切り替えることの出来る連結器を蒸気機関車に取り付け済みで、運転には支障は無い。だが、王国鉄道内の貨車と、帝国鉄道の貨車は互いに連結することは出来ない。

「良いのですか?」

「王国内での運転が多いし、本土への連絡線開設も間近。収入も王国内の貨物輸送が多い。相互乗り入れが無くなっても十分やっていける。連結員の安全を考えれば、妥当な判断だよ」

「帝国が文句を言いませんか?」

「王国鉄道は王国の鉄道。どう扱おうと、連結器を変更しようと問題無い」

 帝国法で王国の義務が規定されているが、鉄道に関しては一切の法律がない。なので事実上、全て事業者が勝手に行う事が出来る。
 そのため、後に係争の種となるが、まだ先の事だ。

「兎に角、賽は投げられたんだ。あとは前に進むしかない」
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