上 下
108 / 319
第一部第四章

東方機動戦 前編

しおりを挟む
「正面の敵の数は?」

 アッシュール正面にいた周の軍勢の司令官は尋ねた。

「偵察の報告だと、一〇〇〇程だとの事です」

「先の戦では、二万はいたが」

「岸の奥に隠れているのかもしれません。あるいは、毛将軍の軍勢を撃破するために南下したのかもしれません」

「ふむ、あり得るな」

 バビロン攻撃部隊からの報告では、毛の軍勢を襲撃した敵部隊に、自分の正面にいた第九師団も参加していたと言う。

「敵は少数だろう。翌朝、渡河を行い橋頭堡を確保する。さあ準備せよ」

「将軍様、川船は一万人分しか有りませんが」

「十分だ。正面の敵は一〇〇〇程度。蹴散らせる」



 アッシュールに残った砦に配置された独立守備隊を率いていたのは王国軍でも有名なオリバー・ミード中佐だった。
 何故、有名かというとスコット中将と同年齢の士官だからだ。
 スコット中将と違い、男爵位を持つ貴族だったが、軍人が天職であり、前線任務を好んだため、昇進に必要な中央での勤務を拒み続けてきたため、中佐のままだった。
 また、若い頃一度反乱軍に加わり、捕らえられて牢獄に入れられ降格、降爵処分を受け、出世コースから外れたという理由もあった。
 彼が牢から出ることが出来たのは、外国からの侵略があったため指揮官が必要だったからである。
 領地を持っていたが、軍人が性に合っているため、早々に長男に譲り、自分は望んだ軍人ライフを過ごしている。
 ただ周囲は、特に彼より階級の高い指揮官は迷惑だと思っていた。
 自分の父親と同年齢の戦歴豊富な部下というのは、命令しづらい。
 そのため、同年齢のスコット中将の元に押しつけられるように配属された。
 そのミード中佐は攻撃が始まる前、砦の自室にて椅子に座って

「……ぐーっ」

 寝ていた。
 居眠りではない。熟睡である。
 その証拠に自ら毛布にくるまり、椅子に座っていた。書類整理の途中で寝たのではない。
 だが、夜明け近くになって目を見開き呟いた。

「戦だ」

 毛布をはね除けると、立ち上がって副官を呼んで指示した。

「非常呼集! 総員戦闘態勢。ただし頭を出すな。砲撃を喰らうぞ」

 砦内の部隊が次々と配置に付く。開戦時の攻撃で主な施設は破壊されていたが、鉄道建設員の協力もあり迅速な応急修理を行い最低限戦う準備は整えていた。

「敵接近」

「まだじゃ。敵が浜に着いたとき大砲を撃つんじゃ」

 焦る部下をミード中佐は抑えて、時機を待つ。
 やがて周の軍勢が川船を浜に着けた。

「撃て!」

 ミードの命令と共に浜に着いて船が止まったところに砲撃を浴びせた。
 集まっていた周軍にとってはたまったものではない。

「敵の砦に向かって突撃せよ」

 だが、周軍の数は多く、生き残った者は多かった。

「砦に向かって突撃しろ」

 後続を援護するためにも、上陸した部隊は砦を排除しようと突撃した。
 幸いにも銃撃は少なく砦に接近できたが

「な、なんだこれは」

 二〇メルほど前で鉄条網によって足止めされた。
 そして二〇メルは、マスケット銃の有効射程だった。

「撃てッ」

 一斉射撃を浴びた周軍は次々と倒れて行く。前進しようにも鉄条網が邪魔。後退しようにも味方が多くて下がれない。
 集まったところに、大隊砲も射撃に加わり散弾の雨が降り注ぐ。

「敵を撃退しました」

「よし、敵はまだまだいる。負傷者を収容。弾薬を補充しろ。直ぐに敵は来るぞ」

「はい」

 部下が気のない返事で答えたのを聞いたミードは言った。

「心配するな味方は直ぐに来てくれる。それにこの砦は簡単には落ちん」

「は、はい」

「南側が手薄ですが」

「構わん。中央と北側に集めろ」



 その後数回に及ぶ突撃を行っても砦は落ちなかった。

「あんな小さな砦に何を手間取っている!」

「鉄の茨が邪魔して突撃できません」

「迂回しろ」

 いくら大河とは言え上陸できる地点は限られている。更に川船が足りないため、効率よく兵を運ぶために、移動距離を短くしようと集結地から離れないように設定するしかなかった。そのため砦の正面に突撃することになってしまった。
 だが、被害が大きいと迂回せざるを得なかった。
 昼過ぎには、迂回部隊を編成し、手薄な南側、川下に上陸し進軍を開始した。
 だが、そこにアッシュール救援のため鉄道輸送で急行してきた第九師団の突撃を周の軍勢は受けてしまう。
 横腹を見せていたこともあり、周軍は大損害を受けて撃退された。



「どういう事だ! 偵察では敵は一〇〇〇程度ではなかったのか!」

 迂回部隊が壊滅した報告を聞いた彭は、部下を問い詰めた。

「はい、昨日の偵察では確認できませんでした」

「では何故これほど多くいるのだ!」

「敵は後方に隠れていたのかも知れません。兵は平坦な場所なら、一刻の間に六里(周の単位で六キロ)を歩めます。早馬による報告を受けて、早足で駆けつけて来たに違いありません」

