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当直任務
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「天海候補生、当直を引き継ぎます」
艦橋の一角で候補生である天海渡は、前の当直だった仲間の候補生に申告した。
すでに十分前に艦橋に入り、前任者からの引き継ぎと各部の状況確認を五分前には終えており、交代の時間になってもスムーズに交代を終えた。
第五種哨戒配置のため二時間という比較的短い当直だったが、司令をはじめ艦長、副長が詰める艦橋配置は他の配置より極度に緊張するのが候補生達の暗黙の合意となっていた。
そのことも考慮して司令をはじめとする教官達は、第五種哨戒配置を命じていた。
第何種配置とは、数字の部分で乗員を割って配置を作り、交代で当直――任務に当たることを意味する。
第五ならば、乗員を五分割しているという意味で、艦内で配置についているのは全乗員の五分の一というわけだ。
残りは、仮眠、食事、当直以外の雑務を行うが、候補生の場合には実習や課題遂行という仕事も加わる。
しかも時折訓練教育のため、第一種戦闘配置――全員が部署に付く態勢が命じられる事もある。
比較的短時間で終わることもあれば二四時間ぶっ続けで配置につかされる事もある。
その間の休憩は与えられず、隙を見て身体を休める――むしろ、この技を身につけさせるためにわざと長時間配置をやっているように天海は思っていた――それ以外に休む方法は無く嫌でも身体を休めることを、だが決して命と艦に関わることは手を抜かない事を覚えるのだ。
第五種ならば二時間の当直の後、八時間の休憩が取れるが、雑事が入るし、呼び出しや配置が掛かれば睡眠中もたたき起こされる。
そのため、睡眠時間は短くなりがちだった。
特に課題の多い候補生の場合はそれが顕著だった。
だが、それもこのエンコウ――遠洋練習航海が終われば、晴れて任官し候補生卒業となる。
しかし、航海はまだ道半ばであり、候補生はようやく半分か、と溜息を吐いていた。
その中で天海は比較的、上手くやっている方だった。
当直に入るとすぐさま、レーザー測距を行い、数字を確かめると、あとは自分の配置で動かずに周囲の状況を確認するだけだった。
「おい、天海候補生」
当直を交代してから十数分後、練習艦宇佐の航海士である高木中尉が声を掛けてきた。
「はい、なんでしょう」
「旗艦までの距離は把握しているか?」
「はい、千メートルを保っています」
「出鱈目を言うな。装置を使わずに何故分かる」
「見ていましたから」
「兎に角、正確に測距しろ」
「了解」
言われてすぐに天海は、装置を作動させ、旗艦に向かってレーザーを放ち、レーザーが戻ってくるまでの時間差を機器に計測させ、距離を割り出した。
「一〇二〇メートルです」
「……宜候っ」
バツの悪い思いで航海士は了解を告げた。
候補生より劣っているのを艦橋内の人間に見せてしまったからだ。
士官が殆どだが、伝令、通信、操艦などの実務を行うために下士官や兵もいる。
彼らから尊敬されない士官は、悲惨だ。
指揮命令を行うのが士官であって命じても下士官兵が動いてくれない士官など無能も同義だ。
技量の劣る士官は下に見られる。
逆に技量が優秀と下士官兵が認めれば階級が下でも例え候補生でも一目置かれる。
天海は、下士官兵からの信任を一段と高めた。
(やりづらいな)
心の中で天海は思った。
言われたことをやり遂げているだけなのに何故か、嫉妬される。
自分はただ兵学校で指導学生から教えて貰った方法を実行するだけだった。
目標となる艦、この場合は旗艦の位置を確認し艦橋配置に付いた時、窓枠のビスのどの位置にいるか確認し方位を確認、至近距離――、一〇〇〇メートルは宇宙では至近距離だ――ならば旗艦のマストと船底がどのビスの位置にあるかを見ておけば距離を測れる。
少なくとも接近しているか遠ざかっているか分かる。
レーザー測距を行わずに見る事が出来ると、下士官上がりの指導学生が教えてくれた。
それを実地で行っただけだ。
配置に付いた瞬間、立ち位置を決めて旗艦の大きさと位置を確認して、測距して距離を把握してずれが生じた時に改めて測距すれば良いようにしたのだ。
これなら測距の回数を大幅に減る。
測距をやるのは水兵なので、やり過ぎると恨みを買うし、神経質な士官と思われる。
何より、些事に動揺しない、正確に艦を把握できる士官と見られ侮られない、と言われた。
自分が生まれる前から宇宙軍に入って水兵から始めた人の言葉は全く重みが違う。
実際、この方法を完璧にこなした天海は下士官や兵から信頼されていた。
しかし、何処か士官からは勤務態度が少しよろしくない方々からは不評だった。
どうして正しいことをしているのに恨みを買うのか若い天海には理解できなかった。
気が滅入ったので視線を旗艦からずらして星を眺めた。
「今日も星が綺麗だ」
艦橋の窓一面に広がる漆黒の宇宙、そして点在する星々を見ると心が和む。
宇宙は真空ため地球のように瞬かないが、遙かに見通しの良い宇宙空間では星の数が多い。
特に天の川など文字通り天を流れる星の川であり、壮大だ。
瞬かないことなど、天海にとっては些細なことだった。
