上 下
13 / 83

艦載機部隊搭乗員

しおりを挟む
「貴様! 何をしているか!」

 きびきびとした動作で若い中尉が怒鳴った。

「何か」

 尋ねられた飛行兵曹は剣呑な表情で問い返す。
 その態度に中尉はひるんだ。
 学徒出陣で短期間の教育ののち少尉となり、艦艇配置となった。
 だが、内地の第五十航空戦隊、鳳翔を基幹とする発着艦訓練部隊に配属されたため実戦経験はない。
 今回、昇進とともに転属を命令され信濃に配属されて初めての実戦参加だ。
 そのため、開戦以来絶えず実戦を経験してきた搭乗員や古参の下士官兵に劣等感を抱いている。
 今までは新兵ばかりで階級章は絶対だった。
 それが通用しないことを痛感している。
 それでも劣等感を跳ね返そうと強く言った。

「手にしているのは何だ」
「酒保で手に入れた酒ですわ」
「戦闘配置がかかっているぞ」
「我々が出ていく幕はしばらくないので」

 そう言ってて飲み始めた。

「貴様! なめているのか!」

 中尉が殴ろうとしたとき、その腕をつかまれた。

「失礼ながら、士官が下士官に鉄拳制裁はいかがかと」

 右腕をつかんで話しかけてきた人物を見ると少尉、それも自分より年齢は上ゴーグル跡の残る日焼けをしている。
 飛行士官、それも特務士官――水兵から昇進を重ねてきたベテランだ。
 中尉にとって苦手な相手だ。

「失礼、南山少尉であります」

 自己紹介した南山は、見た目通りのベテランだ。
 日中戦争前に入隊後、パイロット不足となった航空隊に応募して搭乗員となり、艦攻乗りとして参加。
 その腕前から母艦搭乗員となり、開戦時には第一航空戦隊旗艦赤城へ配属され、真珠湾に参加し、アリゾナへ魚雷を命中させた。
 ミッドウェーでは敵空母に魚雷を命中させるものの出撃中に敵の攻撃隊によって乗艦を失い、帰還後も病院に軟禁されたがある事件により解放され、翔鶴に乗艦した。
 以降、第二次ソロモン海海戦、南太平洋海戦、インド洋、雄作戦に参加。
 いずれも敵空母へ魚雷を命中させていた。
 幾度もの修羅場を潜り抜けた歴戦の飛行士だ。

「こいつは平野一等飛行兵曹。戦闘機乗りのベテランです」

 皮肉気に笑いながら平野は敬礼する。
 ふてぶてしい表情を表に出すだけ彼は修羅場をくぐっていた。
 開戦に備えて予科練の強化が行われた昭和一六年の十月に入隊し開戦後、練習課程へ。
 七月に実用機課程戦闘機部門を修了し、第一航空戦隊へ配属された。
 ミッドウェー海戦後の再編成が急ピッチで行われており、特に艦隊上空の制空権確保のため戦闘機の大増強が行われていた。
 戦闘機パイロットが足りないため基地航空隊を飛ばして直接予科練から母艦航空隊へ配属するという方針に変わっていた。
 そのため平野は、厳しい第二次ソロモン海海戦から愛機である零戦改に乗って実戦を経験し、それ以降も空で戦い続けていた。
 南山とはその時知り合い、平野が彼を護衛するとともに、南山が航法によって平野の戦闘機を母艦へ誘導することが多く、互いの仲は深まっていった。
 撃墜スコアも十数機を超えている。
 ふてぶてしい態度をとるだけの実力を持っていた。
 南山の後ろから士官をにらんでいる城野二等飛行兵曹はこの時期の典型的な母艦搭乗員だった。
 中学の時、北山が航空産業育成のため作った大日本帝国飛行協会青年部に入り、グライダーの操縦資格を得たとき、開戦。
 すぐさま予科練に志願し迅速に育成された。
 ミッドウェーの混乱が収まったころ、予科練を卒業した城野は実用機課程を終えると、内地の第五十航空戦隊で発着艦を習った後、南方へ異動、リンガの第六十航空戦隊で仕上げを行ったのち、南太平洋海戦を終えた第一航空戦隊へ配属され平野とペアを組みインド洋へ。
 昭和一八年の前半はイギリス軍のスピットファイアを相手に実戦経験を重ねてきた。
 その後戦局が厳しくなったソロモンへ移動し、アメリカ軍相手に戦い一流の戦闘機搭乗員になった。
 昭和十八年中盤に再編成のため本土に帰投したとき城野は一人前の戦闘機乗りとなり、内地で新たに配属されてきた新人を指導できるまでの実力を得ていた。
 城野が搭乗員として腕を磨けたのは、グライダーでの経験と海軍の新たな訓練システムによるところ大だが、南山、平野の指導があったからでもある。
 恩師二人に突っかかる新参の予備士官に口出しなどしてもらいたくなかった。
 それでも言動を注意する中尉だったが彼らは話を聞かない。
 開戦前から海軍に入隊し緒戦から戦いつづけた兵卒上がりの搭乗員である。
 たとえ兵学校出の正規士官でもいうことを聞かせるのは難しい。
 開戦後動員され短期間の教育を受けただけで実戦経験のない予備士官にどうにかできるものではなかった。

