1 / 2
当直任務
しおりを挟む
「天海候補生、当直を引き継ぎます」
艦橋の一角で候補生である天海渡は、前の当直だった仲間の候補生に申告した。
すでに十分前に艦橋に入り、前任者からの引き継ぎと各部の状況確認を五分前には終えており、交代の時間になってもスムーズに交代を終えた。
第五種哨戒配置のため二時間という比較的短い当直だったが、司令をはじめ艦長、副長が詰める艦橋配置は他の配置より極度に緊張するのが候補生達の暗黙の合意となっていた。
そのことも考慮して司令をはじめとする教官達は、第五種哨戒配置を命じていた。
第何種配置とは、数字の部分で乗員を割って配置を作り、交代で当直――任務に当たることを意味する。
第五ならば、乗員を五分割しているという意味で、艦内で配置についているのは全乗員の五分の一というわけだ。
残りは、仮眠、食事、当直以外の雑務を行うが、候補生の場合には実習や課題遂行という仕事も加わる。
しかも時折訓練教育のため、第一種戦闘配置――全員が部署に付く態勢が命じられる事もある。
比較的短時間で終わることもあれば二四時間ぶっ続けで配置につかされる事もある。
その間の休憩は与えられず、隙を見て身体を休める――むしろ、この技を身につけさせるためにわざと長時間配置をやっているように天海は思っていた――それ以外に休む方法は無く嫌でも身体を休めることを、だが決して命と艦に関わることは手を抜かない事を覚えるのだ。
第五種ならば二時間の当直の後、八時間の休憩が取れるが、雑事が入るし、呼び出しや配置が掛かれば睡眠中もたたき起こされる。
そのため、睡眠時間は短くなりがちだった。
特に課題の多い候補生の場合はそれが顕著だった。
だが、それもこのエンコウ――遠洋練習航海が終われば、晴れて任官し候補生卒業となる。
しかし、航海はまだ道半ばであり、候補生はようやく半分か、と溜息を吐いていた。
その中で天海は比較的、上手くやっている方だった。
当直に入るとすぐさま、レーザー測距を行い、数字を確かめると、あとは自分の配置で動かずに周囲の状況を確認するだけだった。
「おい、天海候補生」
当直を交代してから十数分後、練習艦宇佐の航海士である高木中尉が声を掛けてきた。
「はい、なんでしょう」
「旗艦までの距離は把握しているか?」
「はい、千メートルを保っています」
「出鱈目を言うな。装置を使わずに何故分かる」
「見ていましたから」
「兎に角、正確に測距しろ」
「了解」
言われてすぐに天海は、装置を作動させ、旗艦に向かってレーザーを放ち、レーザーが戻ってくるまでの時間差を機器に計測させ、距離を割り出した。
「一〇二〇メートルです」
「……宜候っ」
バツの悪い思いで航海士は了解を告げた。
候補生より劣っているのを艦橋内の人間に見せてしまったからだ。
士官が殆どだが、伝令、通信、操艦などの実務を行うために下士官や兵もいる。
彼らから尊敬されない士官は、悲惨だ。
指揮命令を行うのが士官であって命じても下士官兵が動いてくれない士官など無能も同義だ。
技量の劣る士官は下に見られる。
逆に技量が優秀と下士官兵が認めれば階級が下でも例え候補生でも一目置かれる。
天海は、下士官兵からの信任を一段と高めた。
(やりづらいな)
心の中で天海は思った。
言われたことをやり遂げているだけなのに何故か、嫉妬される。
自分はただ兵学校で指導学生から教えて貰った方法を実行するだけだった。
目標となる艦、この場合は旗艦の位置を確認し艦橋配置に付いた時、窓枠のビスのどの位置にいるか確認し方位を確認、至近距離――、一〇〇〇メートルは宇宙では至近距離だ――ならば旗艦のマストと船底がどのビスの位置にあるかを見ておけば距離を測れる。
少なくとも接近しているか遠ざかっているか分かる。
レーザー測距を行わずに見る事が出来ると、下士官上がりの指導学生が教えてくれた。
それを実地で行っただけだ。
配置に付いた瞬間、立ち位置を決めて旗艦の大きさと位置を確認して、測距して距離を把握してずれが生じた時に改めて測距すれば良いようにしたのだ。
これなら測距の回数を大幅に減る。
測距をやるのは水兵なので、やり過ぎると恨みを買うし、神経質な士官と思われる。
何より、些事に動揺しない、正確に艦を把握できる士官と見られ侮られない、と言われた。
自分が生まれる前から宇宙軍に入って水兵から始めた人の言葉は全く重みが違う。
実際、この方法を完璧にこなした天海は下士官や兵から信頼されていた。
しかし、何処か士官からは勤務態度が少しよろしくない方々からは不評だった。
どうして正しいことをしているのに恨みを買うのか若い天海には理解できなかった。
気が滅入ったので視線を旗艦からずらして星を眺めた。
「今日も星が綺麗だ」
