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第6話 待ち構える

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 太陽が昇りきるまで時間はたっぷりあるというのに、すでに日差しの照り返しが凄まじい。
 頬がけそうになる。
 コントロール出来ない額に滲む汗が、不快感をより際立たせる。

 何故、俺は再びレトロ・アヴェに向かっているのか。

 それもこれも、天神一のせいだった。
 いや、昨日の一件について言えば、天神様々だった。お陰様かげさまどころか、お日向様ひなたさまぐらいに活躍していた彼を思い出す。

 昨晩、事の次第が気になり、俺は美和に電話を掛けた。コール音を数える間もなく、「はい、美和です」と返ってきた。彼女も話をしたかったのかも知れない。
 電話口からは数時間前に聞いたばかりのあでやかな声が、「カコさん、熱射病だったらしくて、念の為に一日だけ入院するみたい。でも、命には別状ないって!」と嬉しそうに教えてくれた。
 加えて、天神の処置と指示を賞賛されたとも言われた。非常に的確な行動だったらしい。

 確かに彼の動きは素晴らしかった。それは認めよう。否定しようのない事実だ。しかし、それも俺が提示した謎があったからだというのも、また事実。
 それなのに、だ。
 天神は俺に答えを教えることもなく、満足した顔で帰って行った。仮説の証明と謎の説明は、どこへいったのか。
 挙句、コンビニにフリルの傘を忘れていく始末。それを朝方の電話で、オーナーから知らされた俺は、酷く不機嫌になった。

「ああ、おはよう。朝から、悪いねえ。ああ、そうそう。佐伯さん、熱射病だったらしいねえ。君たちの機転が良かったと聞いたよ。すごいねえ。ああ、そうだ。それはともかく、天神くんだったかな。彼、傘を忘れて困っていたみたいだったから、早川くんが取りに来て渡してあげてくれないかな? よろしく頼むよー」

 矢継やつぎ早に言われたのも、馬耳東風。講義のない土曜日の惰眠だみんを邪魔した罪は重い。行き場の無い苛立ちだけがつのった。

 午前八時五十三分。温もりある木製扉の前で、俺は二の足を踏んでいた。勢いでレトロ・アヴェまで来たものの、天神一が居るとは限らない。その可能性をすっかり失念していた。けれども、ここ以外に彼との接点はない。それに、ここまで来て引き返したくはない。
 ええい、ままよ! と、俺は扉を開けた。

 カランコロンと柔らかな鐘の音がなる。「いらっしゃいませ」と、一日ぶりの店主の声に躊躇ためらったのも束の間。近くの席から、よく通る凜とした、最早聞き慣れた若い男の声がした。

「おはよう、早川翔太くん」

 色こそ昨日と異なるものの、ダブルのスリーピースを着た、しっかりとした体躯。七三に分けられた髪。抜けるように白い肌。長い腕をしみなく振る姿。まぎれもなく天神一だった。
 居てくれて良かったと思う反面、口からは八つ当たりのような言葉が出る。

「なんで、ここに居るんだ」
「勿論、貴殿を待っていたのさ。まあまあ、座りたまえ」

 礼儀正しく好印象に。
 なんてことは、もう俺の頭には無かった。乱暴に話したところで、この男は気にも留めない。それならば、気遣いは無用。俺は、機嫌の悪さを取りつくろわなかった。

 俺は仕方なく彼の斜向はすむかいに座る。テーブルの上には、シアン色のシロップが掛かったかき氷が置かれていた。飾りのオレンジと真っ赤なサクランボが目を引く。
 オレンジじゃなくて、レモンなら三原色が揃ったのに。なんて、無駄な発想がちらつく。
 やけに南国チックな配色をするそれは、この店がかもし出す重厚な雰囲気に合っておらず、異質な物に見えた。

 待っていた。
 そう言った割には、さして溶けてもいないかき氷を、俺はジッと見る。しばしの無言を挟み、頭上から嬉しそうな声が降って来た。

「さすが、お目が高いね。ここはかき氷も素晴らしいんだ。僕のおすすめは、」
「いや、いい。今日はこれを届けに来ただけから」
「なんだ。てっきり、貴殿は答え合わせをしに来たと思ったのに」

 一転、冷淡れいたんな声。天神は、俺が持ってきたフリルの白い傘を一瞥する。そこに置いてくれ、とでも言わんばかりの粗雑そざつな態度。
 冷ややかな視線は、そのまま俺にスライドされる。彼は目線を合わせたまま、心底つまらなさそうに、持ち手の長いスプーンをかき氷に突き刺した。

 感謝の色もない。苛立ちを覚えていい不遜ふそんな言動。それなのに、どうしてかおぞましさが先行する。
 水銀に身を落としたかのような気持ち悪さ。動けるのに、身動きが取れない恐ろしさ。
 呑まれてはいけない。
 俺は、自分をりっするように深呼吸をした。

「……答え合わせをしてくれるのか?」
「当然さ。言っただろう? 貴殿を待っていた、と」

 うるわしい微笑みと共に発せられる、力強く張りのあるノータイムリプライ。自分は、もはや舞台下の観客ではなくなったのだと、知らされる口調。はしばみ色の瞳には輝きが戻っている。
 俺はもう、彼の脳と口が直列だとは思えなかった。
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