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しおりを挟む「明日香ちゃん、なに読んでるの?」
お昼休み、教室の机で図書室から借りた本を読んでいたわたしに、葉月ちゃんが声をかけてきた。
「これ?『学校の怪談』ってやつ。まだ途中なんだけど、結構怖いんだ」
「へぇー。じゃあ明日香ちゃんは学校の女子トイレの話、知ってる?」
女子トイレの話……あ、もしかして。
「それって『トイレの花子さん』?」
わたしはこの本でも読んだ有名な学校のおばけを答えた。
「そうそう!その花子さん、うちの学校にも出るってうわさがあるんだよ」
「え、そうなの?」
わたしはびっくりして思わず、持っていた本から手をはなした。
「うん。塾が一緒の六年生に聞いたの」
葉月ちゃんはそう言うと、少しはなれた席で自由帳にお絵描きをしていた七海ちゃんを呼んだ。
「七海ちゃんも一緒に聞いたよね、花子さんのうわさ」
「うん、聞いたよ。音楽室の隣りの女子トイレには花子さんが住んでいるってやつだよね」
お絵描きの手を止めた七海ちゃんが私の席にやって来ると、そう答えた。
「えぇ……うそぉ」
わたしは首をすくめる。タイミングが良いのか、悪いのか、さっきまで読んでいた本で、ちょうど女子トイレの花子さんの話を読み終えたところなのだ。
三階の女子トイレの、三番目の扉を三回ノックして「花子さんいらっしゃいますか?」と聞くと、誰もいないはずのその個室から「はい」と返事が返ってくる。そして、その扉が開くと中から真っ白いブラウスと赤いスカートを着たおかっぱの女の子が出てきて、トイレの中に引きずり込まれる……という話だった。
五年生になったし、怖い話も大丈夫だと思って読んでみたけど、やっぱり怖かった。初めて読んだ日はなかなか眠れなかったぐらいだし、自分の部屋で一人で読むともっと怖くて、学校の休み時間に読もうと決めたぐらいなのだ。
「でも、六年生の子が会ったって言ってたよね」
「うん、あれはウソっぽくなかったなぁ」
「そうそう。だってちゃんと証拠も見せられたし」
「えっ、証拠?そんなの持って帰ってこれるの?トイレに引きずり込まれるのに?」
わたしがおどろいた顔で二人に聞くと、葉月ちゃんと七海ちゃんはそろってくすくすと笑った。
「明日香ちゃん、人間はトイレで流れないでしょ?」
「えっ、でも『トイレの花子さん』じゃないの?」
わたしは読んだ本の花子さんの話を二人にした。すると、まだ二人はくすくす笑った。
「それ、本当に花子さん?」
葉月ちゃんが笑いながら言った。わたしは本を広げて花子さんのページを二人に見せる。
「ほら、花子さんに声をかけたらトイレに引き込んで閉じ込めちゃうんだよ。会っても証拠なんて持って帰れないよ」
だいたい、おばけが学校に住んでいるなんて困る。大事件だ。怖い話は読めても、わたしは怖いのは苦手だ、学校でトイレに行けなくなったらすごく困っちゃう。
「それが、うちの学校の花子さんはぜんぜん怖くないんだって」
ねーっ!と、葉月ちゃんは七海ちゃんと楽しそうに言った。
「怖くないの……?おばけなのに?」
すると葉月ちゃんは得意げに腰に手を当てた。
「うちの学校の花子さんは、会うと願いを叶えてくれる魔法使いなの!」
「ま、魔法使い?おばけじゃなくて?」
学校にいる花子さんが魔法使い?そんなこと、聞いたことがない。
「そう、魔法使い!それでね、今度七海ちゃんと会いに行こうって話してたの。なんでも願い事を叶えてくれるんだよ。六年生はその証拠に好きな人と両思いにもなったり、できなかった逆上がりが簡単にできるようになったり……!そんなの会いに行きたいって思うじゃん!」
「そうそう!好きな人と両思いになれるおまじないや、成績があがるおまじないも教えてくれるんだって!」
それって、おまじないじゃなくて呪いの間違いじゃないのかなぁ……。楽しそうに話す二人には言い出せないけれど。
「明日香ちゃんも一緒に行こうよ、その方がちょうど良いし」