「これから毎日見られるなら受けた甲斐があったというものだ」
日本国宇宙軍士官候補生天海渡が、入隊した理由は宇宙が好きだからだった。
艦橋の一角で候補生である天海渡は、前の当直だった仲間の候補生に申告した。
すでに十分前に艦橋に入り、前任者からの引き継ぎと各部の状況確認を五分前には終えており、交代の時間になってもスムーズに交代を終えた。
第五種哨戒配置のため二時間という比較的短い当直だったが、司令をはじめ艦長、副長が詰める艦橋配置は他の配置より極度に緊張するのが候補生達の暗黙の合意となっていた。
そのことも考慮して司令をはじめとする教官達は、第五種哨戒配置を命じていた。
第何種配置とは、数字の部分で乗員を割って配置を作り、交代で当直――任務に当たることを意味する。
第五ならば、乗員を五分割しているという意味で、艦内で配置についているのは全乗員の五分の一というわけだ。
残りは、仮眠、食事、当直以外の雑務を行うが、候補生の場合には実習や課題遂行という仕事も加わる。
しかも時折訓練教育のため、第一種戦闘配置――全員が部署に付く態勢が命じられる事もある。
比較的短時間で終わることもあれば二四時間ぶっ続けで配置につかされる事もある。
その間の休憩は与えられず、隙を見て身体を休める――むしろ、この技を身につけさせるためにわざと長時間配置をやっているように天海は思っていた――それ以外に休む方法は無く嫌でも身体を休めることを、だが決して命と艦に関わることは手を抜かない事を覚えるのだ。
第五種ならば二時間の当直の後、八時間の休憩が取れるが、雑事が入るし、呼び出しや配置が掛かれば睡眠中もたたき起こされる。
そのため、睡眠時間は短くなりがちだった。
特に課題の多い候補生の場合はそれが顕著だった。
だが、それもこのエンコウ――遠洋練習航海が終われば、晴れて任官し候補生卒業となる。
しかし、航海はまだ道半ばであり、候補生はようやく半分か、と溜息を吐いていた。
その中で天海は比較的、上手くやっている方だった。
当直に入るとすぐさま、レーザー測距を行い、数字を確かめると、あとは自分の配置で動かずに周囲の状況を確認するだけだった。
「おい、天海候補生」
当直を交代してから十数分後、練習艦宇佐の航海士である高木中尉が声を掛けてきた。
「はい、なんでしょう」
「旗艦までの距離は把握しているか?」
「はい、千メートルを保っています」
「出鱈目を言うな。装置を使わずに何故分かる」
「見ていましたから」
「兎に角、正確に測距しろ」
「了解」
言われてすぐに天海は、装置を作動させ、旗艦に向かってレーザーを放ち、レーザーが戻ってくるまでの時間差を機器に計測させ、距離を割り出した。
「一〇二〇メートルです」
「……宜候っ」
バツの悪い思いで航海士は了解を告げた。
候補生より劣っているのを艦橋内の人間に見せてしまったからだ。
士官が殆どだが、伝令、通信、操艦などの実務を行うために下士官や兵もいる。
彼らから尊敬されない士官は、悲惨だ。
指揮命令を行うのが士官であって命じても下士官兵が動いてくれない士官など無能も同義だ。
技量の劣る士官は下に見られる。
逆に技量が優秀と下士官兵が認めれば階級が下でも例え候補生でも一目置かれる。
天海は、下士官兵からの信任を一段と高めた。
(やりづらいな)
心の中で天海は思った。
言われたことをやり遂げているだけなのに何故か、嫉妬される。
自分はただ兵学校で指導学生から教えて貰った方法を実行するだけだった。
目標となる艦、この場合は旗艦の位置を確認し艦橋配置に付いた時、窓枠のビスのどの位置にいるか確認し方位を確認、至近距離――、一〇〇〇メートルは宇宙では至近距離だ――ならば旗艦のマストと船底がどのビスの位置にあるかを見ておけば距離を測れる。
少なくとも接近しているか遠ざかっているか分かる。
レーザー測距を行わずに見る事が出来ると、下士官上がりの指導学生が教えてくれた。
それを実地で行っただけだ。
配置に付いた瞬間、立ち位置を決めて旗艦の大きさと位置を確認して、測距して距離を把握してずれが生じた時に改めて測距すれば良いようにしたのだ。
これなら測距の回数を大幅に減る。
測距をやるのは水兵なので、やり過ぎると恨みを買うし、神経質な士官と思われる。
何より、些事に動揺しない、正確に艦を把握できる士官と見られ侮られない、と言われた。
自分が生まれる前から宇宙軍に入って水兵から始めた人の言葉は全く重みが違う。
実際、この方法を完璧にこなした天海は下士官や兵から信頼されていた。
しかし、何処か士官からは勤務態度が少しよろしくない方々からは不評だった。
どうして正しいことをしているのに恨みを買うのか若い天海には理解できなかった。
気が滅入ったので視線を旗艦からずらして星を眺めた。
「今日も星が綺麗だ」
艦橋の窓一面に広がる漆黒の宇宙、そして点在する星々を見ると心が和む。
宇宙は真空ため地球のように瞬かないが、遙かに見通しの良い宇宙空間では星の数が多い。
特に天の川など文字通り天を流れる星の川であり、壮大だ。
瞬かないことなど、天海にとっては些細なことだった。
「これから毎日見られるなら受けた甲斐があったというものだ」
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