「参謀!」

 ラッタルを降りてくる参謀を見つけた南山は駆け寄り敬礼した。

「お久しぶりです佐久田参謀」
「南山か」

 答礼した佐久田はわずかに顔をほころばせた。

「元気にしていたか」
「はい、今回も頑張らせていただきます」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

架空世紀「30サンチ砲大和」―― 一二インチの牙を持つレバイアサン達 ――

葉山宗次郎
歴史・時代
1936年英国の涙ぐましい外交努力と  戦艦  主砲一二インチ以下、基準排水量五万トン以下とする などの変態的条項付与により第二次ロンドン海軍軍縮条約が日米英仏伊五カ国によって締結された世界。 世界は一時平和を享受できた。 だが、残念なことに史実通りに第二次世界大戦は勃発。 各国は戦闘状態に入った。 だが、軍縮条約により歪になった戦艦達はそのツケを払わされることになった。 さらに条約締結の過程で英国は日本への条約締結の交換条件として第二次日英同盟を提示。日本が締結したため、第二次世界大戦へ39年、最初から参戦することに そして条約により金剛代艦枠で早期建造された大和は英国の船団護衛のため北大西洋へ出撃した だが、ドイツでは通商破壊戦に出動するべくビスマルクが出撃準備を行っていた。 もしも第二次ロンドン海軍軍縮条約が英国案に英国面をプラスして締結されその後も様々な事件や出来事に影響を与えたという設定の架空戦記 ここに出撃 (注意) 作者がツイッターでフォローさんのコメントにインスピレーションが湧き出し妄想垂れ流しで出来た架空戦記です 誤字脱字、設定不備などの誤りは全て作者に起因します 予めご了承ください。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

蒼海の碧血録

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。  そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。  熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。  戦艦大和。  日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。  だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。  ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。 (本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。) ※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

日は沈まず

ミリタリー好きの人
歴史・時代
1929年世界恐慌により大日本帝國も含め世界は大恐慌に陥る。これに対し大日本帝國は満州事変で満州を勢力圏に置き、積極的に工場や造船所などを建造し、経済再建と大幅な軍備拡張に成功する。そして1937年大日本帝國は志那事変をきっかけに戦争の道に走っていくことになる。当初、帝國軍は順調に進撃していたが、英米の援蔣ルートによる援助と和平の断念により戦争は泥沼化していくことになった。さらに1941年には英米とも戦争は避けられなくなっていた・・・あくまでも趣味の範囲での制作です。なので文章がおかしい場合もあります。 また参考資料も乏しいので設定がおかしい場合がありますがご了承ください。また、おかしな部分を次々に直していくので最初見た時から内容がかなり変わっている場合がありますので何か前の話と一致していないところがあった場合前の話を見直して見てください。おかしなところがあったら感想でお伝えしてもらえると幸いです。表紙は自作です。

江戸時代改装計画 

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。 「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」  頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。  ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。  (何故だ、どうしてこうなった……!!)  自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。  トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。  ・アメリカ合衆国は満州国を承認  ・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲  ・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認  ・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い  ・アメリカ合衆国の軍備縮小  ・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃  ・アメリカ合衆国の移民法の撤廃  ・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと  確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。

処理中です...