「えっ、わたしはいいよ。べつに好きな人もいないし、すぐに叶えてほしいお願い事もないし……」
正直、怖いし……。
どうしても『トイレの花子さん』と聞くと、怖い花子さんしか浮かばない。また眠れなくなるのもいやだし、会いに行ってトイレに引き込まれたらそれこそ困る。
だけど、葉月ちゃんと七海ちゃんは引き下がらなかった。
「そんなぁ、行こうよ。明日香ちゃんさえ来てくれれば条件がそろうんだよ」
「条件?三回ドアをノックするだけじゃ、だめなの?」
三階の三番目の扉を三回ノックして、名前を呼ぶ。わたし達が生まれるずっと前から、花子さんを呼ぶ方法は日本中にそう伝わってきたはずだ。この本にもそう書いてある。
「ううん、ちょっとちがうの」
わたしは首をかしげた。
七海ちゃんが言っていた「音楽室の隣りのトイレ」は、渡り廊下を渡った反対側の校舎の三階のことだし、わたしはてっきりそのトイレに行って三番目のドアを三回ノックすれば良いと思っていた。
「三人で行かなきゃダメなんだって」
「え、そうなの?」
おどろいた。人数制限するおばけなんて本でも読んだことがない。というか、花子さん関連で聞いたこともない。
「だから協力して、お願い!」
二人は手を合わせてわたしに頼み込んだ。
会うのに条件が必要なら、それはおばけの都合だし、こっちが合わせるしかない。仲の良い二人のために協力はしたいけれど、やっぱり怖い。
「お願い、明日香ちゃん」
葉月ちゃんがもう一度言った。
「怖いなら、わたし達が花子さんを呼ぶまででいいから」
うーん……。
会ったことのある六年生がいるのなら、本当に引きずり込まれることはないのかもしれない。つまり、家には帰してくれる。それに会った記憶もばっちり残っているみたいだしなぁ(読んだ本には、引きずり込まれた人は、数十年後にひょっこりといなくなった時の姿で戻ってきた、と書いてあった。花子さんに会った記憶はなくなって、友達と遊んでいただけだと本人が言っているとかなんとか……)。
っていうことは、この本の情報が間違っていて二人の話す花子さんが本物なのかも……?
色々考えみると、だんだんわたしも花子さんへ興味がわいてきた。
「じゃあ、ノックするまでなら……」
「やったぁ!じゃあ、決まりね」
「今のうちに花子さんにお願いすること、まとめておこう!」
「う、うん」
こうして、わたしは放課後に葉月ちゃんと七海ちゃんと一緒に、花子さんに会いに行く約束をしてしまった。
帰りの会が終わると、葉月ちゃんと七海ちゃんは可愛いメモ紙に書いた、花子さんへのお願いごとを持って、わたしの席にやってきた。
「明日香ちゃん、なにをお願いするか決めた?」
「えっ……あぁ、うん。大丈夫、思いついてるから」
頼みたいお願いは、ただひとつ。
みんなを無事に家まで帰してくれること。それだけだ。
「オッケー。じゃあ、行きましょ。五年生で会った人はまだいないみたいだから、わたし達が一番ノリよ!」
葉月ちゃんの勢いに乗ったのは七海ちゃんだけだったが、二人は今から行く女子トイレが楽しみすぎてわたしのノリの悪さなんて気にしていない。
わたしはランドセルを背負うと、万が一のことを考えて、掃除用具入れから箒を取り出した。
「明日香ちゃん、それどうするの?」
「あ、やっぱり怖いんだ?」
「そりゃぁ……」
学校に花子さんがいるってだけで怖いのに、今から会いに行こうとしているのだ、武器の代わりになる物ぐらい持たせてほしい。
「でも、花子さんからしたら、箒持って遊びに来る方が怖いでしょう?せめてチリトリと小箒にしなきゃ」
七海ちゃんがわたしから箒を取り上げると、チリトリと小箒を取り出し、交換した。
「なんだか、逆に剣と盾みたい」
「でも弱そうだから大丈夫ね」
弱そうなら持ってても意味がないんだけどなぁ。
それでも二人が納得したので、わたしは何かあればチリトリと小箒を装備して、二人を守る決心をした。
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