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長し夜に、ひらく窓

第34話 彼の後悔

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「なんで、って言われてもなー。ただ、あ、嫌われたんだなって」
「悠斗くんは、その女の子と付き合ってたんじゃなくて?」
「全然。そんなんじゃないです」

 悠斗が手をあおぐように横に振る。「あら、そうなの? なら、不思議ね。悠斗くんって、あんまり女の子から嫌われるようなことをするタイプには、あまり思えないのに」

 美和はクスクスと笑う。
 圧倒的な経験値の差は感じるものの、俺も同意見だった。少なくとも友人として付き合う分には、そつがなく、当たりも悪くない。

「藤枝さんの態度があからさまに変わったときのことって、覚えているか?」
「えぇー。まだ、この話すんの? 嫌われた理由を思い出すとか、さすがのオレも嫌なんだけど」
「いや、なんか誤解があったのかも知れないだろ?」
「そうだとしても、今更どうしようもなくない? 向こうもオレに関わりたくないだろうし」

 心底嫌なのだろう。悠斗が顔をゆがめて、そっぽを向いた。
 こじれた糸を解く。
 なんていうのをやりたいわけじゃない。わざわざ面倒事に首を突っ込みたいわけでもない。ただ、何かが引っ掛かってならなかった。

「関わりたくないなら、なんで藤枝さんはおまえの紹介だと言ったんだ?」

 返答はない。

「それに、なんで、おまえは嫌われている相手の事を覚えてたんだ?」

 沈黙が重たい。
 隣で、りんごジュースをストローで飲む美和は、たおやかに微笑んでいる。

 ここで引き下がるべきか。
 頭は、停止をうながす。だが心のどこかで、もう一人の俺が問いかけてくる。

 本当に? 後悔はしない? と。

「嫌われた理由があるって言ったよな? 本当に、藤枝さんはおまえを嫌ってるのか?」
「なんで、そんなことが翔太に分かるんだよ」
「彼女は誰かを陥れようとするタイプには見えなかったし、嫌いな相手の名前を語ってやってきた割には、おまえの話も出なかった。そもそも『嫌っている相手から紹介されました』なんて、おかしいだろ? 不自然すぎるんだよ、おまえらの関係性が」

 面倒くさそうに、悠斗が髪をボリボリと引っ掻いた。

「翔太って、そんな感じだったっけ? もっと付かず離れずだと思ってたんだけど」
「俺もそう思ってた」

 にらめっこするように見合う。
 綺麗な二重の目が白黒と点滅したかと思えば、悠斗はプッと吹き出すように笑った。

「なんだ、それ」
「さあな」
「天神の影響か? 結構、良い関係を築いてるじゃん」
「どうだか」

 少しだけ、自分の耳が熱を持った気もしたが無視する。

「誰にも話せないって、それはそれでストレスなんだよね」

 苦笑。否、自嘲じちょうめいた声。
 海溝かいこう悔恨かいこんを思わせる深いため息が、悠斗の口から吐き出された。

「……ずっと謝りたかったんだよね」
「謝りたかったって、藤枝さんに、か?」
「そう。オレさ、藤枝の飼っている犬がりんごで喉を詰まらせたって聞いたとき、笑っちゃったんだよ。食いしん坊かって」

 背もたれに体を預けた悠斗は天井を向く。

「その時は、藤枝も笑ってくれたんだけどさ。でも、あれはただ合わせてくれただけなんだなって。まあ、それに気が付いたのは、高校も終わる頃だったけど。
 結構危ない状況だったらしくてさ、犬。失言してから段々会話がなくなって。まあ、自然消滅みたいな? だから、嫌われて当然だと思ってるんだよね」

 苦痛に歪む顔。口調の端々に、深い懺悔ざんげにじみ出ていた。

「謝らないのか?」
「今更、なんて言って謝るんだよ。あのときは、ごめんって? 最近、その犬も亡くなったって聞いたのに? 大体謝ったところで、所詮自己満足じゃん。俺が関わらない方のが、双方にとっての幸せってやつだよ」
「……おまえ、思ったよりもヘタレなんだな」
「やだなー。引き際を見極めていると言って欲しいね」 

 へらへらと笑う悠斗は、いつもの顔に戻っていた。

「んー。でも、それって、女の子の方も似たような気持ちを持っているのかもよぉ?」

 俺と悠斗の目が美和に向く。

「悪気があって言った言葉じゃないんでしょう? 嫌いな人からの紹介ですって、普通は言わないし。それこそ、嫌がらせをするなら、別だけど。なんか案外、その藤枝さんって子も、悠斗くんと話したがっていたりしてね」
「それは、ないと思います」
「そうかしら? 他人の心なんて分からないものよぉ」

 頬に手を当てて、美和はあでやかに微笑む。百戦錬磨という言葉さえ浮かんでくるその様からは、とてもそう見えなかった。

「美和さんも分からないんですか?」
「全っ然。大人になればなるほど、本音で話さなくなるし。若いってそれだけで宝なのよぉ。失敗しても挽回も出来るし、本音で話し合えるし。
 年を取れば取るほど、失敗も関係性の修復も謝罪することすら難しくなるんだもの。あたしも、若い頃に戻りたいわぁ。やり直したいことばっかり。……なんてね」

 茶目っ気たっぷりに笑う美和。笑顔の裏を見せないのが、大人なのか。それとも、彼女の矜持プライドなのか。りんごジュースで濡れた唇が、きらめいていた。

「まあ、後悔しないのが一番よ。ダメだったら、その人との縁はそこまでだったと思えば良いわけだし。そしたらウチに来て、飲んでいけば良いわ。おねえさんが、一杯奢ってあげる」

 見覚えのある名刺を悠斗の前に置いた彼女は、やってきたパウンドケーキに舌鼓したづつみを打ち始める。
 目の前の悠斗は、ぼんやりと名刺を見ながら何かを考えているようだった。
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