艦橋の窓一面に広がる漆黒の宇宙、そして点在する星々を見ると心が和む。
宇宙は真空ため地球のように瞬かないが、遙かに見通しの良い宇宙空間では星の数が多い。
特に天の川など文字通り天を流れる星の川であり、壮大だ。
瞬かないことなど、天海にとっては些細なことだった。
「これから毎日見られるなら受けた甲斐があったというものだ」
日本国宇宙軍士官候補生天海渡が、入隊した理由は宇宙が好きだからだった。
艦橋の一角で候補生である天海渡は、前の当直だった仲間の候補生に申告した。
すでに十分前に艦橋に入り、前任者からの引き継ぎと各部の状況確認を五分前には終えており、交代の時間になってもスムーズに交代を終えた。
第五種哨戒配置のため二時間という比較的短い当直だったが、司令をはじめ艦長、副長が詰める艦橋配置は他の配置より極度に緊張するのが候補生達の暗黙の合意となっていた。
そのことも考慮して司令をはじめとする教官達は、第五種哨戒配置を命じていた。
第何種配置とは、数字の部分で乗員を割って配置を作り、交代で当直――任務に当たることを意味する。
第五ならば、乗員を五分割しているという意味で、艦内で配置についているのは全乗員の五分の一というわけだ。
残りは、仮眠、食事、当直以外の雑務を行うが、候補生の場合には実習や課題遂行という仕事も加わる。
しかも時折訓練教育のため、第一種戦闘配置――全員が部署に付く態勢が命じられる事もある。
比較的短時間で終わることもあれば二四時間ぶっ続けで配置につかされる事もある。
その間の休憩は与えられず、隙を見て身体を休める――むしろ、この技を身につけさせるためにわざと長時間配置をやっているように天海は思っていた――それ以外に休む方法は無く嫌でも身体を休めることを、だが決して命と艦に関わることは手を抜かない事を覚えるのだ。
第五種ならば二時間の当直の後、八時間の休憩が取れるが、雑事が入るし、呼び出しや配置が掛かれば睡眠中もたたき起こされる。
そのため、睡眠時間は短くなりがちだった。
特に課題の多い候補生の場合はそれが顕著だった。
だが、それもこのエンコウ――遠洋練習航海が終われば、晴れて任官し候補生卒業となる。
しかし、航海はまだ道半ばであり、候補生はようやく半分か、と溜息を吐いていた。
その中で天海は比較的、上手くやっている方だった。
当直に入るとすぐさま、レーザー測距を行い、数字を確かめると、あとは自分の配置で動かずに周囲の状況を確認するだけだった。
「おい、天海候補生」
当直を交代してから十数分後、練習艦宇佐の航海士である高木中尉が声を掛けてきた。
「はい、なんでしょう」
「旗艦までの距離は把握しているか?」
「はい、千メートルを保っています」
「出鱈目を言うな。装置を使わずに何故分かる」
「見ていましたから」
「兎に角、正確に測距しろ」
「了解」
言われてすぐに天海は、装置を作動させ、旗艦に向かってレーザーを放ち、レーザーが戻ってくるまでの時間差を機器に計測させ、距離を割り出した。
「一〇二〇メートルです」
「……宜候っ」
バツの悪い思いで航海士は了解を告げた。
候補生より劣っているのを艦橋内の人間に見せてしまったからだ。
士官が殆どだが、伝令、通信、操艦などの実務を行うために下士官や兵もいる。
彼らから尊敬されない士官は、悲惨だ。
指揮命令を行うのが士官であって命じても下士官兵が動いてくれない士官など無能も同義だ。
技量の劣る士官は下に見られる。
逆に技量が優秀と下士官兵が認めれば階級が下でも例え候補生でも一目置かれる。
天海は、下士官兵からの信任を一段と高めた。
(やりづらいな)
心の中で天海は思った。
言われたことをやり遂げているだけなのに何故か、嫉妬される。
自分はただ兵学校で指導学生から教えて貰った方法を実行するだけだった。
目標となる艦、この場合は旗艦の位置を確認し艦橋配置に付いた時、窓枠のビスのどの位置にいるか確認し方位を確認、至近距離――、一〇〇〇メートルは宇宙では至近距離だ――ならば旗艦のマストと船底がどのビスの位置にあるかを見ておけば距離を測れる。
少なくとも接近しているか遠ざかっているか分かる。
レーザー測距を行わずに見る事が出来ると、下士官上がりの指導学生が教えてくれた。
それを実地で行っただけだ。
配置に付いた瞬間、立ち位置を決めて旗艦の大きさと位置を確認して、測距して距離を把握してずれが生じた時に改めて測距すれば良いようにしたのだ。
これなら測距の回数を大幅に減る。
測距をやるのは水兵なので、やり過ぎると恨みを買うし、神経質な士官と思われる。
何より、些事に動揺しない、正確に艦を把握できる士官と見られ侮られない、と言われた。
自分が生まれる前から宇宙軍に入って水兵から始めた人の言葉は全く重みが違う。