 偵察では川の周辺を捜索するのが限界だ。最長でも三〇里(三〇キロ)までが限界で、それより遠くの敵を見つける事は出来まい。

「仕方ない。他の部隊の渡河を急がせろ」

 こうなれば敵の増援以上の兵力を投入して強引に攻め落とすしかない。
 敵は強行軍で移動してきており兵力が少ないと判断してのことだ。
 しかし、王国軍は鉄道輸送により更に増強を進め最終的には三個師団三万人に増強され、橋頭堡を攻撃。
 確保出来る見込みが無いため彭は撤退を決断し夕方までに、撤退した。

「どういう事だ! 敵は二万程度では無かったのか。三万はいたぞ!」

「はい、敵の増援があったようです」

「信じられん」

 ユーフラテス川はルビコン川から離れている。増援は最短でも一月はかかると計算していた。

「まだ増援があるかもしれん。暫く様子を見る」

 川船の数が足りないので上陸を見合わせたのは、当然だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

裏社会の令嬢

つっちー
ファンタジー
ある日、学校へ行く途中トラックに轢かれそうになった小さな子供を助けたと同時に身代わりになって死んでしまった私、高ノ宮 千晴は目が覚めたら見知らぬ天井を見上げていた。 「ふぇ!?ここどこっ!?」 そして鏡を見るとそこには見目麗しい5歳?の少女が...!! これは異世界転生してしまった少女、高ノ宮 千晴改めアリス・ファーロストがなんとなく生きていく物語。

異世界楽々通販サバイバル

shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。 近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。 そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。 そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。 しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。 「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

辺境の契約魔法師~スキルと知識で異世界改革~

有雲相三
ファンタジー
前世の知識を保持したまま転生した主人公。彼はアルフォンス=テイルフィラーと名付けられ、辺境伯の孫として生まれる。彼の父フィリップは辺境伯家の長男ではあるものの、魔法の才に恵まれず、弟ガリウスに家督を奪われようとしていた。そんな時、アルフォンスに多彩なスキルが宿っていることが発覚し、事態が大きく揺れ動く。己の利権保守の為にガリウスを推す貴族達。逆境の中、果たして主人公は父を当主に押し上げることは出来るのか。 主人公、アルフォンス=テイルフィラー。この世界で唯一の契約魔法師として、後に世界に名を馳せる一人の男の物語である。

異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう
ファンタジー
なろう様でも投稿しています。 真夏の昼下がり歩道を歩いていた「加賀」と「八木」、気が付くと二人、見知らぬ空間にいた。 そこに居たのは神を名乗る一組の男女。 そこで告げられたのは現実世界での死であった。普通であればそのまま消える運命の二人だが、もう一度人生をやり直す事を報酬に、異世界へと行きそこで自らの持つ技術広めることに。 「転生先に危険な生き物はいないからー」そう聞かせれていたが……転生し森の中を歩いていると巨大な猪と即エンカウント!? 助けてくれたのは通りすがりの宿の主人。 二人はそのまま流れで宿の主人のお世話になる事に……これは宿屋「兎の宿」を中心に人々の日常を描いた物語。になる予定です。

兎人ちゃんと異世界スローライフを送りたいだけなんだが

アイリスラーメン
ファンタジー
黒髪黒瞳の青年は人間不信が原因で仕事を退職。ヒキニート生活が半年以上続いたある日のこと、自宅で寝ていたはずの青年が目を覚ますと、異世界の森に転移していた。 右も左もわからない青年を助けたのは、垂れたウサ耳が愛くるしい白銀色の髪をした兎人族の美少女。 青年と兎人族の美少女は、すぐに意気投合し共同生活を始めることとなる。その後、青年の突飛な発想から無人販売所を経営することに。 そんな二人に夢ができる。それは『三食昼寝付きのスローライフ』を送ることだ。 青年と兎人ちゃんたちは苦難を乗り越えて、夢の『三食昼寝付きのスローライフ』を実現するために日々奮闘するのである。 三百六十五日目に大戦争が待ち受けていることも知らずに。 【登場人物紹介】 マサキ:本作の主人公。人間不信な性格。 ネージュ:白銀の髪と垂れたウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。恥ずかしがり屋。 クレール:薄桃色の髪と左右非対称なウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。人見知り。 ダール:オレンジ色の髪と短いウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。お腹が空くと動けない。 デール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。 ドール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。 ルナ:イングリッシュロップイヤー。大きなウサ耳で空を飛ぶ。実は幻獣と呼ばれる存在。 ビエルネス:子ウサギサイズの妖精族の美少女。マサキのことが大好きな変態妖精。 ブランシュ:外伝主人公。白髪が特徴的な兎人族の女性。世界を守るために戦う。 【お知らせ】 ◆2021/12/09:第10回ネット小説大賞の読者ピックアップに掲載。 ◆2022/05/12:第10回ネット小説大賞の一次選考通過。 ◆2022/08/02:ガトラジで作品が紹介されました。 ◆2022/08/10:第2回一二三書房WEB小説大賞の一次選考通過。 ◆2023/04/15:ノベルアッププラス総合ランキング年間1位獲得。 ◆2023/11/23:アルファポリスHOTランキング5位獲得。 ◆自費出版しました。メルカリとヤフオクで販売してます。 ※アイリスラーメンの作品です。小説の内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

処理中です...