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第一部第三章

郵便事業

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「しっかし、不便やな」

「何がですか?」

 不満顔のサラに昭弥は尋ねた。

「商会とのやりとりが文書のみで、人を送らなあかんことや」

 この時代、手紙は下っ端の小間使いなどに持たせて相手へ渡して来るのが殆どだ。遠くの場合は行商人やキャラバンに手間賃を払って渡して貰う。飛脚や早馬もいたが、料金が高く、貴族や大商人が利用しているに過ぎなかった。

「もう少し、安くて使いやすい方法あらへんかな。鉄道のお陰で届く時間は早うなったけど、その分早う届けなあかん用件がごっつう増えたわ」

「他の商会も似たようなものですか?」

「多分な。この分やと連絡の遅れで商売の勢いが落ちるで」

 その時、昭弥の目が輝いた。

「よし、ソロソロ郵便事業を始めるか」

「何やそれ」

「簡単に言うと、そういう文書を運ぶ専門の機関です。一定料金を払って、相手に届けてくれるんです」

「そりゃ便利や。何処まで運んでくれるんや」

「王国全土どこからどこへでも」

「そりゃええわ。ってチョイ待ちや、それどんだけ人がいるんや。何万でも足りへんで」

「だから今まで実行しなかったんですよ。人手不足ですから」

「なるほどな。けど、いきなりで上手くいくんか?」

「いきなり全土は無理でしょう。それは最終目標にして、とりあえず鉄道沿線だけで始めてみます」

「まあ、それやったら上手く行くわな。それで届けるのはどないするんや?」

「それも人が足りないと思うから、最初は一部の契約した商家のみ届けることにして手紙や文章を受ける郵便局を設けて、そこに私書箱を置いて貰う」

「私書箱?」

「手紙を受ける箱で、そこに行けば自分宛の手紙を受けることが出来ます。まあ、無くても局留めにしてやってきた人に渡そうと思っていますけど。周知できないから無理かな」

「それだけでも便利やな。早速始めればええで。けど、本格的に始めると赤字になりそうやな。何しろ全土に広げるんやから。あと料金がどこから何処までと決めるのがめんどいな。地域差があるし」

「それほど酷くはならないと思います。手紙を出す相手は、同じ町とか隣町ぐらいで遠くの町はそんなに無いと思います。相手は近距離の人が殆どですから。それに料金は距離では無く、重さによって決めようと思います」

「? なんでや。遠くのほうが経費かかるから高こうするのが当たり前やとおもうで」

「いえ、同一料金にした方が、そういうことを調べる手間が省けて経費が安くなります。それに先ほども言いましたが、遠距離に出す人は少なく、近距離に出す人は多いので遠距離を基準にして同一料金にした方が、収入は多くなります。重量を基準にするのはやっぱり重いと運ぶ手間がかかるので、なるべく軽くするためです。それに、この事業が始まれば、遠距離は鉄道で運ぶことになりますから鉄道会社の収入になります」

 実際、初期の鉄道にとって郵便は重要な安定収入源だった。始まった郵便事業にとっても安定的に大量の郵便物を遠方に運ぶのは鉄道が有利だった。今も、大きな鉄道駅の近くに郵便局があるのは、鉄道で郵便物を運ぶため、駅に近い方が有利だからだ。
 現に東京駅には、東京郵便局の間に郵便物を運ぶトンネルが用意されていた。
 これらの郵便は列車に繋がれた郵便車で運ばれ、全国に運ばれた。現在は、トラック輸送に取って代わっているが、それまでは郵便はほぼ全て鉄道で運ばれた。

「そらええわ! ……けど一寸、セコかないか」

「今まで無かったんですから、料金設定は自由自在です。先駆者の特権を行使させて貰います。それでも今までよりも安くて使いやすくなりますよ。なるべく割安な料金で運びますよ」

「そらそうか。確かに無いよりましやね」

「さてと、早速準備のための計画書を書かないと」

 そう言うと部屋のソファーに座って懐から紙を取り出して書こうとした。

「って、ここはウチの部屋やで」

「おっと失礼」

 そう言って昭弥は、部屋から出ようとした。が、サラに止められた。

「昭弥はんは、いつも手元に計画が有るんやね。一体幾つ持っているんや」

「百ほどですかね」

 昭弥はおどけたようね答えてドアを開こうとしたが、その前にドアが開いてしまった。

「あーっ、やっぱりここにいたのです」

 ドアから現れたのは、昭弥の胸ほどしか身長のない、小さな女の子だった。しかも完全フル装備のメイド服を着ている。

「なんやその子は?」

「今度私のメイドとしてやってきたロザリンド・レイビーさんです」

「そんなのが趣味なん?」

「違いますよ。忙しいだろうから身の回りの世話をする人間が必要だろう、と送ってきてくれたんですよ」

「身の回りって、夜の?」

「普段のお茶くみや掃除です」

 声を荒げながら昭弥は答えた。

「でもセバスチャンはどうしたんや?」

「身の回りの事は頼んでいたんですが、他の仕事を頼むようになったので彼にはそちらに専念して貰う事にしました。そしたら、ユリアさんから送られてきたんですよ」

「へー、ユリアさんから。大丈夫なん? 部外者入れても」

「一応貴族の身分です。エリザベスさんの遠縁にあたるそうで、信頼できます。王城に行儀見習いとして来たんですが、僕の所に配属になったそうです」

「なるほどな」

 サラは、どうしてユリアがこんな子を送り込んできたか察した。

「どんなことをしろと女王陛下に言われたん?」

「女性の所に入り浸って仕事を疎かにしないよう監視しろと言われました」

「そんな事しないよ」

 サラは苦笑しながら、その光景を見た。
 ライバル視されるのは光栄だが、残念なことにどちらかというと目標にすべき相手なのだ。
 もっとも、魅力的で心が動いていることは確かだが。

「さあ早く部屋に戻って仕事をするのです。書類が来ています」

「分かったよ」

 ロザリンドに背中を押されて昭弥はサラの部屋を出て行った。

「……見せつけんでくれへんかな。こっちも煽られて火が着くで」
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