実際、この方法を完璧にこなした天海は下士官や兵から信頼されていた。
しかし、何処か士官からは勤務態度が少しよろしくない方々からは不評だった。
どうして正しいことをしているのに恨みを買うのか若い天海には理解できなかった。
気が滅入ったので視線を旗艦からずらして星を眺めた。
「今日も星が綺麗だ」
艦橋の窓一面に広がる漆黒の宇宙、そして点在する星々を見ると心が和む。
宇宙は真空ため地球のように瞬かないが、遙かに見通しの良い宇宙空間では星の数が多い。
特に天の川など文字通り天を流れる星の川であり、壮大だ。
瞬かないことなど、天海にとっては些細なことだった。
「これから毎日見られるなら受けた甲斐があったというものだ」
日本国宇宙軍士官候補生天海渡が、入隊した理由は宇宙が好きだからだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
Geo Fleet~星砕く拳聖と滅びの龍姫~
武無由乃
SF
時は遥か果てに飛んで――、西暦3300年代。
天の川銀河全体に人類の生活圏が広がった時代にあって、最も最初に開拓されたジオ星系は、いわゆる”地球帝国”より明確に独立した状態にあった。宇宙海賊を名乗る五つの武力集団に分割支配されたジオ星系にあって、遥か宇宙の果てを目指す青年・ジオ=フレアバードは未だ地上でチンピラ相手に燻っていた。
そんな彼はある日、宇宙へ旅立つ切っ掛けとなるある少女と出会う。最初の宇宙開拓者ジオの名を受け継いだ少年と、”滅びの龍”の忌み名を持つ少女の宇宙冒険物語。
※ 【Chapter -1】は設定解説のための章なので、飛ばして読んでいただいても構いません。
※ 以下は宇宙の領域を示す名称についての簡単な解説です。
※ 以下の名称解説はこの作品内だけの設定です。
「宙域、星域」:
どちらも特定の星の周辺宇宙を指す名称。
星域は主に人類生活圏の範囲を指し、宙域はもっと大雑把な領域、すなわち生活圏でない区域も含む。
「星系」:
特定の恒星を中心とした領域、転じて、特定の人類生存可能惑星を中心とした、移住可能惑星群の存在する領域。
太陽系だけはそのまま太陽系と呼ばれるが、あくまでもそれは特例であり、前提として人類生活領域を中心とした呼び方がなされる。
各星系の名称は宇宙開拓者によるものであり、各中心惑星もその開拓者の名がつけられるのが通例となっている。
以上のことから、恒星自体にはナンバーだけが振られている場合も多く、特定惑星圏の”太陽”と呼ばれることが普通に起こっている。
「ジオ星系」:
初めて人類が降り立った地球外の地球型惑星ジオを主星とした移住可能惑星群の総称。
本来、そういった惑星は、特定恒星系の何番惑星と呼ばれるはずであったが、ジオの功績を残すべく惑星に開拓者の名が与えられた。
それ以降、その慣習に従った他の開拓者も、他の開拓領域における第一惑星に自らの名を刻み、それが後にジオ星系をはじめとする各星系の名前の始まりとなったのである。
「星団、星群」:
未だ未開拓、もしくは移住可能惑星が存在しない恒星系の惑星群を示す言葉。
開拓者の名がついていないので「星系」とは呼ばれない。
機械化童話
藤堂Máquina
SF
今の時代、きっと魔法を使えるのは作家だけだ。
彼らの作り出す世界は現実離れしたものだがそこには夢と希望があった。
残念ながら私が使える魔法というのはそう優れたものではない。
だから過去の遺物を少し先の未来の預言書として表すことにしよう。
残酷な機械による改変として。
タイムワープ艦隊2024
山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。
この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!
MMS ~メタル・モンキー・サーガ~
千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』
洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。
その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。
突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。
その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!!
機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる